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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第5章 王都・アンドレアソン 1
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追走

 森の中の細い街道は、国の外れにあるワインの産地からの運搬用に整備された。ワインの出荷時期になると、この街道は馬車の行き来が盛んになり、その次期になると開けられる宿屋が街道沿いには存在していた。その次期は後、一月後になる。

 今は獣しか通らない道のはずだったが、護符をつけた馬が数頭凄い早さで駆け抜けていた。目的は、今は無人の宿屋になる建物を調べるためであった。


「イェリク殿、その宿はもうそろそろだろうか」

「鐘二つの距離だと言っていたから、そろそろだろうな」

「くそっ、まさかこんな道があるとは」

「しかたあるまい、一昨々年に、土砂崩れで今までの街道が塞がれているなど、俺たちでは知りようもない。まして、近くにこんな道があるのだから、ワインはいつものように手に入ったしな」

「……」


 イェルクはそう言うが、ランバルドは自分のミスだと思っている。このような森に覆われていたり、山岳地域では、地元の人間しか知らない道や、土砂崩れや崖崩れによって利用できなくなった道は存在するのだ。それを良く知っているのは地元の人間なのだ。地元の人間から情報を得るのが不十分だったと言うことなのだ。


「で、この道でそのアレクシスと名乗る騎士と出逢ったと言うのか?」

「そのようです。正確には道を少し外れた森の中と言うことですが、ノルドランデル侯爵を名乗る男は……」

「いやいや、そいつはアレクシスと名乗っただけなのだろう?」

「しかし、馬の名前までも名乗るとは……ましてや、追っているものがノルドランデル侯爵の姪御殿です」

「陽動という訳ではないのか?」

「陽動と言うには、あまりにも危険なやり方です。自分たちが攫った者の近親者を装うなど……」

「しかし、何が盗まれたのか知る者には、何とも食いつきたくなる情報ではないか」

「ですので、バルタサール達にはオリアンから北に向かい、そして北の街道を東に向かうよう伝えてあります。もしそちらで、有力な情報が手に入れば、私が残した部下と合流して、追って来ますでしょう」

「まぁ……陽動だろうが、何だろうが……こちらの方向が匂うのだがな」

「勘ですか?」

「勘と言うか……。盗まれたものを考えると、この国では身代金を要求するくらいが関の山だろう。だが、そうだとしたら、もうその要求は公爵家に知らされているはずだ。だが、そうではないのであったら、単純な人買いに売るにしろ、アルヴィース様だとしても、それを利用するにしても、この国では目立ちすぎる気がする」

「なるほど……仮に当初の話しのような至宝とやらの場合でも、この国では処分しにくいでしょうな」

「面白いことに、盗まれたものが何にせよ、今回の場合はこの国ではそれを利用するには、かなりの制限があると言うことだ。だとしたら……答えは1つであろう」

「……他国ですね」


 イェリクは、ランバルドにニヤリと笑ってみせる。

 ランバルドにとって、この事件に最初から振り回されていた。そもそも、何を盗まれたのかが不明なのだ。

 勿論、イェリクの言う通りだとはも言える。もしかしたら、アルヴィース様が攫われたとしたら、幽閉して利用するという手もあるのだ。だが、それは、それなりの権力や財力がないと難しいのだが……。


「おお、見えたぞ」


 二台の荷馬車がやっと通れる狭い道は、舗装をされているわけではない。そのうえ両脇は、枝が払われてはいない自然の森だ。うっかりすると、一軒しか建っていない宿は見落とす可能性がある。その上、こちらは速度を上げる護符が馬についているのだ。


 見つけた宿は、少し奥にあり、手前には荷馬車が止められるようになっている。

 馬を止めた一群から、1人の男が馬を降りて宿へと向かうと、すぐにしゃがんで地面を見つめる。


「馬車が入っています。まだ、それほど日数はたっていないようです……6日以内と言うところです」


 その男は、辺りを見回しながらそう言った。そして、すぐさま剣を抜くと、建物の方へと向かう。ランバルドたちは、その後を追うことはしなかった。と言うより、出来ないのである。その男が調べているのを邪魔しない為なのだ。

 それは、イェリクが言っていた「人を追うのが上手いヤツ」と言われた男だった。幼い頃より、狩人であった祖父に着いて歩いていたお陰で、動物だけではなく、人の移動の形跡を見つけることが上手くなったと言うのだ。成人するころには、祖父よりも上手くなり、ひょんなことから、ノルドランデル領の騎士団に所属することになったと言う、変わった経歴の男だ。名をルーカス、皆は彼を追跡者タッカーと呼ぶ。


「相手は最低4人で、1人は足を怪我していますね……」

「ほぉ……」

「荷馬車は二頭立てで、ほとんど空のようです」

「建物の中はどうだ」

「痕跡はありません、多分、少し留まっただけだと思います」

「次に行くぞ」


 イェリクの号令で、次の目的地に進んだ。


「しかし、凄いですね」

「だろ?」


 ランバルドの言葉に、イェリクは得意そうにニヤリと笑う。


「ノルドランデル領の者なのですか?」

「いや、カルネウス領の者だったんだが、アレクシスがいたく気に入ってな」

「カルネウス侯爵は、狩りがお好きだと言うことですが、それで?」

「そーそー、アレクシスが狩りに誘われてな、その時に見知ったのだが、獣の追跡が見事でな。まぁ、手伝いに借り出されたと言うことだったんで、こっちに引き抜いちまったわけだが……」

