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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第4章 テグネール村 3
64/179

フェルト工房の計画

 村長さんが家に来たのは、それから間もなくだ。レギンとアーベルも呼んで、村長さんにはお昼ご飯を提供した。

 村長さんは、助けられた男がエッバお婆さんの所で目覚めるを待っていたらしいが、男は全く起きる様子はない。エッバお婆さんの所は、エッバさんとニルスという家族構成だ。全く知らない男をあのままにできないので、村の男が1人泊まり込むことになったらしい。


「まぁ、とにかく、本人が目覚めてからだね」

「その人、何か持ち物ありました?」

「いや、剣とナイフ、それに小銭がいくつかあっただけだ。着ているものも、特に何か手がかりがあるものでもなかったよ」

「村長さん、靴は?」

「靴?」

「ニルスが、履いていた靴が凄くいいものだったって」

「う〜ん、良く覚えてないなぁ〜」

「靴がどうしたの、エルナ」

「う〜ん、私もニルスから聞いた時は、良く考えてなかったんだけど、靴って旅をする人には大切なものでしょ? 旅する人は靴はいいものを使うのは普通だけど、それが『立派』って……」

「わかったよ、後でもう一回エッバさんの所に寄って見てみるよ。しかし、この不思議な料理は何だい? とても面白い食感で美味しいよ」

「これは、パンの生地みたいなのを平たく伸ばして、小さく切ってチーズを入れて茹でました」

「パンの生地かい?」

「まぁ、分量がちょっと違うんですけど、パンのかわりになりますよ」

「すごいね〜! エルナちゃんの料理の中から村の名物を作ったら、旅人も寄ってくれるかなぁ」


 料理から顔を上げて、何故か遠くを見る村長。

 ええ? どうした、何を黄昏れている?


「旅人が立ち寄ってくれたら、どうなるの?」

「ええ〜っと……村の収入が増える?」

「何で疑問系なんですか?」

「ええ〜っと、手っ取り早く言うと、人の出入りがもっと盛んになれば、他の町に物を売ったり、買ったりするのに、馬車を出すお金が掛からなくなる……と、村の設備にお金が掛けられるかな……って」


 設備投資をしたいが、元手が無いと言うことか……。それに、流通の費用がかさんでいるんですね。


「料理で人を呼ぶには、ちょっと弱いんじゃないですか?」

「まぁ、せいぜい、ここに立ち寄る予定がない旅人を呼び込むくらいだよね」

「宿屋にそのキャパ……受け入れられる能力があるんですか?」

「それは、大丈夫だと思うんだ。そもそもここらへんを通る旅人なんて、そんなに多くないしね」


 そんな微々たる人を宿に引き込んでも、焼け石に水だと思うんだけど……。


「叔父さん、村の設備ってどうかしたの?」

「アーベルも知っているだろ? 西側の水路の側面が、削れてしまっているんだよね」

「ああ、あれは雪が降る前にどうにかしないといけないですね」

「春になったら、大量の雪解け水が流れるだろうし、その先のため池に、土砂が流れ込むと水を抜いて、取り除かなければならないからなぁ」


 なるほど、水路の修繕費か。そりゃぁ、外壁が崩れたら、春に水量が増えれば益々崩れていくだろうし……。


「どうやって、治すの?」

「崩れる前の所に杙を打って、袋につめた土をつんで、壁を作るんだ。その後に、砂利や土を交互に入れて固める」

「労働力はどうやって確保しているの?」

「休日を利用して、村の人達でやってるよ。まぁ、毎年のことなんだけどね……」

「ええ〜、毎年同じことやってるの?」


 私の発言に、アーベルと村長は顔を見合わせた。


「エルナは西の川を見たことあったっけ?」

「水車小屋に行ったよ」

「ああ、そうだったね……あの水路は支流でね、もともと山からの川は幅広くて、流れが早いのを、平地で水路としているから、カーブをしている所とか、支流の別れている角とかが、どうしても削られてしまうんだ。でも、今から水路を変更するのは大変なんだよ」


