その9
「で、どうしたらいい?」
カオスを目の前に璃緒は尋ねる。
「ここはひとつ、関口君としっかり話しをされてはいかがですか」
「それが一番よね。さっきは頭ごなしに怒ったけど、よく考えると何故、アデンと関口が一緒に居たのかしら?」
早紀が背後からいつもの様に思いっ切り覆い被さった。
「そんなことも気づかないの、璃緒姫」
カオスの視界から璃緒が消える。
「璃緒が気づかないから、一ノ瀬君とずっといるから、関口は決心したのよ」
「何故、私が関係するのよ」
背中に彼女を背負う形になっている璃緒は、床を見つめながらぼやいた。
「むしろ、アデンちゃんと関口を関係づける方が大変だし」
「どういう?」
「アデンちゃんと璃緒は双子で、髪隠したら同じ顔でしょ。お風呂上がりで、タオルを頭に巻いて浴衣着ていたから、きっと間違えたんだよ。話す相手を」
早紀はカオスの真摯な瞳に少し顔を赤くして、視線を逸らす。
「関口君はアデン姫ではなく、あなた様に伝えたかったのですよ、きっと」
カオスは未だ下を向いている、璃緒の頭を穏やかに見つめた。
「ねえ璃緒、どこまで言わせる気。後は自分で聞きに行きなさいよ。そうすれば、アデンちゃんの誤解が解けるよ」
璃緒は上目使いに、顔を挙げる。
「はあ?」
「一応騒動にはなってるけど、呼んでおいたから話しを聞いてあげな」
「ちょ、ちょっと、何を勝手に!」
早紀は立ち上がり、カオスの腕を引っ張った。
「一ノ瀬君行くわよ。後は二人の問題」
「ちょっと、早紀、待ってよ」
璃緒は早紀の服を掴もうとしたが、その手は空を切る。
「僕は、いてはいけませんか?」
「一ノ瀬君、そりゃ野暮ってもんでしょ」
彼女は微笑みながら、その手を勢いよく引っ張って行く。
「今僕は、姫の側にいなくてはなりません」
足を止めてカオスはしっかりした口調で言葉を発した。
「今は厳重な警戒をしなくていけない。姫から離れる訳にはいきません」
その理由がある。
「一ノ瀬君、一度聞いてみたいと思っていたんだけど」
「何ですか」
カオスは彼女と至近距離で向き合った。
「璃緒のこと好きなの?」
彼の動きが止まる。
「さ、早紀。そ、そんなこと、あるはずないよ」
璃緒は慌てて、カオスが言い出す言動を制止させようとした。
「前にもすでにお答えしておりますが。それではいけませんか、早紀さん」
カオスの袖を引っ張ったままの早紀は大きく頷く。
「一ノ瀬君は私のことをどう思う?」
目を丸くする璃緒はカオスを凝視した。彼は少し考え込んだが、顔を引き締める。
「早紀さん、非常に理解しがたい言葉なのですが。この地球の感情は特別です。でも」
「でも……?」
彼女の顔が訝しんだ。
「僕には、やらなければならないことがあります。このまま隠しても無駄でしょう、姫」
訝しんだ顔のまま、早紀は璃緒を凝視した。その視線に彼女の目が泳ぐ。
「やっぱり、一ノ瀬君は璃緒が好きなのね」
結果を早紀は急がせた。
「僕が忠誠を誓い申し上げているのは、リオン姫以外におりません。姫は僕に生きて守るように、使命を与えて下さいました」
「カオス、言い過ぎ!」
璃緒は堪らず叫ぶ。
「そうね。そうだと思ってた」
彼女はため息混じりに、一息吐く。
「いいわ、わかった。一ノ瀬君は姫を守りに来たって言ってたね。アデンちゃんが私は姫になる素質がないって言ったのは、そういう意味だったのね」
腕を組んで彼女はまたしても、大きく頷いた。
「おいおい、早紀ちゃん、誤解だよ」
「でも、関口のことも忘れないでね、璃緒」
「ははは……、だから違うって」
璃緒は呟くと、カオスは振り向く。
「姫は僕にとって、敬愛する対象です」
「カオス、あんた真顔でそんなこと言うから、話がややこしくなるのよ。いったい、誰の話なの……」
その場にしゃがみ込んだ。
****
「百瀬……、こいつを……、どうにかしてくれ」
