困ったちゃん
すみません、1日抜けてしまいました。
佳境になってきましたので、ちょっと練り治りをしたいので、次のアップは15日になります。
午前中の『火山噴火か?』騒ぎと、『遭難していた謎の男』へと続き、町長のお使いの登場で、『フェルト工房創業』になり、これから見た目が私より熟練で、私より年上な方々にパン作りを教えなければならない。
なんだか、時間が全然進まずに、色々なことをしているような気がする。そして、何故かいつも同時に2つのことをする羽目になっている。
前に言ったかもしれないが、私は1つのことをするのが嫌いだった。いつも、何かをしながら、何かをしているのが常だった。が、何故だろうか、ここの2つのことは、誰か第三者が絡んでいてやりにくい。
「エルナ様、私も参加してよろしいでしょうか?」
「もちろん、バルロブさんはこの為に来たんだから」
「いいえ、私はできるだけ、献立を増やして美味しいものを作りたいのです」
「あのお貴族様に一矢報いるために……でしたっけ?」
「……いえ、そうではありません……」
「えっ?」
「ささ、みなさんお待ちになっております」
バルロブさんに、背中を押されて歩きだす。何か言いたそうだったバルロブさんは、その心のうちを語ることなく、話しを逸らしてしまった。
「思う所あり」か……。バルロブさんが話さないことを、私が無理に聞き出すのはどうかと思う。彼はプロであり、料理人としての矜持がある。とりあえず、様子が目に見えて可笑しくなるようなら問いつめよう!
私とバルロブさんで、みんなのもとへ行くと、3人は清潔な服に着替えて待っていた。
1人は、自己紹介を済ませているオリアンの町のパン屋さんの娘さんでロリさん。そして、もう1人はバルタサール様の所の料理人見習いで、エーミルさんと言って、歳の頃は18歳くらいだろうか、栗色の毛が落ち着き無くふよふよと揺れている。何なの、その柔らかそうな髪は?! 私は石けんのおかげでぱさぱさなのに!
もう1人は、マティアス様の所の料理人で見習いではなかった。黒髪を短く切り、大柄のせいか料理人には決してみられないだろうと思われる。歳はもう20歳を過ぎていることだろう。料理人として、お貴族サマに仕えているのだ、心中を察するに、その態度と顔つきは理解できる。このラーシュとか言う青年は、最初に見たときからかなりふて腐れた顔をしていた。
良くわかるパターンだよね、お貴族サマの料理人として、こんな小娘通り越して幼女に、幾度も焼いたパンなんかを教わらなくてはならないのだ。
私は無意識に溜め息をついてしまった。こーゆー態度は別にいいんだけどさ、ちゃんと覚えようとしなくなるから問題だ。もし、このラーシュとか言う青年が、パンを焼くのを覚えないで帰っていったら、マティアス様は誰を罰するのだろうか?
面倒くさいことになりそうだ。これは、金貨を返して、送り返すか? それとも覚えないのなら、覚えないまま送り出すか? しかし、パン作りを覚えないこの青年は、マティアス様の前で、何故覚えなかったのかについて、自分の弁明しかしないだろう。再び溜め息だ。
「エルナ様、コウボキンの作り方は、私にお任せいただけないでしょうか」
「えっ?」
「よろしいでしょうか」
「は、はい……」
何をしようとしているのか、バルロブさんは。でも、私には手に負えそうにないし、ここの身分制度が全然理解できないので、貴族の料理人をどうあつかっていいのか解らないのも確か。
「では、こちらをご覧下さい。今回お教えいたしますパンは、コウボキンと言われるものを使用したパンです」
バルロブさんは、昨夜、オリアンから帰った時に作ったものと、今朝、バルロブさんと作った酵母菌の入った壷だ。
「こちらと、こちらを見ていただければお分かりかと思いますが、こちらの方が増えているように思いませんか?」
バルロブさんが壷の中を、3人に見えるように傾ける。ロリさんとエーミルさんは、真剣に酵母菌を見ているが、ラーシュさんはちょっと覗いただけだ。
「コウボキンは、このように膨らんでいきます。コウボキンをパン作りに使えるようになるには、丸一日程かかりますので、翌日作る分をパンを焼く前に作っておきますと、いいかと思います」
バルロブさんは、じつに良く理解していてくれるようで、全ての行程を完璧に説明してみせた。3人に、実際に壷の煮沸消毒から、小麦の殻をどのようにビンに入れるのか、その後の管理なども語って聞かせた。餅は餅屋とは言うしね。
でも、ダメだったよ。バルロブさんは、ラーシュより年上で、料理人としてはかなり先輩に当たるはずなのだ。それでも、その態度は変わらなかった。困った。
しかし、覚えて帰らないと、マティアス様に怒られるって思わないのかな? それとも、やっぱり私が怒られるのか?
