追跡
PCの調子が悪いのでアップができませんでいた。
すみません(涙)。
次回のアップは火曜日になります。
岩肌がむき出しになっている高い崖が、左右から圧迫するようにそびえ立つ。時々、岩が転げ落ちている場所に出くわす。それ故に、この道で襲って来るような動物も、山賊もいない。そんなものが往来できる場所はないし、隠れるような場所もない。ゆえに、この道は、ある意味安全なのだ。時々、上から転がり落ちる岩や石に注意できれば……。
ひょんなことで出逢ったフランシスは、今もミケーレの腕の中で眠っては食べ、食べては寝るの繰り返しだった。起きている間は、フランシスに言葉を教えるために、いろいろと話しかけたり、単語を教えてみる。単語が中心だったが、挨拶を教えたりもした、それ以上は難しいので身振り手振りのジェスチャーが大活躍をした。
昔、風邪をひいたエイナが、声が出せなくなると、言いたいことが伝わらずに癇癪を起こすので、みなんでつきあって、言葉で会話をするのではなく、ジェスチャーのみで会話をしたことを思い出した。結局、可笑しい身振りや手振りに、笑いばかりで意思の疎通ができなかったのだが。
そのエイナは、もう目の前にいるはずだ。急襲するとすれば、夜になるが、その間にこのフランシスの存在は思案のしどころだ。普通なら、足手まといと判断してこの子のことは、連れて来る選択肢はないはずだが、ミケーレにはその選択肢は存在した。
1つは、あのまま、あの心配そうな顔をした女性に預けてきてもよかったのだが、フランシスの父親がどんな行動に出るのか解らなかった。最悪の場合、息子を取り返すために、あの女性に危害を加えることも考えられた。早めに出来るだけ、フランシスを父親から引き離す必要があると思ったのだ。
そして、もう1つは、ミケーレがそのように祖父や父親に育てられて来たと言うことだ。特に祖父は、騎士の典型のモノの考え方をする人だった。自分よりも弱いものに、手を差し伸べるのは、眠くなると欠伸が出るのと同じ感覚なのだ。そして、騎士たるものは守るものがあって強くなるのだと言う。
さらにもう1つは、追いかけている者達の剣の腕と、自分の腕を比較して、決して一人で対応しても問題ないと思われたことだ。《禁忌の森》の近くで遭遇した時に、5人を相手にしたのだが手強いと思っても、敵わないとは思えなかったのだ。そして、その通りに5人のうち2人にはかなりの深手を負わせることができた。
しかし、何故このようなことになったのか、ミケーレには理解できていなかった。何も無い道の途中で、その荷馬車は止まっていた。ミケーレもエイナと荷馬車で通っていたのだが、その馬車が別に邪魔になるほど道の真ん中に止まっていたわけでもない。でも、馬車がこのような場所に止まっているとして考えられるのは、荷馬車の故障である。ミケーレもそう思い、声を掛けて何か手伝えることがあるかと尋ねるつもりだった。
が、荷馬車に近づくと、様子が少し違っていた。行商人達が、荷馬車を降りて、何故か《禁忌の森》に向かって、何か叫んでいるのだ。
謎の荷馬車の横にくると、2人の人間が、《禁忌の森》に入ろうとしているのだ。まさか、ここが《禁忌の森》だと知らない人間などいない。慌てて声をかけるが、馬車の近くに残っていた若い男が、ぎょっとした様でミケーレを見たと思うと、いきなり剣を抜いたのだ。
それからは、もう、何が何だかわからずに、その男が振り上げる剣を、エイナを守りながら受けた。そのうち、森から数人が戻ってきて、相手をする人数が増えて行った。エイナを後方の森に隠れているように言っていたが、いつの間にか、エイナは敵の手に落ちたのだ。後方にいたエイナが、いつの間に敵の手に落ちたのか解らなかった。ミケーレは、つねにエイナの存在を気にしつつ、敵が自分の後方へと足を向けないようにしていたからだ。考えられるのは、エイナが動いたと言うことだ。でも、何故? それはいくら考えてもわからなかった。
その後、ミケーレはすぐさま荷馬車からスレイプニルを離すと、荷馬車の後を追った。辺りには、ミケーレが切り伏せた男達が数人いたが、それらを置き去りにした。何処の誰で、何が目的なのか聞き出すことは可能だったが、時間が勿体ないと思った。
いきなり襲って来た男達は、剣の腕はミケーレに敵わなかったが、その連携と、引き際の良さは、素人のものではないと感じたのだ。ならば、少しでも早く、相手を追わないと捕まえることができないと判断したのだ。
その予感はすぐに当たることになり、すぐに後を追ったにもかかわらず、何故だか煙のように跡形もなく消え失せていたのだ。
もし、エイナが生まれた時に与えた護り石がなかったら、見失う所だったとミケーレは恐怖を感じた。ミケーレの家に代々伝わっている30個の護り石は、生まれた子、嫁いで来た妻に与えられる。ミケーレは勿論、子供達も持っている。