「よく、カルネウス侯爵が許されましたね」

「許すも何も、あいつの価値をカルネウス侯爵は知らないのだよ」

「それは……良い拾いものでしたね」

「だろ?」


 オリアンにいるバルタサールから伝令を受けて、馬の商人が目撃したと言う護符をつけた馬車を追ってここまで来た。気がつけば、もう随分と西へと入り込んでいる。湖の東岸を北上したのだが、そこで目撃の情報が途絶えてしまった。目撃者がいなくなったのではなく、人がそもそも通らない場所だったのだ。

 そこへバルタサールからの伝令は、随分と戻った所から、西に入った場所で目撃者がいたと言うことだった。道中では、行商人の馬車や、買い付けなどの馬車を注意深く調べてみたが、どれも怪しいと思われるものはなかった。だが、「目くらまし」の護符を使用していたとしたら、見落とした可能性がある。「目くらまし」の護符の効果は、その言葉通りの意味である。見る人によって、印象を大きく変えるものであり、人の意識をすり抜けるように、記憶に残らないものにするものだ。

 そのような護符は、犯罪に使われる恐れがあることから、めったやたらに出回らないように規制されているものなのだ。それを使用するとなると、魔術師が犯人の中に存在していることになる。が、この国に魔術師は数が少なく、その行動は厳重に管理されているのだ。


(犯人は、この国の者ではない可能性が高い……もしそうだとすると、目指しているのは、国境だろか?)


 ランバルドの思考は、未だに彷徨うのだ。今、この瞬間に解っているのは、エルナ・ヴァレニウスが攫われたと言うことだけなのだから。公爵家の令嬢が誘拐されるのと、アルヴィース様が誘拐されるのとでは、犯罪の規模が違って来る。

 アルヴィース様は、この国の王よりも守らねばならぬ至高の存在なのだから。


 今、ここに至っては、決断が遅くなれば致命的になる。連れ去られた次期を考えると、もう国境を越えていてもおかしくない。今追っている荷馬車が、その犯人たちのものだとして、もう国境の間近にいるのではないかと思う。

 この道の先に、北東の国境がある。隣国へと至る道は、真っすぐな一本道だ。それを考えると、ランバルドは首を傾げたくなるのだ。

 一番安全なのは、川を使って国境を越えることだ。海に出られると、行き先を追うのは不可能なのだ。


「イェリク殿、少し止めて良いだろうか?」

「ん?」

「バルタサールに、北東の国境に向かうように指示を出したい」

「うむ」


 イェリクが頷いたのを確認して、ランバルドは馬を止めた。そして、後ろにいる護符を使用できる騎士に声をかけた。バルタサールに、護符を利用して北東の国境に向かい、封鎖するように伝令を出し、ノルドランデル侯爵経由でイサクソン卿に国中の国境封鎖の指示を護符で伝えるように言った。









 ランバルドからの伝令は、すぐさまバルタサールのもとに届いた。詳しい話は後で知らせる旨とともに、至急、北東の国境に向かい、その国境を封鎖しろと言うものだった。

 既に辺りは暗くなっている時刻ではあるが、護符を使ってまで北東の国境に急げというのなら、すぐに出立と言うことだ。

 バルタサールは騎士達に号令をかけた。


「国境と言うことは、犯人の足取りが確定したのですかねぇ」

「知らぬ」

「はぁ……」


 マティアスは溜め息をついた。護符を使うので、馬車は止めて馬にしたのだが、自分がこの強行軍に着いて行く必要があるのか? と思いはじめていた。

 きっと、この先は武力がものを言う世界だ。バルタサールの補佐で寄越されたものの、この先は、バルタサールを野放しにした方が良いのではないかと思っていたのだ。

 いや、本心を言えば、このような強行軍を考えるとぞっとする。多分、寝ずの強行軍だ。馬の体力は護符によって強化されるので、潰すようなことはないが、人間はそうはいかないのだ。


「マティアス……なぜそのような顔をしているのだ」

「……いや」


 びっくりする位の元気な笑顔と声に、マティアスは抗議する気が完全に失せた。自分の抗議など、バルタサールには理解できるはずもないのだ。


「いよいよ、大詰めだな、マティアス」

「そうですね……しかし、この先、私ができることはもう無いのではないですか?」

「何を言う! これからが肝要なのだ」

(肝要? 楽しいと言いたそうな顔をして……)

「それに、我が一族の者に害を為す者どもに、鉄槌を下せるのだ、これほど楽し……ゴホン、これほど重要な任務があるか」

(楽しいと言ったな……)



 光の護符が、辺りを照らし出した。周囲には、30人あまりの騎士が馬上の人となっていた。残りの10人は、朝になってから出立し、バルタサールを追うように、道中での調査を続けるように命じてある。

 最初から事件の全貌が不明なのだ、どこにほころびがあるのか解らない。そのくせ、何故だか最初から怪しいとされる行商人のみを追いかけている。マティアスにはそれが不安で仕方なかった。


(私たちは、犯人に追わされているような気がする……)




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