 なるほど、川の流れが当たる岸がもろくなっていると言うことか……。でも、そんなの材料があれば、毎年治す必要なんてない。でも、その材料費が高いのかなぁ〜。

 水路の補強をいろいろと思案していると、家の外で声が聞こえた。村の人なら、空いたドアから顔を出すのだが、その人物はもっと遠い場所から声を発している。

 アーベルは家の外に顔を出して、そのままどこかへと行ってしまう。


「誰か、来る予定でもあったの?」

「予定……ああ、オリアンの町長さんの所の人が、マットレスを取りに来たんだ!」

「町長さん?!」

「の使いの方です」

「あっ……そうなのか。でも、オリアンの町長って、商人ギルド長でしょ? マットレスって何?」

「ベッドに敷くものですよ、町に行った時に、2つ買ってくれたんです」

「へぇ〜、ギルド長が直々に買うってことは、売れるものだって判断したんだね」

「と言うか、町長さんが困って購入したと言うか……」

「困って?」


 私は、オリアンで中央の役人や騎士様がやって来ていることと、その為に、町長が固い椅子で寝なければならなくなったことを話した。


「エルナ〜、マットレスを取りに来たよ」

「は〜い、レギン手伝ってくれる?」

「ああ」


 マットレスは乾いているのを確認して、お風呂場の横にある部屋に入れてある。それをレギンに運び出してもらい、外で待っていた男の人に渡した。渡された方は、よろけながら受け取ったので、アーベルが手を貸していた。

 私というと、することがないです。下手に手をかすと、レギンに蹴り飛ばされそうです。申し訳ないが、仕方なくレギンについて、もう1つのマットレスを馬車まで運んでいるのを眺めているばかり。


「マットレス2つです」

「はい、確かにお預かりいたしました。それと、ギルド長からの追加注文で、このマットレスの種類をすべて1つずつと、ザブトンと言うものを30個をお願いしたいと言うことです」

「ええ〜、そんなに?」


 アーベルと、はもってしまった。確か座布団には、町長さんはあまり関心を示してなかったと思うのだが、急に30個もの注文をするとは!


「こちらが、マットレスの残りの代金と、そして、とりあえず、今注文した料金の手付け金を銀貨50枚をお持ちしました」

「ええ〜っと……カバー付きでいいのかな?」

「カバーですか?」

「はい、端切れを繋いだ布で覆われています」

「ああ、ルーヌが使っているものですね」

「ルーヌさん?」

「レグネット亭の息子で、ギルドの見習いをしている……ご存知ありませんか?」

「ああ、息子さんは面識がないですけど、女将さんに座布団をお売りしました」


 私の代わりにアーベルが答えてくれた。ああ、そうか、女将さんの息子さんが使っているんだっけ……。


「で、いつ取りに伺えばよろしいですか?」

「ええ〜っと……14日後にお願いします」

「わかりました、それと、バルタサール様とマティアス様、そして、ヘヌリさんの所の娘さんです」

「ええ〜っと……確か、パンを習いに来たんですよね」


 お使いの人は、馬車に横に立っていた3人を紹介してくれた。てっきり、お手伝いの人かと思っていたよ。と言うか、パンを習いに来るって忘れていたよ。


「じゃぁ、南の家へ案内するよ。ヘヌリさん所の娘さんは、北の家に泊まってもらおう」


 そう、お貴族様の所からやってきたのは、男性なのだ。今の所、バルロブさんに南の家で寝起きをしてもらっているので、ついでのその人たちにもそこで寝起きをしてもらおうと、アーベルはさっさと案内して行った。残されたのは、私とオリアンのパン屋さんの娘さんだ。