どうしてそんな習慣があるのか、ミケーレには解らなかった。だが、何となくそれを受け入れていたのだ。だから、代々伝わっている剣に着いている石が、いつも光っているのが普通で、そういう石だと思っていたのだ。が、エイナが攫われて、その石の光が点滅したことに驚いた。最初は何のことだか解らなかったのだが、追っていた荷馬車が消えた頃から、徐々にその点滅が遅くなり、石の光も淡くなっていったのだ。
そして、やっと理解した。この剣は、家族を守るときに役立つと言って渡された時の父親の顔、そしてそれを見守っていた祖父の意味ありげな真剣な眼差しを。家族が持つ護り石と、この剣は繋がっているのだと理解した。試しに、息子達の顔を思い描くと、点滅している石が、とたんに暗い沈んだ色になり、点滅も緩やかになっていった。
そして今、エイナを思い浮かべると、石は点滅せずに、長年見慣れた明るい石になるのだ。
(もう、エイナはそこにいる)
登りの道を終えて、今度は少し下りの道に変わる所。そこで、遥か彼方のギリギリの場所に、大きなものが道の先を行くのが見えた。
(エイナ、待っていろ)
心に強く娘を思うと、スレイプニルに少し強く足を当てて速度を上げた。走り去ろうとする荷馬車に、走って追いつける距離まで、やや早めに馬をすすめた。
荷馬車は、最初に見たものと違っていた。馬車が使えなくなったのか、それとも乗り換えたのか不明だ。だが、どんなに荷馬車を変えようと、エイナがそこにいるのは間違いなかった。ミケーレには、迷いはなかった。
道の脇に馬を寄せて進むと、御者台には1人しかいないのが確認できた。後の者は、荷馬車の中にいるのだろう。御者はまだ、自分に気づいていないのを確認し、今度は荷馬車の真後ろに位置を変えた。
この馬車には、何かの護符が使われている可能性があった。あの、すぐに追いかけた時、見失ったのはそれが原因だとしか考えられなかった。だが、今回はその護符の意味はない。この道は、1日以上はこのままの一本道なのだ。
襲撃した時に、最も避けなければならいのは、足止めされたうえに、エイナだけを連れ去られることだ。前方から襲撃をかければ、足止めもスムーズなのだが、エイナを連れて、元来た方向に逃げられると町までの距離が短い分、雑踏に紛れてしまえば追うのが難しくなる。また、前方に逃げる時間を与え過ぎると、やはり隣国の町に入り込まれてしまう。
となると、相手を素早く動けないようにする必要があるとミケーレは考えていた。だとしたら、荷馬車にいるであろう人間を制する方が先であると結論づけ、その際、馬車が前に進まないようにする必要があった。
「さて、フランシス……起きておくれ」
北の街道を走り抜ける一団は、町の手前に差し掛かっていた。
先頭を行くのは、バルタサールとマティアスだったが、マティアスはオリアンの町を出立して半日すると、押し黙ったままバルタサールの言葉に返事もろくにしなくなった。
「マティアス、起きろ! もうすぐだぞ」
「……寝てません」
「そうか?」
「……そうです」
久しぶりにマティアスの声を聞いたバルタサールは、マティアスが危険なくらい不機嫌になっているのを感じた。
「マ、マティアス……もうすぐだから頑張れ」
「……頑張れってなんだ」
「あっ、いや……」
「……」
バルタサールは、嫌な汗がこめかみを落ちて行くのを感じた。
「マ、マティアス……この先が、国境の町だが」
「うるさい」
バルタサールは、額の汗を拭って、聞かなかったことにした。マティアスが不機嫌になると、実に面倒くさいことになるのだ。
マティアスは、眉目秀麗で文武両道の将来有望な貴族の青年という評判だったし、それについて、バルタサールに反論はない。だが、マティアスとは幼なじみなので、他人が知らない部分もお互いに良く知っているのだ。
世間が知らないマティアスの困った所は、不機嫌になると言葉が短くなっていくと言うことだ。それに、普段は丁寧な……と言えば聞こえはいいが、慇懃無礼な返答で、かと言ってストレートな批判はしないのだが、「不機嫌ここに極めり」となると、その根源を神速に、徹底的に、情け容赦なく、周囲を巻き込んで排除しにかかるのだ。
今回は、間違いなくこの事件だ。いや、この事件のお陰で、三ヶ月も引きずり回されたあげく、最後に2日に渡る強行軍だ。
バルタサールは、そんなマティアスの不満のはげ口にされる騎士達に、騎士の守護神・エルド神に祈らずにはいられなかった。
「町に入る、速度を落とせ!」
バルタサールは、後ろに向かって声を掛けた。町に入って、馬を走らすのは御法度だ。先に、町には馬が駆け抜ける旨を通達しているので、道で民を傷つけたりすることは無いとは思ったが、やはり、少し速度を落とさないと怖くて通れない。
「ヨン、ランバルド殿からの伝令は?」
「まだです」
「距離で言うと、先行しているはずだが……」
「はい、念のためにもう一度……」
「いや、護符の残りを考えると、ここで使うのは得策ではないな」
「では、先に町に行って様子を見てきます」
「よし、行ってこい」
「はい!」
