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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第4章 テグネール村 3
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《禁忌の森》の探査

 村の共有林を抜けて、私たちは壁に近づく。私はレギンに抱きかかえられたままで、川を渡るときにも、その川の温かさを体験することはできなかった。

 じゃぶじゃぶと、皆は遠慮なく入っていく。

 川の深さはくるぶし程度なのだが、場所によっては、深いところもあるようだ。そう言えば、前にここに来たときにも、川の蟹や貝を見せてくれるために、ニルスも靴のままじゃぶじゃぶと入っていったっけ。

 この世界の靴は、2種類ある。皮で作られ、紐で結ぶような物で、外見はスニーカーのようだが、全然柔らかい。柔らかいにも程があるのだ。何せ、ただの皮で裏打ちや底に別の素材を使うなどはされていない。せいぜい、底が何重にもなっているだけだ。で、もう1つは木靴である。これは、丈夫だが、足に優しく無い。どちらも帯に短したすきに長しだ。

 この靴は、人の好みによって履き分けられているようで、アッフたちは革靴が好きなようだし、この村の女性の殆んどは木靴だ。レギンもアーベルも革靴で、私は木靴を履かされている。


「どこから入る?」

「この先にの壁に、曲がり木がある。あの場所から入る」

「わかった」


 おお、ニルスが喋っていると思ってニルスを見ると、何と凛々しい顔でしょう。そんな顔をさせる程この森は危険なのか? ダニエルは相変わらずだが、ブロルとヨエルは少し緊張をしているようだった。

 急に、レギンが私を地面に降ろした。これから、どうやって2mもある壁を越えるのかと思っている間に、レギンは壁に手をかけると、壁に足を添えてその勢いで体を持ち上げた。思いのほか身軽に、やすやすと壁の上に腰かけた。


「エルナ、ここに足かけて」

「ん?」


 ニルスは私を、壁の近くに生える木に誘導して、ちょうど足がかかるように幹が曲がっている場所を指差した。壁に手を添えて、木の上に足をかけると、ニルスが押し上げてくれる。


「エルナ、手を……」


 レギンに言われるままに、手をレギンへと伸ばすと、レギンが引き上げてくれた、ニルスは靴の裏を肩にかけると押し上げる。めでたく、私は壁の上に腰掛けることができたが、「人様の肩に土足で……」と、ぎょっとした。


「ニルス、肩大丈夫?」


 私が慌てて壁の上から声をかけると、下から見上げるニルスの片方の口角が、ニッと上がった。おいおい、何か格好いいぞ!! ダニエルと同じ笑い方なのに、なんでニルスがすると格好良くなるのだろうか? ヨエルがやると、無理してるっぽくてほんわかするし、ブロルがやると何かよからぬことを考えてそうで、思わず警戒をしてしまう。

 ニルスはするすると木を登り、塀の上に飛び移る。その様は、本当にあっという間に終わった。


「お前たちは、ここで待機していろ」

「わかった」


 レギンがダニエル、ブロル、ヨエルにそう言うと、3人とも頷いた。ヨエルは、少し心配そうに私を見る。


「大丈夫だよ、すぐに戻って来るから、3人ともここで魚とか捕っていてね」


 私が笑ってそう言うと、ダニエルは「おう」と言った。


「ニルスって凄いね!」

「?」

「あっと言う間に木に登っちゃうのね」


 急にもじもじして、困った様子だ。ニルスはレギンに似ているような気がしていたが、やっぱりちょっと違うかな。黒い髪の同胞よ、頼りにしているぞ!


「エルナ、降ろすぞ」


 レギンが私を抱き下ろしてくれた。おお、久しぶりの《禁忌の森》は、相変わらず薄暗いです。下は落ち葉が多くてふかふかを通り越して、足下が実に心もとないです。

 レギンは少し前を歩きながら、周囲を確認している。ニルスは、私の手を引いて、やはり周囲を警戒する。これは、子供がする警戒レベルではないのを感じていた。命の危険がある地域で生まれ育った子供のする目だ。

 この村は、村人が穏やかで明るいのでつい忘れてしまうが、私が生きてた世界とは違う。ちょっとしたことで、人は死んでしまう。魔獣という正体の解らないものに、命を奪われることもあると言う。戦争がある、衛生状態がよろしくない場所では、流行病も凄いスピードで広がっていくのだろう。この世界は、思った以上に簡単に人が亡くなってしまうのだ。


「エルナ、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」


 ぼーっと考えごとをしていると、ニルスが心配そうに聞いて来た。それが聞こえたのか、レギンも振り返る。


「ここって、本当に歩きにくいね」

「でも、木の根にはきをつけて」

「うん」


 辺りは薄暗く、足下は柔らかすぎる。そのくせ、時々見えない木の根にぶつかっては、転びそうになったり、思いっきり蹴ってしまって足がイタイです。《禁忌の森》には魔獣がいると言うが、私には獣の気配は感じられない。が、私みたいに都会で生まれ育って、平和ボケしているのだから、魔獣がいたとしても気がつくとは思えないけどね。

