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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第4章 テグネール村 3
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《禁忌の森》からの来訪者

 ニルスにだけ聞こえていた音は、レギンにも聞こえはじめたようだ。レギンは、私に喋るなと合図をして、ニルスとともに歩かせた。レギンとニルスは、音が聞こえて来る方向から視線を外さないように進んだ。私は、全然聞こえないので、足下に気をつけて、2人の邪魔にならないようにするのが精一杯だ。

 ちょっと、怖くなってきたぞ。


「レギン、魔獣じゃない……」

「?」


 ニルスはそう言うと、立ち止まってしまった。

 ちょっと待ってください、ここは魔獣しかいない封印された場所でしょ? 音を発している主が、魔獣じゃないなら……それって、もっと怖いものではないですか? 私にとって。


「それは……人?」

「人じゃない……」


 私の必死の質問に対して、ニルスは否定した。やっぱ、もっと怖いものじゃないの!


「……と思う」


 否定するには余りにも遅い言葉に、ガクリと肩を落としたよ。でも、人だって怖いよ。だって、私だってこの森で見つかった時だって、とても驚かれたし、良く無事だったと言われた。やっぱり、それは人と言っていいものなの?


「確かめたほうがいいかな……」


 レギンの呟きに、いよいよ怖くなった。確かめてどうするの? 近づくの?


「なんか……這っているいるようだ……」


 息が止まる。ますます怖い! それは「お」ではじまって、「け」で終わるアレしか想像できない! 血の気が引いて行った。

 突然、低木の茂みの1つが、ガサリと揺れた。


「ひぃっ!」


 思わずレギンの足にしがみつく。それでも視線を外せなくて、揺れた低木を見ていると、なんと、低木の下からにゅーっと手が出て来たのだ。

 ごめんなさい、当然のことながら、「うわぁ〜!!」と叫んでいました。もう、あきらめました。きっと私の口からは、「きゃぁ〜」とか言う音は出てこないのだと……。


 レギンは、私をニルスに押し付けると、素早く低木の所へと歩いて行く、ああ、レギン、そんなに無警戒で……。

 私の心配をよそに、レギンは低木の所でしゃがみこむと、手を伸ばした。


「なっ、何? レギン、何があったの?」

「ニルス、取り合えず、エルナをこっちに……」


 えっ、いっいやだよ〜! とも言えず、怖々ニルスに手を引かれてレギンのもとへと行く。何故? なんで私なの?

 レギンに近づくと、低木の根元に人の体が見えた。


「ニルス、ダニエルたちの所に戻って、村長を呼んで来てもらえ、それと、エッバさんに怪我人だと伝えて、家で待機してもらえ」

「わかった」


 ニルスはそう言うと、足音もたてずに走って行った。おかしいだろ? 音しなさすぎ。

 レギンは、低木に頭を突っ込むようにして、うつぶせに倒れている人間を引きずりだした。引きずりだされた人は、ゆっくりと目を開けて、レギンと私へと視線を動かす。どんだけ風呂に入ってないんだよ! と苦情を言いたいくらい臭く、無精髭で髪もぼさぼさで、どんだけ遭難していたのかって話しだ。それも、ここは《禁忌の森》だぞ!


「大丈夫ですか?」

「……」


 喉が乾ききっているようで、擦れた音が出てきただけだった。


「もう少し待ってください、ここは1人で動いては危ない森なので」


 レギンがそう言うと、男はこくりと頷いた。本当は、「ちょっと水を持って来る〜」とか言えたらいいのだが、レギンは私とこの謎の男を、魔獣から守らなければならない。

 とりあえず、ダニエルが村長を連れてきてくれるまで、何もすることがないのだ。


 村長はじめ、村の男の人たちがやって来てからは大騒ぎだった。ブロルの指摘で、簡易担架みたいなものも持ち込まれ、男を担架に巻き付けて、高い塀を乗り越えたり、エッバお婆さんの家に担ぎ込まれた謎の男は誰なのか? という謎のお陰で、野次馬の人だかりができた。


 今の所、謎の男は謎のままで、暫くは事情を聞くこともできない様だから、私たちは温かくなった川のことを心配することにした。西にあるという分岐する前の川を、レギンとダニエルに調べてもらい、分岐した西側にある水路をアーベルとブロルに調べに行ってもらっている。

 残されたヨエルとニルスで、ゲットした魚や蟹を家まで運んだ。


「エルナといい、あの男の人といい、どうして《禁忌の森》で無事にいられるんだろう?」

「知らないよ、私だって覚えてないんだもん」

「あの男の人も、何も覚えていないのかな?」

「まだ、喋れないんだから、解らないよ」

「あの人、かなり腕がたつよ……」

「えっ?」


 黙っていたニルスが言った。普段は無口なのに、そんなことを言うものだから、そのことがかなり重要な気にする。


「えーっと、どうしてそう思うの?」

「手の平が固くて、剣は凄く高いものだった」

「そうなの?」

「村長さん……ヨエルのお父さんが持っていたような剣だった」

「父さんが大事にしていた、キラキラしたヤツがついている剣のこと?」

「うん」


 なるほど、良い剣=剣の腕、と言うことなのだろうか。では、騎士とか兵士なのだろうか? でも、騎士や兵士が単独で行動するとは思えないし、居なくなったら探すだろうと思う。


