その6
「アデンちゃん、一ノ瀬君」
声がかかるや否や、早紀が背後からアデンを羽交い締めした。今まで遭遇した事のない出来事に、彼女は驚いて息が止まる。
「あ、アデン姫」
手を挙げて慌てるカオスを宥めた。
「アデンちゃん、心配して随分探したんだよ。なのに一ノ瀬君と一緒だなんて……」
「さ、サキ、離れろ……、苦しい」
「アデンちゃんも、一ノ瀬君狙いなんて、許せない」
今度は花びらではなく、机上の大きな花瓶が割れ砕ける。他の生徒が、驚いて集まった。
「メイラム、よせ……。攻撃する、な」
じたばたしているアデンを見ながら、思わずカオスは吹き出した。
「カ、カオス、お前は面白がってるな」
顔を赤くしながら、忌々しく彼女は呟く。
「早紀さん、もうそのくらいで。アデン姫とは、ここでたまたま会っただけです。それよりも、何か用でもあったのじゃないですか」
早紀は思い出したように手を解いた。
「璃緒、何だか、おかしいの。いつもはもっと楽しそうにしてるのに、近頃は悩んでいるというか」
「そうか……」
アデンは少し考え込む。
「今日みたいに怒ることなんて、今まで見たこと無かったよ。ちょっと怖い感じ」
早紀は心配そうな顔をアデンに向けた。
「あやつにも、こうも心配してくれる下部がいるのだな」
「しもべ?」
「サキ、『だいよくじょう』とやらに行こうではないか。下部たちと相いまみえるのも、王女としての一興だ。リオンも呼べ」
アデンはカオスに目配せする。
「カオス、これでよいのだろうか」
「仰せのままに」
苦笑いをしながら、男は目を伏せた。
***
「何よ、今更」
腕組みした璃緒は、同じ様な格好をしているアデンを怪訝な顔のまま凝視する。
「そちに気を使っているのではない。そちを心配する下部たちが、気の毒なのを知ったからだ」
脱衣所で二人は向かい合っていた。
「下部たち? ちゃんと言うけど、ここにいる人たちは、下層階級の人でも、召使いさんでもないの」
「いったい、何者と云うのだ」
アデンは腕を組む。
「友達よ」
「『トモダチ』? それは、お世話係などと違うのか」
不思議な顔で彼女は呟く。
「そう。自分と気の合う、信頼できる人」
「メイラムのような者か」
「それは、ちょっと違う。あの人たちは護衛をすることが仕事でしょ。友達は護衛とか世話するとかじゃないの」
「そんな、はっきりしない役目があるのか?」
脱衣所で二人の問答は続いている。痺れを切らした早紀が、間に割り入った。
「もう、二人とも、つべこべ言わないで、早く服脱いで入ろうよ」
「サキ、おまえはリオンの『トモダチ』か」
アデンの真顔に、早紀はきょとんとしたが吹きながら頷く。
「璃緒とは小さい頃からの友達。昔も、そして、今も。ね、璃緒」
彼女は璃緒に向けて微笑んだ。
「早紀ぃ……」
璃緒は今ほど彼女の笑顔に励まされたことはないほど、蕩ける。
アデンは二人の顔を見比べた。
「サキ、わらわはどうなのだ。同じ顔をしているぞ」
「アデンちゃんは、昨日初めて逢ったんだもの、これから友達になるの。それに、同じ顔してたって璃緒とは違うでしょ、性格」
「そうか、これからか……。その役目は、どれくらいかかるのだ。明日にはそうなるのか」
アデンはずっと真剣だ。
「何時なるかなんて、誰にもわからないよ。お互いの心が通じ合うようになったら、いいかもね」
早紀は璃緒とアデンの顔を指さして、交互に確認する。
「でもその前に、璃緒とアデンちゃんが仲良しになってね。いくら隠し子とは言え、二人は友達以上でしょ」
「な、何言ってるのよ、早紀。この人と私は何も関係ないわ」
早紀は二人の服をはぎ取るように、引っ張った。
「こ、こらサキ、やめい」
「そうよ、自分でやるから、早紀」
最後に、結ってあった紫色のアデンの髪を解く。
二人を前にして早紀は少し驚いた。だがその瞳は次第に恍惚となる。
「二人は関係なくない。大いに関係ありよ。どっちがどっちなんだか。顔はもちろん、背格好や体つき、髪の色を隠したら分からないもん。あなたたちは、正真証明の双子」
璃緒とアデンは互いを眺めた。自分と同じ顔の者が、そこに存在している不思議さと気恥ずかしさが満ちてくる。璃緒はアデンの頬を突いた。
「同じ顔、体も一緒」
隆起やくびれ、長細さの部分など瓜二つだ。ただアデンの少し白い肌と、左鎖骨下の黒子だけは違っていた。
「わらわも分かってはいたが、初めてだ。こうも同じとは」
浴室の出入口で早紀が手招きしている。同じグループのメンバーも顔だけ出し、二人を見て目を丸くしていた。そして微笑む。
「リオン、ここから先どうしたらいいのか教えてくれ。そちの地球に、そちの環境に少しでも近づきたい」
「アデン……」
「自分ばかり、言い過ぎた。『トモダチ』とやらに、わらわも参加したい」
白装束を脱いでも、アデンは高貴だ。凛々しい横顔は常に判断を誤らぬよう吟味している。
「リオン、そちと仲良くなりたいのだ」
璃緒はアデンに手を伸ばした。
「私も馬鹿を言ってると多分思う。ここまできて、違うなんて言えない。ただ……」
彼女は璃緒の手を優しく握る。
「わらわは、そちを認めたい」