 突然、周囲に異臭が漂いはじめた。こっ、これは硫黄の匂いではないですか! それに良くみたら、レギンの進む先に湯気が見え始めた。


「……」

「どうした、エルナ」


 突然、立ち止まった私に、ニルスは慌てた。いや、立ち止まっただけなのに、ニルスはぴりぴりと神経を尖らせる。


「この匂いは……」

「先にその匂いがするお湯がある」

「やっぱり!」


 走り出した私の腕をニルスが引っぱり、レギンが私の襟首をつまみ上げる。あまりの扱いだが、この場所をもの凄く危険視している2人だ、当然の扱いです。ごめんなさい。


「ごめんなさい、走ったらダメだよね」

「そうだ」


 でもさぁ、この硫黄が周囲に漂っていて、湯けむりが見えているんだよ。もう、温泉で決定だよ。《禁忌の森》で暢気に温泉につかるわけにはいかないけど、これを村まで引いて、温泉場を作れたらいいなぁ〜、熱いお風呂に浸かりたいなぁ〜。


「エルナ、あまり近づくなよ」


 目の前が開けた場所があった。煙でどれだけの広さか解らないが、硫黄のガスのせいか、周囲の木々が枯れ始めている。そうか、硫化水素も発生している可能性がある!

 そう思い至った時、私はレギンのシャツを引っ張った。


「どうした?」

「レギンは、ここにどれくらい来たことがあるの?」

「10回以上は来ている」

「村の人で、ここを知っている人はいるの?」

「ほとんどの村人は知っているし、来たことくらいはあると思う」

「その人たちの中で、ここに来て気分が悪くなった人とかいる?」

「……いや、聞いたことはないな……ニルスは?」

「聞いたことはない」

「もし、気分が悪くなったりしたら、すぐにここから離れてね。それも風上に」

「……わかった」


 2人に約束させて、改めて近づく。

 《禁忌の森》の温泉は ーもう、温泉に決定でいいよねー、広い。でも、それは本来の大きさではないらしい。レギンが見た時は3メールの穴のようなものだったらしい。でも、今では洪水のように辺りが水浸しだった。これは、あきらかに、何らかの理由によって、お湯が溢れてしまったのではないかと思う。理由としては、この温泉の水源が増えたのだが、雪解け水とか豪雨で、山の上からの水が増えたと言うのが一般的ではないか?


「ここの水が溢れて、川に合流しているから水が温かくなっているのか……」

「そうみたい……でも、急に?」

「……オヤジの話しだと、少しずつだけど、大きくなっているって話しだ」

「この温泉、レギンの生まれる前からあるの?」

「いや、俺がこの森に入るようになったのは10年前くらいか……というととは、12年くらい前だろうか……」


 ちょいちょい、ちょっと待ってよ! 危険だ危険だと言っている舌の根も乾かぬうちに、6歳の子供を《禁忌の森》に入れていいのか? ……いや、それともレギンの強さは規格外だと?


「ああ〜っと、そんなことは後でいいとして、この水が増えたのはどう言うこと?」

「……少しずつ増えているのは知っていたが、これは急すぎるな」

「一番最悪なのは、山の上の方で火山活動が起きていて、本来溶けないはずの雪が溶けていると言うこと?」

「そうだとすると、どうなる?」

「火山が噴火して、この村は危ないかもしれない」

「噴火……」


 黙り込むレギンとニルス。


「村にある水路は、山からの水なの?」

「そうだ」

「村の水の水源は、みんな一緒なの?」

「……すべての水は、山からの恵みだ」

「ええ〜っと、ダニエルが魚を捕っていた川の水が、村中の水路に流れているの?」

「村の西側に、山から大きな川が流れていて、東西に別れている。その東側の支流が、あの橋の下を流れている」

「とりあえず、山からの水が温かくなっていないか、水の量が増えないかを確認するために、西の川を調べてみよう」

「西の川に異変がなければ、この温かい水が流れ込んで温かくなっていると言うことか……」


 理解の早いレギンは、「戻る」と言うと、私とニルスの背中を押した。何だか、慌てている雰囲気なので、すごく気になる。もしかして、何かが近づいてきているのか? レギンには何か私には感じられないことを感じているのかもしれない。


「ええ〜っと、魔獣が来ている?」

「えっ?」


 私の言葉に、レギンが体を強ばらせる。


「だって、急いでいるから……」

「ああ……」


 レギンは、ゆっくりと息を吐いた。すみませんね、変な緊張をさせてしまって。


「いや、逆だ……気配がまったくしないんだ」

「そっか……俺が可笑しいのかと思った」


 なるほど、普段は感じる魔獣の気配を2人とも感じないという。何か森が通常と違うと言うことか……。そんなことを考えていたおかげで、前を歩くニルスにぶつかってしまった。後ろにレギンがいなければ、転ぶところだったよ! でも、ニルスは黙ったまま立ち尽くしている。私を支えながら、レギンも立ち止まり、辺りを警戒する。

 緊張感みなぎる所なのだろうが、私には何か異変があるようには感じられないのだ。


「レギン、何か聞こえる?」

「魔獣の声か?」

「ううん……何かが歩いている……みたいな?」

「どっちから聞こえる?」


 レギンに問われて、ニルスが指で示していたのは東側の森だ。


「……こちらに近づいて来る……」


 ニルスの言葉に、私は緊張した。

<エルナ 心のメモ>

・ニルスが思いのほか格好件

・温泉です!

・他の川が温かくなっていないか、西の川を調べる必要がある

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