「ロリと申します、よろしくお願いいたします」


 そう言うと、ニコリと笑った。まだ幼い感じだが、背丈はアーベルと同じくらいだ。茶色の髪を後ろで束ねて、着ているものは素っ気ない……私よりも素っ気ない。


「エルナです、よろしくお願いします」


 レギンがロリさんの荷物を持ち、マットレスが置いてあった部屋に案内した。本当は二階の客室に案内したのに、あまりの豪華さで辞退されてしまった。

 第一印象で言えば、男の子っぽい子である。


「エルナさん、よろしくお願いします」

「少し休んでいてね、後で酵母菌を使ったパンの作り方をお教えします」

「はい」


 聞けば、オリアンの町を出たのは、夜明け前だったと言うではないか。ずーっと馬車に揺られていたのだとしたら、かなり疲れているよなぁ〜。


 私とレギンは村長の所に戻ると、アーベルも戻ってきていた。


「こ、これは何なんだい?」

「お金ですけど……」

「なっ、なんで?」

「何でって、マットレスを買ってもらって、あと、パンの作り方を教えるのに……」

「おお……やっぱり……」

「やっぱり?」

「あの人は、新商品にはめざといからね、エルナの商品を評価してくれるのはあの人が一番適任かなって」

「だから、叔父さんはマットレスを持って行けって言ったの?」

「うん、まぁね……」


 まさか、村長にそんなこと言われていたとは……。確かに、アーベルがそんなことを言っていたような記憶があった。

 村長さんに凄く聞きたかったことがあったので、この際、聞いてしまおうとお金の勘定はアーベルに任せてしまった。


「そう言えば、この村の納税システムってどうなっているの?」

「ん? システムって何?」

「ええ〜っと、税金の計算はどうなっていて、いつ支払えばいいのかってことです」

「ああ、税金は年に1回で来月だ。そして、収入の4割を集めて、3割を領主様に納めるんだよ」

「領主様は、川の水路を治してくれないの?」

「それは、村ですることになっているよ」

「高い! 狡い! 酷い!」

「ええ〜」


 なんと、税金の3割が領主様の懐に入っていると言うのだ。そのくせ水路の整備などの施設費は自分たちで出せと言う。


「だって、3割も払って何もしてくれないんじゃない」

「そっ、そんなことないって。もし、何かあった場合は、兵士を派遣してこの村を守ってくれるし、街道に盗賊や山賊が出た場合も討伐してくれるよ」


 でた! もし何時なんどきって……私の世界でもそんなことで疑心暗鬼になって、兵力に莫大な予算をつけてる国。


「村長さん……この村が出来てから、その兵士とかはやって来たのは何回あるんですか?」

「えっ……」

「第一、もし何時なんどきは、近くに兵士が常駐していてやっと意味があるんですよ。一番近い町ってオリアンでしょ? そこから兵士たちが来るのはどれくらい時間がかかるんですか?」

「まぁ……1日以上はかかるよね」

「それも、休み無く来ての話しですよね?」


 私がそう言うと、何やら言いたそうな顔して、村長はレギンの顔を見る。


「それは……本当にそうだと思う。あの時、もっと人手があれば、《禁忌の森》も捜索できただろうし……」

「あの時?」

「俺の兄さんが、魔獣に襲われた時だよ」

「ええ〜っと……捜索って……」

「兄さんとエイナの亡がらは見つからなかったんだ」

「えっ? じゃぁ、生きているの?」

「う〜ん……辺りには沢山血があってね、そんな出血をしているのだから、助からないんじゃないかと思うけど」

「そっか……じゃあ、魔獣に連れていかれたの?」

「たぶんそうじゃないかって……でも、もし捜索していたら、亡がらは見つかって、魔獣になんかみすみす喰わせるなんてこと無かったと思うんだ」

「……ほら、やっぱり領主に税金を納め損しているじゃない」

「ええ〜っと……みんなどこの町や村もそんな感じなんじゃないかな」


 まったく、『税金泥棒』と言う言葉は無くなりそうにない。


「みんな、収穫したもので1年の税収が決まるんだよね。ああ、あと、作った家具とか鍋とかで……」

「そうだね」

「じゃぁ、たとえば、人手が必要だから、1日銀貨1枚でお手伝いしてもらった場合は、どうするの?」

「それは、個々のやり取りだから、別段税金はかからないよ」

「1日金貨1枚でも?」

「年間で大銀貨50枚以上の収入には、やっぱり4割納めないといけないんだ」

「じゃあ、ヒツジを飼っていて、麦畑を持っていて、人のお手伝いもしていて、道具を作って売っている人が、それぞれの収入が大銀貨50枚を越えなければ、何も納めなくていいの?」

