その5
「全く、一体、何なのよ。あなたたち」
ファミレスで二人の男を目の前にして、璃緒は溜め息混じりに呟いた。
紅の軍服姿の強面の男は、今しがた置かれたアイスコーヒーのグラスを持ち上げてはしきりに中身を目視している。
何故か並んで座らさせされている関口は、未だに隣の男を恐れ身体が縮みあがっていた。
璃緒がグラスに手を掛けた時、その細い腕を掴まれる。
「な、なによ」
「姫、この飲み物には毒が盛られているかもや知れません。ここは私めが毒味役を」
璃緒は男のその手を叩いた。
「ここでは、そんなことしなくていいの!」
「しかし……」
璃緒はグラスを鷲掴みに、ストローも使わず喉を鳴らして一気にアイスコーヒーを飲み干す。そして机に音を鳴らして置いた。氷が飛び上がり、水滴が机に飛び散る。
周囲の客の会話が途切れ、辺りが静かになった。
「姫。何を怒っておられるのだ」
「何って、あなたが朝来てから、いつもの調子が狂った。それに言っておきますけど、私はあなたが考えているようなお姫様じゃありませんから」
男は首を傾げ、そして頷く。
「なるほど、大変失礼いたしました。確かに無理もありません。朝の説明が、まだ半分しかしておりませんでしたからな」
関口が咳払いをした。
「あの、俺には全く状況がわからないのだけれど。一体いつから、こいつが姫様になったんだ」
関口は璃緒に指を立てる。隣の男は腰に手を掛けた。
「貴様、口の利き方に気をつけろ。次こそ息の根を止めるぞ」
「ひ!」
青い顔を引き吊らせて、関口は無言の返事する。
璃緒は何故か、二人のやりとりに吹き出した。
「私めが何か変なことでも、言いましたか」
「何でも、ない」
璃緒は慌てて表情を戻した。しかし、口元は歪んでいる。
「結構です。姫のそんな笑い顔は、初めて見ました」
それまで恐ろしく険しい顔をしていた男も、少しだけ微笑みを浮かべた。
「あ、あの……。質問してもよろしいでしょうか?」
関口だけは気を抜けず畏まっている。
「何だ」
男は彼にだけ切れ長の鋭い視線を落とす。関口は身構えた後、質問した。
「姫、姫って、百瀬は、どこかのお姫様なんですか?」
「左様」
男は腕を組む。
「違うわよ」
呼応するように璃緒は首を振った。
「このお方は、大宇宙の支配者、エクティーヌ星第53代王位継承者、ザベリン家一族の末裔」
男は目を伏せ、またしても深々と頭を垂れる。
「は?」
朝の璃緒と同じ顔を関口はした。
「大宇宙の支配者ザベリン王の命により、この星の支配者となられた、『ザベリン・ミリディア・ア・リオン』姫だ」
男は満足気な顔をする。反対に関口は空いた口が塞がらなかった。
「リオン……、姫?」
「今でも信じている訳じゃないけど、その星から来たと言う証拠はどこにあるのよ」
璃緒は訝しげな表情で呟く。
「て言うか大体、日本語で話してるし」
「私の喉元に翻訳機能付きの音声装置が仕込んであります」
「驚くとこじゃないし。スマホの翻訳アプリでも宇宙語もあるかも」
「ならば、お見せしましょう」
鼻息を鳴らし、背の高い猛者は立ち上がった。その容姿は別の意味で客の注目を浴びる。
「コスプレーヤーの方が信じるけどな」
図らずも関口に目配せしたが、彼は剣の鞘が頬に食い込んでいてそれどころではなかった。
「暫し、お待ちを」
耳元に手を翳して男は、何かを呟いている。
突然店内が目映い光に包まれた。璃緒は目を開けておくことが出来ない。甲高い音も聞こえてきた。視覚と聴覚が奪われていく。
「さ、リオン姫」
数十秒程度に過ぎない時間か、数分なのか分からなかった。
ゆっくりと目を開けると、関口が口を半開きにしたままいる。彼は瞬きをしていなかった。
「止まってる……?」
璃緒は自分の手を動かす。不自由さはない。
「い、一体どうなったの?」
「現在我々は、この空間とは別の次元にいます。一見時間が停止しているように見えます。正確に言うならば、我々が通常の時間空間から抜け出て、その隙間にいるというべきでしょうか」
風船が割れる瞬間を捉えたスーパースローモーションのように、関口の口は微妙に動いていた。
通常時間で、自由にこの店内で動いているのは二人だけだ。
「奴がひと瞬きしている間に、ご案内しましょう」
「信じられない」
「この惑星の周域に、私の艦隊が停泊しています」
「はあ……」
気が遠くなりそうな返事しか璃緒はできない。
「今から転送します。姫、是非私の部下にもご挨拶を。皆の志気が上がります」
「ちょっと、待ってよ。まだ姫って……」
足元に橙色の丸い円が現れる。突然、目の前の風景が歪んだ。90度回転して天井と床が真横になる。
「か、体が捻れているぅ」
直後、下腹部に強い圧迫感を覚えたように璃緒は嘔吐しそうにむせ返る。先程の一気飲みしたアイスコーヒーも飛び出した。
「う、う、う」
店内の風景は一瞬の光とともに遠くへ、点となって消えて行く。