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賢者様を待っている世界で  作者: 三條聡
第2章 テグネール村 2
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共有林と《禁忌の森》

 村長さんとイーダさんとの分かれ際、村長さんがアーダさんの具合は心配ないからと、イーダさんにそう話すと、イーダさんは、村長さんの所に持って来た牛肉を私とアーベルにお裾分けしてくれた。2kg以上あるのですが……。1人分ってどれくらいの量なんでしょうか?


 私とアーベルは、最初の予定通りにトマトとタマネギを買いだめし、さらに村の共有林でどんなものが収穫できるのか、ハーブ畑ではどんな食材があるのかアーベルに指南してもらった。

 この村ができたのは、2代前の国王の命令で、当時の騎士団の1部の人達が移り住んだことに始まるという。国中に蔓延はびこっていた魔獣をこの《禁忌の森》に追いやったという。もともと、《禁忌の森》が魔獣達の住処であることは、初代の人達は知っていたので、まずは、すべての魔獣をこの森に閉じ込めたと言う。


「それで、この《禁忌の森》から魔獣が出てこないように、ここに村を作ったんだよ」

「あの煉瓦の壁は、そんな前から作り始めたの?」

「森に、ある程度の魔獣を追いつめた後、作ったんだって」

「じゃぁ、最初の壁は80年くらい前のものなんだね」

「そうだね、西側の壁が一番古いんだ」

「で、今はアーベルの家の前まできているんだね」

「うん、牧場の東に沿って、道まで出たら、また、道に沿って作る予定なんだよ」

「みんなは、森に入って魔獣をやっつけるの?」

「そうだね、支度月には一斉に森に入って数を減らすよ。雪が積もって外に出られなくなる前に、少し減らしておかないと面倒だからね」


 おお、ここはメートル単位で雪が積もるようです。すると3ヶ月くらいは家に籠ることになるのか?


「魔獣は減っているの?」

「さぁ、どうかな。僕たちは支度月にかなりの数を狩っているけど、少なくなっている気はしないなぁ。だから、今では《禁忌の森》の木を伐採して、魔獣の住む地域を減らしているんだ」

かしこい!」

「そうだよね、お陰で共有林ができたし、そこで収穫されるものは、かなり多いんだ」


 アーベルの言葉を実感できたのは、村の北側にある共有林に入った時だった。今時期は秋にあたる時期のようで、どの木々も実をつけ、紅葉していた。私の見知った紅葉は、赤と緑と黄色と茶色。でも、ここの紅葉はもっとカラフルだった。特に感じたのが、緑の葉の色素が薄くて、紅葉した時には、その赤色がもの凄く薄い色になっている木々や葉があったことだ。茶色から黄色のグラデーションに、明暗があるのだから、なんともいえない風景になっていた。


 共有林で最初に私が眼にしたのが、ベリー系の3mくらいの灌木だった。そこには、時期が違うのか実がなっていないものが少しと、あとは殆んど実が枝が折れそうなくらいに実っていた。まさか、このベリーを食べないのだろうかと思ったが、そんなはずは無い。木の実がこんなになっていれば、人間はこれが食料になるのか最初に考えるはずだ。ベリー系は摘んで採って、口に入れればすぐに食べられるのがわかる。まさか! 毒があるってことなのか? あっ……でも、こんな道の脇にある毒なら、子供が誤って食べてしまうかもしれない。毒があるものは、伐採されてしまうはずだ。


「アーベルはこの実をどうやって食べるの?」

「そうだなぁ、ほとんどがジャムにするね。ジャムと言ったらベリーだもんね」

「ジャムは皆作るの?」

「この村でベリーのジャムを作らない人なんか居るのかなぁ」


 やっぱり、このベリーは食されるようだ。ということは、ラッキーな一番乗りなのだ。でも……皆がベリーのジャムを作っていると言うほど、ベリーが採られている様子はない。それは、この村でまかなうベリー系のジャムを作っても、これだけ余っているということですか?


 ここはまるで、ベリーの園です。ブルーベリーはスーパーでも買えるが、木いちごやグミは無理だ。ブルーベリー、クランベリーのまんまるの実をはじめ、マルベリー、ブラックベリー、ラズベリーの俗に言う木いちごの仲間、大きな丸い実のスグリの仲間達、そして最近ではシルバーベリーと呼ばれるグミもあった。

 密かに憧れていた『赤毛のアン』に登場する木いちごのジャムを作れるかもしれない。


「この木の実でジャムを作ってもいい?」

「ラズベリーは時期が終わっているから、集めるの大変だよ?」


 私はアーベルの台詞に、驚いた顔のまま立ち尽くす。時期が終わっている? 何の冗談だ。今、目の前にあるラズベリーの木は、私の住む世界では収穫期のものだ。こんなにも実がなっているのに、時期が終わりなんて……収穫時期にはどんだけ、実をつけるのだろう。


「ジャムはそろそろ無くなっているから、作ろうかなぁ」

「収穫時期には作らなかったの?」

「ジャム作りの担当は、エイナだったんだ。まぁ、時々叔母さんや叔父さんがくれたりしたけど」


 またまた、返事に苦慮する事態になった。そうだった、エイナちゃんが料理全般をやっていたようなので、ジャムも今年は彼女が亡くなった後、作られずにいたのだろう。こーゆー所は注意して聞かないとだめだと後悔。