「それでは、みなさんにこの壷を進呈いたしますので、コウボキンを作ってみましょう。まずは、後ろに掛かっている鍋には湯が沸いていますので、それに浸けてください」
酵母菌を実際に作っているときも、道具を扱うのも乱暴だし、話しをちゃんと聞いていないから、間違えるたびに、バルロブさんに指摘をされる。こういう感情の人間には、指摘や注意をすると、更に逆ギレしたりするので厄介なんだよなぁ〜。案の定、捨て台詞を吐いて人のせいにしたりして……。3人の中で一番年上のラーシェさんに、他の2人は苦笑いだ。そして、その様に気がついて、2人に当たり散らすのだ。
当然、困ったちゃんの存在に、溜め息、呆れ、そしてキレそうになる私だったが、とりあえずはバルロブさんに任せているので、口は出すまいと何度も溜飲を下げた。が、真面目にやっている人に威嚇するとはどう言うこと? やるもやらないも自分の責任だ。
椅子に座って見ていた私だが、バンっと机を叩いて椅子の上に立ち上がる。悲しいかな幼女体系には、迫力も何もない。
「お止めなさい、何故2人に文句を言うのです。そもそも、貴方が笑われたのは誰のせいですか」
私が文句を言う隙を与えずに、バルロブさんの叱責が飛んだ。今まで何をしていても、穏やかに話しを進めていたのに、急に怒り出したのに驚いたのは、当のラーシュより私かもしれない。
「自分が覚えるか覚えないかは、貴方の自由です。それによって、マティアス様に叱責されようが、私にはどうでも良いのです。しかし、真面目に学ぼうとする者の邪魔をするのは許しません」
なるほど……。他の人を邪魔したので、怒ったのですね。
そう、バルロブさんが初めて怒った……怒ったと言うよりは、嗜めた程度のものであったが、ラーシェさんは顔を真っ赤にしていた。恥ずかしくて、顔を真っ赤にしているのなら、まだましだったのだろうが、明らかにそうではなかった。
今、作っていた酵母菌の壷を倒しながら、外へ出て行っていまったのだ。
「さて、それでは、酵母菌の作りを続けましょうか」
全く顔色を変えずに、バルロブさんは微笑んで先を続けた。え〜っと、マティアス様からの叱責は、私が全てひっかぶるのでしょうか。それとも、後を追ってフォローをしろと言うのだろうか?