関口は腕に取り巻いている物体を、引き摺りながら部屋に入ってきた。彼の腕に付いて、頬を二の腕にぴったりと貼り付かせている。
「アデン?」
「アデンさん、泣き止んでから、ずっと俺にくっ着いてるんだ」
アデンのその顔は、うっとりとして、まるで恋する乙女そのままだ。
「璃緒、あんたがくずくずしてるから……、取られちゃうよ」
璃緒はカオスと早紀を押しけ、二人に近づく。
「おお、リオンではないか。わらわの夫を紹介するぞ、こいつだ」
アデンは関口を迫り出し、指さして誇らしげな顔をする。
「セキグチだ。こっちは妹のリオン。仲良くしてやってくれ」
璃緒は彼の腕からアデンを引き剥がして、床に座らせた。目が酔っているように、焦点が定まらない。彼女は両手でアデンの頬を掴んだ。
「何事だ、リオン」
「何事じゃないわよ、アデン。大体あなた、婿探しに来た訳じゃないでしょ。関口も嫌なら、嫌ってしっかり言いいなさいよ」
璃緒は罵詈を浴びせる。
「リオン、無礼だぞ。わらわの夫に何という口の聞き方だ。幾ら妹と言えど、聞き捨てならんぞ。処罰する!」
ふらつきながらアデンは、床から立ち上がった。璃緒に縋りながら、ぴしゃっと頬を平手する。
「アデン! しっかりして! さっきまでの気品さはどこにいったの!」
「何だと。そちは、妹の分際で姉に指図する気……」
璃緒の渾身の一発が、アデンの頬を襲った。彼女は、二、三回転して床に転がる。
「お、お、おい、百瀬、やりすぎじゃないのか!」
「もとを辿れば、あんたでしょ!」
璃緒の目付きは、尋常ではなかった。関口もターゲットになる。
「アデンに何言ったか知らないけど、彼女はあんたと結婚しないから!」
「け、結婚!? 何の話だよ! そうじゃない、俺はお前に、用があったんだ!」
初めて関口は今までで、真剣な眼差しを璃緒に向けた。早紀はカオスの側に駆け寄り、強引に男と腕を取る。カオスは三人を警戒して見つめていた。
「一ノ瀬君、ここが修羅場よ、修羅場」
関口と仁王立ちの璃緒は向かい合う。今まで二人が、これほど互いの顔を睨むほどの見つめ合うことはなかった。
「用って、何」
「その……、俺は、おまえを……」
握りしめている男の拳が震える。
「どうするのよ」
璃緒の警戒は解かれていなかった。
「何があっても……」
関口はポケットに入れてあるものを、服の上から握り締める。
「何があっても?」
璃緒は関口の言葉が気に掛かった。
「関口君、何か持ってるの? 璃緒へのプレゼント?」
早紀が無理に話に割り込む。
「早紀さん!」
今度はカオスが早紀の体を止めた。
「ここにいて下さい。あなたまで危険が及びます」
「危険? 何のこと?」
「ち、違う、こ、これは……、その……何でもない」
慌てて関口はポケットの中身を握りしめる。
「隠さないの。璃緒への、何かでしょ。早く、渡しなさいよ」
早紀は、カオスの手を振り解こうとした。
「早紀さん!」
「一ノ瀬君、何故、私は、姫になれないの。さっきの話、やっぱり私には分からないよ。一ノ瀬君から守ってもらえる、お姫様になりたいのに、どうして……、璃緒なの」
小刻みな早紀の腕の震えを、カオスは感じる。
「早紀さん。僕は愛というものはわかりません。けれども、あなたからそれらしき感情を感じることは出来ます」
「でも、お姫様じゃないのよね」
「何と言っていいのか」
カオスの表情はその気持ちの表れか歪んでいる。
「これまで、僕は人の気持ちを惑わせていました。自分のものにするまで、その人格が崩壊するまで」
「私の気持ちも、崩壊寸前だけど」
つぶらな瞳は璃緒と違う輝きを持っていた。カオスは微笑む。
「あそこにいる姫は、璃緒さんは、早紀さんには友人でも、僕やリュークには全く違う存在。同等の立場ではないのです。外敵から守らなければならないお人なのです。今は理解が難しいかと思いますが、きっとわかる日がきます」