「そ、そう言うことになるね」

「その人は、ギルドみたいなものに入らなければいけないの?」

「そうだね、商人ギルドと手工業ギルドだね」

「うーん……でも、ギルドでは収入の把握はちゃんと出来ないでしょ? たとえば、ヒツジの毛をオリアンに卸しにいかないで、村人に売ったりとか」

「ああ、それも個々の取引とみなされる。まさか、そんな沢山のヒツジの毛が個人で必要があるとは思えないし」


 実に雑で不公平。でも、抜け道はあるってことだよね……。


「村長さん、この村で生活に困っている家ってどれくらいありますか?」

「生活に困る?」

「たとえば、働き手がいない家とか、ニルスの家のように患者さんが居なくなると収入が無くなるような人たちです。ああ、あと、子供が多いとか」

「どうして?」

「その人たちに仕事をお願いしようかと思って……1年で大銀貨5枚以下で」

「え?」


 私はレギンとアーベル、そして村長さんに計画を話した。

 今回のパンを作る技術を売って得たお金で、フェルトの工房を作ること、そして、フェルトの製品と、ゴミ屑羊毛の洗浄と、カバーの作成の工房を分けて運営すると言うこと。そうすれば、女性一人でも、最低、年間に大銀貨15枚の収入になる。それと、学校が無い時など、子供でもお金を稼げる仕事だ。


「ああ、それいいね。結構助かるよ」

「これでは、村にお金が入らないんですけど」

「いやいや、食べるのに困らないのはありがたい」

「その代わり、工房を作る名目で、川の修復もやります」

「えっ?」

「川の水を使うので、川が崩れたら困るので工房でお金を出します」

「そ、そんなこといいのに!」


 村長さんは申し訳なさそうな顔をしている。でも、今回の収入は、土地を買って家を作っても余ると言う大金だ。寝かしておいても、銀行が無いから増えません。ただ、設備の修理とかで入り用になることはあるのだから、蓄えはしておく。


「早速、オリアンの町長さんから大量の注文が入っているので、人手に心当たりがあれば、教えてください。今は女性がいいです」

「わかった……声をかけてみよう……いつから?」

「明日の昼過ぎにこちらに来てもらいたいです」

「何人でも?」

「100人と言われるとこまりますが、20人でもいいですよ」

「そんなに!」

「今は学校が無いので、ダニエルくらいの歳の子でもいいです」

「わ、解った」

「それと、その人たちのギルド登録の書類もお願いします」

「うん、そうだね」

「それと」

「ま、待った待った! エルナ、そんなに一度に言ったら、叔父さん、目を回すよ」


 アーベルに止められて、はっとした。そうだよ、1人にこんなに仕事を与えたら、混乱するわ。


「ごめんなさい、村長さん」

「い、いや……じゃぁ、僕は声をかけて、書類を作成しておくよ。それと、後はなにかな?」

「この村に石製工房が無いって、アーベルが言っていましたけど、石の注文はオリアンにすればいいんですか?」

「そうだね、オリアンにはこの村で家を作る時に来てもらっている工房があるけど」

「20センチの石って1つ幾らですか?」

「真四角? どれだけ奇麗に真四角にするかによるけど……1個大銅貨5枚くらいかな」

「100個くらい注文してください。あと、小石と砂利を20袋くらい注文をお願いします」

「そ、そんなに何に使うんだい?」

「えっ? 川を修繕するんですよ」

「石?」

「ああ、土嚢を使って〜なんてやっていても、あまり長持ちはしないので、いつも修繕する場所は石の壁を作って、もう壊れないようにします」

「そんなことが、できるのかい?」

「はい、大丈夫なので……工事の人手も工房に頼めますか?」

「村の人手を使ってもいいけど……」

「いいえ、専門家や石に慣れた人の方が、お金はかかるかもしれませんが、工事期間が短くて済みます」

「そ、そうだね。じゃぁ、どれくらいになるのか聞いてみるよ」

「お願いします」


 村長さんは、夕飯に家族でご招待をさせていただきました。なにせ、大変面倒なことをお願いしてしまったので、せめてもの罪滅ぼしです。


「エルナ、凄いこと考えているね」

「レギンとアーベルは、迷子の私に良くしてくれたし、村の人はいい人達ばかりだし、少しでも皆が楽しく暮らせたらいいと思うんだよね」

「そうだな」


 レギンはぽつりと言う。


「私は、この村にフェルト工房を作って、温泉施設を作って、この村で収穫したものは、この村で使って、外から来る人からがんがんお金を貰うつもり」

「うわ〜、何だかエルナがやたらとやる気だぁ〜」

「アーベル、会計の方がお願いしてもいい?」

「まぁ、いいけど……本当は、ブロルの方が早いし上手いんだけどなぁ」

「……やっぱりか……」


 そうだとは思ったが……まて、と、言うことはオーサも得意なのでは?

 私の脳裏には、あの豹変したオーサが蘇っていた。

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