その2
「い、いったい、ど、どうやって」
彼は泣きそうな顔をしながら、手にある『オメガ・テン』を慌てて回す。
「すまん。こいつには止める方法を教えていない」
クルスは大笑いした。
「じゃあ、潰しちゃえ!」
関口に向けて、早紀はソファーにあった大きなクッションを投げ突けた。
顔に命中し、彼の手から光る『オメガ』が床に転がる。関口は慌てて、拾い上げようとして手を止めた。
「関口、早く『オメガ』を持て!」
クルスは叫んだ。
早紀は何食わぬ顔でそこまで平然と歩いていき、転がっている物を一気に踵で踏み潰した。
『オメガ』に亀裂が走る。
「関口、女を止めろ!」
関口は筋の入った『オメガ』を見た。光が未だ衰えていない。
「い、今なら間に合う。早く拾い上げろ」
「嫌だね」
そう言うと、彼も踵で何度も踏みつぶした。やがて、いくつかの破片に分離し散らばっていく。
「お前、何ということを!」
奇声を上げるかの様な金切り音を残して、『オメガ・テン』は破壊された。
「早紀さん、関口君……」
カオスは絡み合う糸の間から、薄目で二人の行動を見ている。
「関口、お前、一度ならず、二度までも……」
クルスはすぐ隣に気配を感じた。
「言いたいことは、それだけか」
彼の頬に冷たいものが当たっている。それは鈍い色を発し、床まで伸びていた。
****
アデンは薄く目を開ける。重く伸し掛かっている者に気づいた。璃緒の顔がすぐ近くにある。
「リオン。わらわを助けてくれたのか、リオンよ」
彼女は璃緒に問いかけた。
「そちは凄いな。姉として、礼を言うぞ」
だが、反応はない。
「おい、リオン。返事をせい」
アデンはゆっくりと、璃緒の体を持ちあげた。その躯体は脱力している。その顔は白く青ざめ、唇は紫色になっていた。
「リ、リオン……」
アデンは璃緒の体を揺さぶが、瞳は開かない。
「リオン。起きろ、リオン!」
アデンは璃緒の頬を叩いた。そして、何度も体を揺り動かす。
「リオン、目を開けろ! リオン!」
アデンは璃緒を抱きしめし、立ち上がった。
「ば、莫迦者! そちのために来たのだぞ。何をしている、早く目を開けんか!」
その場の誰もが、アデンの悲痛な声を聞く。
「アデンちゃん」
早紀がアデンの側に、ゆっくりと近づいた。彼女は璃緒の顔を見て驚く。
「り、璃緒……」
早紀はそれでも心を落ち着かせて、言葉を発する。
「きゅ、救急車、呼んでくる!!」
「アデン姫!」
メイラムが駆け寄った。
「このメイラムに、ご容態のほどを」
アデンは璃緒を抱きしめたまま、離そうとはしない。
「メイラム、リオンが目を開けないのだ」
彼女は璃緒の頬に、顔を付けていた。瞳から涙が幾く筋も流れ落ちている。
「アデン姫、お気を確かに」
メイラムは璃緒のその顔を見るや驚愕した。あまりにもその容態は、命を落としているとしか見えなかったからだ。
彼女は動揺した声を出すまいと口を押さえる。
****
「姫!!」
リュークの刃は、クルスへの殺気を失い床を突いた。
「リューク! お願いです、僕からこれを取って下さい! 早く!!」
力を失っていたカオスは、もがきながら必死の形相で叫ぶ。
リュークの行き場が無くなった剣は、カオスを絡めている糸を断ち斬った。力無く落ちた男は、這いずって璃緒に向かっていく。
アデンが号泣していた。
「『オメガ』が……、リオン姫を」
その場に佇むクルスは呟く。
クルスは突然、胸ぐらを捕まえられ頬に衝撃を受けた。その勢いのままクルスは壁にぶつかる。
「気が済んだか」
関口は声を殺した。
「あ、あの姫が……、死んだ……」
クルスは視界に彼を入れていない。
「おい、聞いているのか、クルス!」
関口はもう一度、クルスを起こした。
「あいつを死なせて、気が済んだのかよ!」
彼の声が響く。
「もう、終わったんだよな。これで地球は救われたんだよな!!」
クルスは答えない。いや、彼の口は震えていて、答えられない状况にあったのだ。
「クルス、もう、いいんだな。もう地球から出て行ってくれ」
関口はその場で床に膝をつく。アデンの非痛な声が、彼の耳にこびり付いて離れなかった。
「俺は……、百瀬を守りたかったはずなのに」
クルスの横に長い人影が立つ。
「失せろ」
ゆっくり顔を上げると、リュークの剣先が向いていた。
男は狂ったように笑い出す。
室内のアデン以外は、その笑いの方向を見た。ゆらりと立ち上がったクルスは壁にもたれている。
