《禁忌の森》からの来訪者
ニルスにだけ聞こえていた音は、レギンにも聞こえはじめたようだ。レギンは、私に喋るなと合図をして、ニルスとともに歩かせた。レギンとニルスは、音が聞こえて来る方向から視線を外さないように進んだ。私は、全然聞こえないので、足下に気をつけて、2人の邪魔にならないようにするのが精一杯だ。
ちょっと、怖くなってきたぞ。
「レギン、魔獣じゃない……」
「?」
ニルスはそう言うと、立ち止まってしまった。
ちょっと待ってください、ここは魔獣しかいない封印された場所でしょ? 音を発している主が、魔獣じゃないなら……それって、もっと怖いものではないですか? 私にとって。
「それは……人?」
「人じゃない……」
私の必死の質問に対して、ニルスは否定した。やっぱ、もっと怖いものじゃないの!
「……と思う」
否定するには余りにも遅い言葉に、ガクリと肩を落としたよ。でも、人だって怖いよ。だって、私だってこの森で見つかった時だって、とても驚かれたし、良く無事だったと言われた。やっぱり、それは人と言っていいものなの?
「確かめたほうがいいかな……」
レギンの呟きに、いよいよ怖くなった。確かめてどうするの? 近づくの?
「なんか……這っているいるようだ……」
息が止まる。ますます怖い! それは「お」ではじまって、「け」で終わるアレしか想像できない! 血の気が引いて行った。
突然、低木の茂みの1つが、ガサリと揺れた。
「ひぃっ!」
思わずレギンの足にしがみつく。それでも視線を外せなくて、揺れた低木を見ていると、なんと、低木の下からにゅーっと手が出て来たのだ。
ごめんなさい、当然のことながら、「うわぁ〜!!」と叫んでいました。もう、あきらめました。きっと私の口からは、「きゃぁ〜」とか言う音は出てこないのだと……。
レギンは、私をニルスに押し付けると、素早く低木の所へと歩いて行く、ああ、レギン、そんなに無警戒で……。
私の心配をよそに、レギンは低木の所でしゃがみこむと、手を伸ばした。
「なっ、何? レギン、何があったの?」
「ニルス、取り合えず、エルナをこっちに……」
えっ、いっいやだよ〜! とも言えず、怖々ニルスに手を引かれてレギンのもとへと行く。何故? なんで私なの?
レギンに近づくと、低木の根元に人の体が見えた。
「ニルス、ダニエルたちの所に戻って、村長を呼んで来てもらえ、それと、エッバさんに怪我人だと伝えて、家で待機してもらえ」
「わかった」
ニルスはそう言うと、足音もたてずに走って行った。おかしいだろ? 音しなさすぎ。
レギンは、低木に頭を突っ込むようにして、うつぶせに倒れている人間を引きずりだした。引きずりだされた人は、ゆっくりと目を開けて、レギンと私へと視線を動かす。どんだけ風呂に入ってないんだよ! と苦情を言いたいくらい臭く、無精髭で髪もぼさぼさで、どんだけ遭難していたのかって話しだ。それも、ここは《禁忌の森》だぞ!
「大丈夫ですか?」
「……」
喉が乾ききっているようで、擦れた音が出てきただけだった。
「もう少し待ってください、ここは1人で動いては危ない森なので」
レギンがそう言うと、男はこくりと頷いた。本当は、「ちょっと水を持って来る〜」とか言えたらいいのだが、レギンは私とこの謎の男を、魔獣から守らなければならない。
とりあえず、ダニエルが村長を連れてきてくれるまで、何もすることがないのだ。
村長はじめ、村の男の人たちがやって来てからは大騒ぎだった。ブロルの指摘で、簡易担架みたいなものも持ち込まれ、男を担架に巻き付けて、高い塀を乗り越えたり、エッバお婆さんの家に担ぎ込まれた謎の男は誰なのか? という謎のお陰で、野次馬の人だかりができた。
今の所、謎の男は謎のままで、暫くは事情を聞くこともできない様だから、私たちは温かくなった川のことを心配することにした。西にあるという分岐する前の川を、レギンとダニエルに調べてもらい、分岐した西側にある水路をアーベルとブロルに調べに行ってもらっている。
残されたヨエルとニルスで、ゲットした魚や蟹を家まで運んだ。
「エルナといい、あの男の人といい、どうして《禁忌の森》で無事にいられるんだろう?」
「知らないよ、私だって覚えてないんだもん」
「あの男の人も、何も覚えていないのかな?」
「まだ、喋れないんだから、解らないよ」
「あの人、かなり腕がたつよ……」
「えっ?」
黙っていたニルスが言った。普段は無口なのに、そんなことを言うものだから、そのことがかなり重要な気にする。
「えーっと、どうしてそう思うの?」
「手の平が固くて、剣は凄く高いものだった」
「そうなの?」
「村長さん……ヨエルのお父さんが持っていたような剣だった」
「父さんが大事にしていた、キラキラしたヤツがついている剣のこと?」
「うん」
なるほど、良い剣=剣の腕、と言うことなのだろうか。では、騎士とか兵士なのだろうか? でも、騎士や兵士が単独で行動するとは思えないし、居なくなったら探すだろうと思う。
「騎士や兵士じゃなくても、剣の腕が良い人っているの?」
私の質問に、2人とも一斉に答えた。
「兄ちゃん」
「レギン」
そんなに凄いの? ちょっと甘くみていたけど、レギンは本当に強いようだ。では、剣の強さで、職業を推測するのは難しいようだ。
「あとは、何か気がついた?」
「靴が立派だった」
「靴?」
靴が立派か……お金持ちってこと?