護符を解いて、並足で進むバルタサールたちを追い越して、ヨンは町に馬を走らせた。護符を使っているので、馬は全く疲れていないのだが、乗っている人間のほうは疲れ切っていた。2日にわたる強行軍のうえ、護符をつけた馬に乗ると、外の景色が異様な早さで過ぎて行くことに慣れないのだ。護符は高価なものなので、このような緊急事態がない場合、訓練で数時間使用するくらいなのだ。
一言で言うと、「怖い」のだ。未知の高速は、何よりも恐怖を感じるのだが、そんなことを言っては沽券にかかわるので、どの騎士もそのようなことは言わない。
森が少しずつ開け、町の入り口が視界に入って来る。入り口は堅牢な石組みの大門と壁が伸びており、所々が欠けたり、焼けたような痕跡が何カ所か見られた。それらは80年前の争乱の痕跡で、隣国のパルムから陸伝いの唯一の国境なので、ここでの戦は大変な被害を受けたと伝えられている。今では、町の古老でなければ、当時のことを知る者はいないのだが……。
その大門の前で、数名の兵士たちがこちらに向かって敬礼をして待っていた。バルタサールは、兵士達の前で馬を止めると、2日の殆んどを馬上で過ごしたとは思えぬほど、軽やかに降り立った。その他の人間は、ゆっくりと馬から降りた。その顔には、僅かばかりの安堵の表情が見てとれた。
「伝令の後、国境を越えた荷馬車はあったか?」
「はっ、4台ございましたが、3台は当町の商人で、小型の荷馬車で荷を積んでいないものが1台と、他の2台は鉱石と麦や野菜を乗せていました。その他には、パルムの商人だと言うものが、幌のない荷馬車に小麦を積んでおりましたので、その身元を確認いたしまして、そのまま通しました」
「そのパルムの商人はどれくらい前に通過した?」
「昨日の今頃でした」
「パルムの商人か……他に怪しい者はいなかったか?」
「それが……昨日、男が息子が攫われたという訴えがございまして……」
「子供が攫われたのか?」
「いえ、それが……良くわからないのです」
「解らないとはどう言うことだ?」
困った顔をしている兵士が言うには、町で子供を攫われたと酔って騒いでいたのは、兵士達の間で良く知られた男で、近所の人間から子供を殴っているとか、酔って騒いでいるとかの苦情が多く聞かれた人物だった。日頃から子供を殴る親であったため、子供が逃げ出したのかと思っていたが、子供を攫ったのがテグネール村の村長と名乗ったと言うのだ。
「そのような人物の名をあげるので、その男の家の近くで話を色々と聞きましたら、確かに、テグネール村の村長が、フランシスなる子を連れて行ったと言うのです。その女性が言うには、子供が顔を腫らした所に出くわしたようなのですが、件の男が父親に、仕事をして酒を断つなら、テグネール村にくればいつでも返すと言い残して去ったそうなのです」
「それでもそれは、攫ったことになるのではないか?」
「はい、ですが、事件を目撃した女性は、父親が連れて行けと言ったそうなんです」
「その男、子供をどうする気なのだ」
「何でも、自分にも同じ年頃の子供がいて、不憫に思ったようです。まぁ、その女性が言うには、その男が悪い男にはどうしても見えなかったし、国が発行している身分を明かす証明の符を持っていたので、そのまま行かせることにしたと言うので」
「信じられんな、身も知らずの男に……」
「今、テグネールに使いを出して確認をしている所なのですが、実は、男はテグネールとは逆の隣国への道へと進んだみたいなのです。ですので、そちらにも兵を向かわせております」
「ほれ見ろ、やはり人買いではないか」
聞いてはみたものの、あまり関係するような事件ではなかったバルタサールは、そう言うと話しを切り上げてしまった。が、今の今まで沈黙を守っていたマティアスが言葉を発した。
「その男、どうしてこの町に来ているのか知っているか?」
「はい、何人かがその男と言葉を交わしておりまして、しきりに荷馬車のことを聞いて回っていたそうです」
「荷馬車?」
「何でも、大切なものを盗んだ者たちが乗っている荷馬車らしいです」
マティアスとバルタサールが目を会わせた。
「その男、何と名乗っていたか?」
「たしか……ミケーレ……そう、ミケーレ……」
マティアスは、少しがっかりした。「アレクシス」の名前が出て来ることを期待したのだが、兵士の口から出た名前は違っていたのだ。ここに来る途中で、何度も反芻した事件の流れで、目撃された「アレクシス」と名乗る男が追っている荷馬車と、何故だか自分たちが探している荷馬車と同一のものだと言う予感がしてならなかったのだ。
マティアスは、王の為の文官で、それも司法の文官だ。色々な事件に出逢ったり、過去の文献から様々な事件を調べたりしている。特に大きな事件を調べていると、不思議なことに気がついた。事件が大きければ大きい程、その周囲でいろいろなことが起こるものだと言うことを。そして、それが後になると繋がっていることに気がつくと言う代物だ。
そして、その思いをより一層強くしたのは、兵士がもう一度その男の名前を出したからだ。
「ノルドランデルと……」




