その6
「目を開けてもよろしいですよ」
頭上からの言葉に、床に転がっていた璃緒は反り返った体を戻して、目をゆっくりと開ける。
半円ドーム型の窓から飛び込んできたのは漆黒の中に浮かぶ、無数の光の粒だった。
璃緒の想像を越えるであろう光景が、眼前に広がっている。
「し、シージーって、言うんだよね、これって。よく映画館で観た、観た……」
脳の処理が出来るレベルへ戻すために、璃緒はわざと大きな声を挙げ平易を装った。
すると宇宙を切り取った巨大な展望室の下方から、深く澄んだ青い美しい惑星がゆっくりと現れた。
「映画のCGより、ずっと綺麗……」
璃緒は立てない膝を震わせながら、その場に座り込んだままだ。自分の住む青く丸い地球がそこにあった。
「姫、気持ち穏やかに」
男はトンビ座りになっている璃緒の隣で躓つき、深く頭を垂れる。剣と透明なフロアとの摩擦音が彼女に現実感を思い起こさせた。
「い、一体ここって……、あなたは」
「朝にも申し上げましたが、私は辺境戦闘区間第一番艦隊戦闘指揮官を命ぜられています、『アイザム・コゴ・リューク』です。またここは私の艦中であります」
畏まった顔で、男は言葉を発する。
「艦の中って、ここは宇宙船ってこと?」
「さすがです、姫。お察しがよい」
またしても、璃緒の体は力が抜けていった。
「姫と私は、あの地球よりここに転送されてきました。説明もせず、大変失礼だとは思いましたが、これ以外になかったもので申し訳ありません」
「テン、ソウ……」
彼女の中ではてなマークがあちこち飛んでいるに違いなかった。潜める眉と不自然な作り笑いが、物語っている。
「今私は、あの地球にいないってこと?」
「ご明察の通りで……」
璃緒の平素な作り笑いも限界を越して歪み、口元が引き吊っていた。
「全く、問題ありません」
男は咳払いをする。そして地球を見た。
「こんな辺境の地で、これほどまでに美しい星は見たことがありません」
その言葉を受けて、璃緒は前方の星を視線を移す。
「実際、写真でしか見たことないから。地球って、こんなにも美しかったのね」
「いずれは、リオン姫。あなた様が、統治する星になります」
彼女はリュークの言葉を返すように呟いた。
「トウチ?」
「その通りでございます。ご覧いただけますか、我が軍の精鋭たちを」
男は展望台の先を指さす。
「何か、浮かんでいる」
今まで地球の美しい光で隠されていたが、よく見ると幾つもの黒い物体が光を点滅し始める。それは無数に存在し、まるで地球を監視するように取り囲んでいた。
「こ、これって……」
「我が誇る艦隊です。姫が目覚める前に集結しておりました。ご命令とあらば、今すぐにでもこの星を攻撃、数時間にて全てを制圧してご覧にいれます。既に地球にあるす稚拙な監視衛星類は、全て我々の管理下にあります。猶予を持たせるならば、必要に応じて全世界に向けて降伏勧告を出せます」
今までの中で一番、男は誇らしげな顔をして拳を胸に翳す。命令を待つ仕草だ。
「コウゲキ……。これで、地球を」
「征服いたします」
リュークの戦闘軍人としての鋭い眼孔が光る。
「あなたたちの王って、征服者、悪い奴等なの」
またしても脱力する璃緒をリュークはを支えた。
「……どうして、そういうことするの」
男を突き飛ばして、璃緒は腕を振り解く。だが、よろけたのは彼女の方だった。鏡面仕上げのようなフロアーは璃緒の不格好な行動を映す。
「攻撃するって、征服するって、みんなを殺すつもりなの!」
璃緒は男の腹部に一突きする。リュークはそのか細い手首を掴んだ。
「おやめ下さい」
しかし璃緒の力は怯まい。今度は足で男の膝を蹴り上げた。予想を越えて痛みが走ったようで、リュークの手が緩む。するりと抜けた細く白い手は男の頬を殴打した。
「いくら姫とて、限度がございますぞ」
「じゃあ、私を殺すの。今からあなたたちがするように」
瑠璃色の大きな瞳は、精一杯の気丈さを含みながら睨みつける。
「征服といっても、我々は……」
「帰る……、帰して」
璃緒は拳を構えて奮い立っていた。男は驚きのあまり言葉を失った。
「あの地球には私の親友や両親がいる。征服なんて、絶対させない」
男は立ち上がる。
「姫の育ての親、百瀬家の方々には、今朝、丁寧に感謝の意を伝えました。姫が生まれて十七年間、よく守り通してくれました。ささやかですが、王からの賜物を与えました」
璃緒の拳がまだ震えていた。
「それで、お父さんたちどうしたの」
目を伏せる男が腰に携える剣鞘が、静かにフロアーに当たり悲しく鳴り響く。
「黙って、受け取ってくれませんでした。丁度、今の姫のような顔をして」
それまでの璃緒の気丈なまでの表情が緩み掛けた。
「誰が何を言おうと、私の父は『百瀬光太郎』、母は『君子』なの」
「あなたはサベリン家一族の正真正銘の後継者なのです。それは私もよく知っています、リオン姫」
「姫なんかじゃない!」
全てを振り払おうとする璃緒の瞳の雫に、リュークは一瞬狼狽える。彼女は自動で開いた出入り口から、淡く水色に光る照明の透き通った廊下へ飛び出していった。
「お待ち下さい」
「待てない!」