「そう言えば、荷物なんか持ってなかったよね」
ニルスは頷いた。まぁ、本人は衰弱しているだけで、若そうだったからすぐにでも回復するだろう。そうすれば、家族に連絡が取れる気がするのだ。
「エルナ、この魚って美味しいの?」
「ちゃんと料理すれば、美味しくなるよ」
「ふぅ〜ん」
ヨエルの注意は、もう食べ物に移っていった。ニルスは謎の男について、どう思っているのか、何を考えているのか相変わらず解らない。
私たちを待っている間に、ダニエルたちが捕った魚や貝、蟹の量を見ると、本当にこの村にはさまざまな食材に溢れている。3人で持って帰るには、かなりの量だ。何せ、急なことなので、魚を入れるような小さな籠が1つしかなく、貝は両手でバラで持っているんだもの。
今夜はブイヤベースのスープに、パスタを作ろうと思っている。その前に、この世界にパスタみたいなものがあるのか、バルロブさんに聞かねばならない。ああ、そうだった……プリンを忘れる所だった。それより、帰ったらお昼のご飯の献立を考えなければならないのか……。
「お昼は、何が食べたい?」
「肉!」
ヨエルが言う。肉は献立じゃないよね、使う素材のことだよね?
「どんなお肉? ヤケイなの、ウシなの?」
「どっちでも!」
「……」
全然参考にならないじゃない。私は、ニルスを見る。
「何でも……」
全く参考にならないと、がっくりと肩を落とした私に、ニルスの声が届いた。
「エルナのは、なんでも美味しい」
ちくしょー、可愛いこと言うじゃないか。もう、美味しいものを作っちゃうぞ!
家の裏にまわると、バルロブさんが桶に水を入れて、魚を泳がせてくれていた。そこに、さらに持って来たものを入れて、家の中に入ると、バルロブさんが心配そうに早足で近づいてきた。
「エルナさま、何やら村が騒がしいようですが、噴火とかのことでしょうか」
「ううん、森で男の人が見つかったの」
「《禁忌の森》にですか?」
そうよね、それが普通の反応だよね。私は、犬みたいな魔獣に追いかけられていた所、偶然に異変に気づいたレギンとアーベルに助けられたのだ。レギンたちは、私が記憶が無いので、まさか、私が何日も《禁忌の森》をウロウロしていたなんて、夢にも思っていないはずだ。勿論、私自身にもそんな記憶はないし、その証しもない。でも、今日見つかった男の人は、あきらかな遭難者だった。
きっと村の人たちはパニックになっているのではないだろうか? こんなことが今までには起こたことは無いとレギンは言っていた。
「その男は、大丈夫なのですか?」
「なんか、かなり衰弱はしていたみたいだけど……」
「いえ、そうではなく……」
「?」
「その男は、自ら《禁忌の森》に入っていったのではないですか?」
「えっ?」
「でなければ、この国の人間は、《禁忌の森》の怖さを知っているのですから、迷って入るとは考えられないのですが……」
「ええ〜っと……それは、自分で解っていて《禁忌の森》に入ったと言うこと? でも、他の国の人ということはない?」
「他国でも、《禁忌の森》のことは知られています。何もしらない子供ならいざ知らず、自ら入って行くのはどうも……」
確かに、解っていて入るというのであれば、それは誰かから身を隠す為くらいだろう。または、誰かに追われて?
あの男の人は何やら事情がありそうだ。
「れ、レギンたちに任せよう。きっと、そこの所も考えていると思うし……」
噴火の心配ばかりをしていたが、それ以上にあの男の人は、もっと厄介な可能性もあるのだと、バルロブさんに言われて初めて認識することができた。
やはり、私の心配する所は、ズレまくっている。
<エルナ 心のメモ>
・見つけた謎の男の人は、危険な人なのか、ただの遭難者なのか要注意です