「生かしておいていいのか。俺は、お前らの姫の命を奪ったんだぞ」
笑い脱力するクルスはリュークを睨み付けた。彼の刃が動く。
「そうだよ、その目だよ。それがお前らの本性だ!! 殺気立って、イカれて、俺を一太刀すればいい!」
向けられた鋭いが光を失っていた刃は、やがて静かに床に落ちていった。
「姫は……、姫は、そのようなことを、望んでいない」
リュークの沈んだ声は、一点を見つめまま動かない。
「破壊と破滅、侵略を繰り返し、土中の蟻一匹まで従わせ続けてきたのが、お前らだろうが。何を今更、そんな戯言など聞きたくもないわ!」
クルスは歩き出した。そして床を突く剣を持ち上げ、その刃先を胸に当てる。
「この刃も、何人もの血を吸ってきたのだろうが!!」
彼の目が血走っていた。
「クルス! もう、やめろ!」
関口は彼の腕を掴む。クルスは彼を足で蹴り倒した。
「殺して見せろ、リューク。あの姫の前で俺を切って見せろ!! そして、叫べ。姫も征服者だ、って」
リュークの眼光は、一向に衰えてはいなかった。だが剣に生気はない。
「闘将リューク。お前がこれほど、名ばかりの腰ぬけとは、知らなかった」
自暴自棄に近いクルスに向け、メイラムの長い棍棒が目の前に届く。
「リュークを侮辱することは、これ以上許さん」
彼女は揺れているクルスに向かった。男はそれを掴む。メイラムは微動だにせずそのままにした。クルスは両手に剣と棍棒の先を掴んでいる。
「嬉しいね、あんたは、あのリオン姫様の部下じゃないらしいな」
「メイラム、やめろ」
「女、俺が憎いか。だったら、俺を殺せ。それがお前らの本来の姿だ。遠慮することはない」
****
「ちょっと、二人とも! 何をやってのよ! 璃緒のことを考えてよ! そんな奴なんて、放っておきなさいよ!」
早紀は救急車への連絡が終わったと同時に叫ぶ。抱き抱えているアデンは彼女を見た。
「アデンちゃん、璃緒大丈夫だから。私はこの子とはつき合い長いのよ。こんな病気より、もっと大変なこと色々あったんだから、すぐに治るわ」
手足が白く冷たくなりかけている璃緒の体に触れ、髪を早紀は撫でる。
「早紀よ、お願いだ。リオンを助けてくれ」
今でも流れる幾筋の涙は、もはや気丈な姫ではなく、妹を心配する顔だった。
「……アデンちゃん」
リュークはその剣先をクルスに掴まらせたまま、柄を離す。主人を失った剣は力無く床に響いて柄を付けた。
「なん、なんだと……」
クルスの手は血を滴り流している。
「リューク……」
メイラムは彼を目で追った。リュークはクルスに背を向ける。
「リューク、貴様! それでも軍人か!!」
「俺は、リオン姫の家臣であり、姫を守るものだ」
そう言い残し、彼はアデンのもとに歩んだ。
「早紀殿、この地球での治療は無理かも知れません。私の艦の医療部に転送します。地球での生活体系によって変化した姫の体は未知数だが、手だてを全力で講じてみます」
「アデン姫」
アデンの切ない瞳がリュークを見つめ、動きを止める。
「必ずやリオン姫は助けます。どうぞ、姫をお放し下さい」
アデンの腕に包まれている璃緒を彼は見る。目を見張るリュークは言葉が出なかった。
「こ、こんな姿に」
彼はそっと、アデンから引き離そうとした。だが彼女の手は最後まで璃緒を掴んでいる。
「アデン姫、どうぞこのリュークめを信じてお任せ下さい」
戸惑うアデンはやがて頷いた。
「リューク、わらわは何も出来ない。助けてくれ」
「仰せのままに」
深くリュークは頭を下げる。彼は地球軌道上に停泊している鑑に応答した。
「緊急事態だ。転送装置をこのポイントに設定しろ。至急救護班の準備を!」
メイラムは今だクルスを睨んでいた。
「メイラム、そんな者に関わっている場合じゃない。こちらを手伝ってくれ」
フロアーに緑蛍光色の円形が浮かび上がる。リュークは再びクルスに向き合った。主を失い転がっていた剣を持ち上げる。
「ようやく、殺す気になったか」
リュークは冷静な顔の眉間に皺を寄せた。両手で剣を大きく降り上げ、クルスの前の床に深く突き刺す。
「この剣で死にたいなら、くれてやる。この剣で俺を刺したいなら、そうするがいい。俺はリオン姫の意志に従い行動する」
「リューク、逃げるのか」
クルスは狼狽していた。
「俺の知ったことではない」
「この、腰抜けどもめ!!」