「騎士や兵士じゃなくても、剣の腕が良い人っているの?」


 私の質問に、2人とも一斉に答えた。


「兄ちゃん」

「レギン」


 そんなに凄いの? ちょっと甘くみていたけど、レギンは本当に強いようだ。では、剣の強さで、職業を推測するのは難しいようだ。


「あとは、何か気がついた?」

「靴が立派だった」

「靴?」


 靴が立派か……お金持ちってこと?


「そう言えば、荷物なんか持ってなかったよね」


 ニルスは頷いた。まぁ、本人は衰弱しているだけで、若そうだったからすぐにでも回復するだろう。そうすれば、家族に連絡が取れる気がするのだ。


「エルナ、この魚って美味しいの?」

「ちゃんと料理すれば、美味しくなるよ」

「ふぅ〜ん」


 ヨエルの注意は、もう食べ物に移っていった。ニルスは謎の男について、どう思っているのか、何を考えているのか相変わらず解らない。


 私たちを待っている間に、ダニエルたちが捕った魚や貝、蟹の量を見ると、本当にこの村にはさまざまな食材に溢れている。3人で持って帰るには、かなりの量だ。何せ、急なことなので、魚を入れるような小さな籠が1つしかなく、貝は両手でバラで持っているんだもの。

 今夜はブイヤベースのスープに、パスタを作ろうと思っている。その前に、この世界にパスタみたいなものがあるのか、バルロブさんに聞かねばならない。ああ、そうだった……プリンを忘れる所だった。それより、帰ったらお昼のご飯の献立を考えなければならないのか……。


「お昼は、何が食べたい?」

「肉!」


 ヨエルが言う。肉は献立じゃないよね、使う素材のことだよね?


「どんなお肉? ヤケイなの、ウシなの?」

「どっちでも!」

「……」


 全然参考にならないじゃない。私は、ニルスを見る。


「何でも……」


 全く参考にならないと、がっくりと肩を落とした私に、ニルスの声が届いた。


「エルナのは、なんでも美味しい」


 ちくしょー、可愛いこと言うじゃないか。もう、美味しいものを作っちゃうぞ!


 家の裏にまわると、バルロブさんが桶に水を入れて、魚を泳がせてくれていた。そこに、さらに持って来たものを入れて、家の中に入ると、バルロブさんが心配そうに早足で近づいてきた。


「エルナさま、何やら村が騒がしいようですが、噴火とかのことでしょうか」

「ううん、森で男の人が見つかったの」

「《禁忌の森》にですか?」


 そうよね、それが普通の反応だよね。私は、犬みたいな魔獣に追いかけられていた所、偶然に異変に気づいたレギンとアーベルに助けられたのだ。レギンたちは、私が記憶が無いので、まさか、私が何日も《禁忌の森》をウロウロしていたなんて、夢にも思っていないはずだ。勿論、私自身にもそんな記憶はないし、その証しもない。でも、今日見つかった男の人は、あきらかな遭難者だった。

 きっと村の人たちはパニックになっているのではないだろうか? こんなことが今までには起こたことは無いとレギンは言っていた。


「その男は、大丈夫なのですか?」

「なんか、かなり衰弱はしていたみたいだけど……」

「いえ、そうではなく……」

「?」

「その男は、自ら《禁忌の森》に入っていったのではないですか?」

「えっ?」

「でなければ、この国の人間は、《禁忌の森》の怖さを知っているのですから、迷って入るとは考えられないのですが……」

「ええ〜っと……それは、自分で解っていて《禁忌の森》に入ったと言うこと? でも、他の国の人ということはない?」

「他国でも、《禁忌の森》のことは知られています。何もしらない子供ならいざ知らず、自ら入って行くのはどうも……」


 確かに、解っていて入るというのであれば、それは誰かから身を隠す為くらいだろう。または、誰かに追われて?

 あの男の人は何やら事情がありそうだ。


「れ、レギンたちに任せよう。きっと、そこの所も考えていると思うし……」


 噴火の心配ばかりをしていたが、それ以上にあの男の人は、もっと厄介な可能性もあるのだと、バルロブさんに言われて初めて認識することができた。

 やはり、私の心配する所は、ズレまくっている。

<エルナ 心のメモ>

・見つけた謎の男の人は、危険な人なのか、ただの遭難者なのか要注意です

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