「取りあえず、胸にしまっとおく。で、関口は何をしようとしているの」
早紀は瞳の滴を拭って、カオスの顔を見入った。
「彼は、とんでもない物を持っています」
****
「どうかするの、関口」
璃緒は緊張する。
「俺は、お前を守りたいだけだ」
「あなたが、私を? どうして?」
関口の顔が紅潮した。後方に倒れていたアデンが起きあがる。
「どうしてって、それは……、お前が……、一番大切だからだ」
璃緒は男をじっと見つめた。
「セキグチ、それは誠だな」
頬に柔らかいものを関口は感じる。そしてすぐ近くにアデンの顔があった。それは口元を上げ光らせる。
「セキグチ、婚約解消だ」
「アデンさん……」
彼は頬を押さえて呟いた。
「お前も、よほど口べたな奴だな」
アデンが関口から離れた時だ。
そのポケットから何かが落ちる。それは金属的な音を床に響かせた。
床に転がるそれを見て、カオスの形相が変わる。
「アデン姫! リオン姫! それから離れて!!」
咄嗟に、璃緒はアデンを抱いて関口から素早く引き離した。勢い余って二人は壁に激突する。
「そ、それは……」
彼女はその金属片を見た。次の瞬間、璃緒の体が石になったかのように固まる。
転がった金属片を慌てて関口は拾った。
「関口君、君はそれが何だか、知っていますよね」
カオスは冷静な顔で彼を睨みつける。
「こ、これは、たまたま、知り合った奴が……」
「この間いた、クルスとかいう者ですね。あの人は非情に危険です」
関口が持ってる金属片はやがて光りだしていく。室内に奇妙な反響音が鳴った。璃緒とアデンは悲鳴をあげる。
「な、何、妙に息苦しい……」
璃緒は急に体を捻り、もがき苦しみ出した。それはアデンも同じだ。
「姫!」
カオスは叫んだ。
「一体、みんなどうしたの。ど、どうなってるの!?」
早紀は状況が理解できない。カオスに心配そうな顔を向ける。
「早紀さん、下がって。あれは宇宙に存在し、エクティーヌ星の人々には猛毒とされるキラーストーン、『オメガ・テン』です。地球の人にはどうなるかはわかりません」
「宇宙、エクティーヌ星、キラーストーン、オメガ??」
「あの『オメガ・テン』は、姫を殺傷出来ます」
「殺傷!?」
彼女はカオスのこれまでにない焦った表情を見て、事態が悪いことだけは理解できたようだ。
目の前で苦しむ二人を、ただ呆然と見つめるしか出来ない。
「そう。姫たちとザベリン家、エクティーヌ星を崩壊させることが出来る」
*****
背後に転送してきたリュークが立っていた。
「あ、あなたは、アトラクションの時の人?」
振り返るカオスの側に揃う。
「リューク!」
「まさか、あの男がここまでするとは、予測を遙かに越えた事態だ」
「ちょっと、待って下さい、お、俺は……」
狼狽えた声で関口は呟く。
「『オメガ』をどうするか次第では、我々も覚悟がある」
リュークは剣を取り、カオスと互いに構えた。再び背後で転送装置の音がする。
「このような一大事、私も黙って見ていられない!!」
「いかん! メイラム、戻れ! お前もやられるぞ!」
「私にとっても、二人の姫は大事だ!!」
彼女は先にエメラルドブルーが輝く棍棒を突き出した。すぐにでも講堂で見せた、爆裂な火の玉が飛び出す瞬間だ。
「ちょ! ま、待って! 俺は、本当に何もしないって!」
関口は両手を挙げて振り、無抵抗さをアピールする。
だがそれは『オメガ・テン』の発動を意味した。ロビー全体が揺れ、紫色の怪しい光に包まれる。
彼の側に転がっている二人の姫たちは、呻くように喉を鳴らし、掻きむしり、一層苦しみ出す。
アデンは白目を向きかけていた。
大きな咳とともにメイラムの棍棒が床に落ち、転がる。
剣で支えていた体が震え、豪傑のリュークさえも膝を付く。
それを見届けるかのように、ゆらりとある空間が歪んだ。
第4話に続く