「これは、作り終わりましたら、やや温かい所で保管してください。冬は暖炉や炉の近くで、夏は涼しい場所に置くことです。その季節に、いくつかのコウボキンを作って、どこの置いたら一番良いか調べてもいいですね」
私がどうしようかと迷っているのに、バルロブさんは涼しい顔で説明を続けている。「どうしよう」なんて迷っているのは、あの手の人間は本当に苦手だからだ。放っておくとさらに拗ね、正論を言っても逆ギレして聞く耳をもたない。こんなんどうしたらいいの? と言うことで、私は放っておくことにしている。ちょっと頭を冷やした方がいい。
バルロブさんに、何か考えがあると思っておこう。
ロリさんとエーミルさんは、パンを焼くところまで恙無く終了した。自分たちが作ったパンが、ものすごく柔らかいのに驚きつつも、自分の手で作りだせたことを喜んでいた。後は、今日作った酵母菌が、上手くいけば大丈夫だ。
「あの〜、酵母菌が余っているなら、もう一度作ってみたいんですが……」
「私もお願いします」
勉強熱心な2人は、もう一度やりたいと言い出した。勿論、今晩は彼ら3人と、村長の家族の大人数の夕飯なので、それは大変ありがたい。喜んで作ってもらおうとしたのだが、バルロブさんはそれに反対した。
「エルナ様、少々お待ちください」
「?」
「エーミルさん、貴方はバルタサール様の所で、将来は料理人になるつもりですか?」
「はい、私の父がノルドランデル公爵のお屋敷で料理長をしております。将来は、バルタサール様の料理長になるのが夢です」
「そうですか! では、ロリさんは将来は父君のパン屋を継ぐおつもりですか?」
「いいえ、父の店は兄が継ぐ予定ですので、私はどこかで店をもてたらいいなって思ってます」
「それは素晴らしい夢ですね。では、ロリさんにパン焼きをお任せして、私とエーミルさんは、エルナ様に料理を学びましょう」
なっ、なんと!
「料理ですか?」
「はい、これから学ぶ料理をバルタサール様にお出しすれば、きっとお喜びになりますよ」
「……解りました、お願いいたします」
不思議な顔をしていたエーミルさんだったが、根が素直なのか、私に対して頭を下げた。おっと、忘れていたが、もうそろそろ夕飯の支度をしなければ間に合わないではないか。ついでに、カプロンのプリンを作らなければならないのだ。
アッフたちは、アーベルに手伝わされて、他の家にゴミ屑の羊毛を購入しに行って、今は外でそのゴミ屑を梳いたり、洗ったりしているのだ。そうそう、ゴミ羊毛は、思いのほか大量に入手できた。
そんなアッフたちに、お約束のプリンが無いとなれば、村を破壊しそうに暴れるだろう。
「じゃぁ、ロリさんに今晩のパンの用意をお願いして、私たちは下ごしらえをしましょう」
「今日の献立は何ですか? ムニエルは解りますが……」
「ブイヤベースとムニエル、そしてカプロンのサラダとカプロンのプリンです」
「あの〜、ぶいやべーすとはどのような料理でしょうか?」
「魚、貝、蟹などの魚介類のスープです」
「魚介類だけでスープですか?」
「そうですよ、魚介類は料理に使いませんか?」
「そのようなことは御座いません、クレフタは塩ゆでにして食べますし、ザビーのムニエルなどもします」
「スープにはしませんか?」
「ロブスターやアルメハなどを入れたりはいたしますが……」
バルロブさんの横で、エーミルさんが頷いている。そうか、やっぱり肉なんだなぁ〜、肉、肉、肉。あ〜ぁ、刺身なんて夢のたま夢なのだろうなぁ〜。
「では、今日捕れた魚を捌いてしまいましょう」
「はい」
ブイヤベースの食材を準備している間、カプロンを斧で叩き割って……抽象的な表現ではありません。カプロンは恐ろしく固いので、小型の手斧でかち割りました。
ブイヤベースは、2人にとっては未知の料理だったらしく、トマトベースで仕上げたのだが、トマトの甘さに驚きの声を上げた。特に、エーミルのカルチャーショックは凄まじく、途中で椅子に座り込んで、持って来ていたメモ帳にいろいろと書きなぐっていた。
この世界の料理は、出汁を上手く使っていないし、素材の味を生かせてないのが料理が不味い原因だと思う。味覚自体は、ちゃんと「おいしい」と反応するのに、実に不思議な話しだ。
この頃には、私はラーシュさんのことをすっかり忘れていたのだった。