「じゃあ、私がジャムを作るね」

「それは嬉しいな」


 そうは言ったが、ベリー系はラズベリーだけいただいて、あとは2ヶ月後に収穫することになった。実は、2ヶ月後は支度月とこちらで言うらしいのだが、その一ヶ月で冬ごもりに必要なものを支度するという一ヶ月で(一ヶ月が何日あるか知らないけどね)、村で日割りして、共有林での収穫を各家でするそうだ。冬の間に保存食を作るのも仕事らしい。

 だから、その日にジャムの材料を採りに来ることにした。


 ベリーの園の奥には、果樹園がありました。それもやっぱり、枝が折れるんじゃないかと思うほどに実っています。


「今時期だと、アップルにレザンくらいかな」


 レザンって何ですか? あぁ、目の前にあるのはブドウだね。アップルはリンゴだと思うけど……。


「これもジャムにする?」

「うん!」


 ジャムにすると言う名目で、アーベルが採取したものは、どう見てもリンゴとブドウでした。でも、ブドウって低木のはずなんだけど、5mくらいはありそう。それに、ブドウと言っても、ヤマブドウで、私たちが言うところのブドウではなかった。


「アップルは、甘いのと酸っぱいのどっちがいい?」

「酸っぱいのはどうやって食べるの?」

「肉と一緒に煮ることもあるよ」

「それって、ブタのお肉でしょ? アーベルん家は、ブタのお肉をどうやって手に入れるの?」

「何言ってるんだよ、肉屋があったろ?」


 なんと、そう言えばお肉屋さんがあるとは聞いたが、立ち寄ったことも、店構えを見たこともなかったので、すっかり失念していました。


「あ〜ん、ごめんなさい」

「まぁ、エルナを一人で買い物に行かせるわけないからさ」

「えぇ〜、もう大丈夫だよ」

「だって、買ったものはどうやって運ぶの?」


 くそぉ〜、反論もできない。何度も言うようだが、この非力さをどうにかできなかったの?

 私が、何ともしがたい腕力のなさに絶望しかけていると、そこにひょっこりニルスがやってきたのだ。


「あれ、ニルス」

「声がしたから」

「えっ、私たち五月蝿かった?」


 ニルスくんは首をふるふると振る。


「相変わらずいい耳だよなぁ」

「ニルスは耳がいいの?」

「あぁ、この村で一番じゃないかな」

「おおぉ〜」

「それに、歩くのが凄く静かだ」


 そう言えば、ニルスが近づいてくるのが解らなかった。地面には落ち葉がいっぱいなのに。忍者ですか?

 アーベルにそう言われると、ニルスは恥ずかしそうにモジモジしだす。普段はにこりともしない鋭い視線で、寡黙な少年が可愛らしいこと。


「でさ、ニルスの家ではアップルは何に使う?」

「乾燥させて薬に」

「薬になるの?」

「鼻風邪、腹痛のときに飲む子供の薬」


 その症状に効くのか不明だが、リンゴは医者いらずとも言われているし、何らかの効力があるのかもしれない。でも、アーベルが聞いたのが料理の話しなんだよね。


「料理は何があるの?」

「えーっと、釜でアップルを焼いて食べる」

「焼きリンゴかな?」

「焼きリンゴってなに?」

「アーベル、食べたいの?」

「あっ、いやっ。エルナはいろんな料理を知っていて、面白いから」


 慌てて言い繕うけど、アーベルは少し赤くなった。食いしん坊さんめ!


「ニルスの家では、どのアップルを使うの?」

「こっち」

「甘い方なのね」

「こっちは、嫌い」

「酸っぱいから?」


 コクリと頷くニルスは、やっぱり酸っぱいものが嫌いなのね。ダニエルもヨエルも、トマトが酸っぱいと嫌がっていたなぁ。自分の子供の頃ってどうだったろうか? 思い出せん。


「じゃあ、今日はこの酸っぱいアップルでやってみたい!」

「ちょっと、これ酸っぱいよ」

「トーマートもそうだけど、酸っぱいのは煮ると甘くなると思うんだ」

「そうなの?」

「それにね、アップルでいろいろなものを作りたいの。パイとか、コンポートとか」

「パイ?」

「ジャムとかも作りたい」


 アーベルの「何それ?」をかわしながら、ニルスとアーベルは持って来た荷台に入っていたカゴにリンゴを入れていってくれる。それも、甘いのと酸っぱいの2種類同じ量を。アーベルも、酸っぱいのが嫌いみたい。ちょいちょい顔を出すアーベルの幼なさは、29歳の私にとって、とても微笑ましくて、グリグリしたくなるのだが、外目は幼女なので、残念です。


 途中参加のニルスとともに、アーベルと私とで先に進んだ。果樹園らしき場所を進むと、今度は、ドングリやら椎の実やらが、わんさかと落ちていた。ドングリなんかは灰汁あくがあるので、調理は勘弁してほしい。食べれるものが結構あるのに、わざわざ手間のかかる食材は使わないだろうと思いたい。アーベルとニルスをよく観察していると、ドングリなどには眼もくれず、幹や根元から何やら採取していた。

 やっぱり、この世界は私の知る世界ではないと感じる。木の幹から採取していたのは、キノコだった。それも傘の直径10cmもある巨大なものだった。その上、そんな色のキノコは、私の世界では間違いなく毒キノコと判定されるであろう色合いのものまで採取している。赤とか黄色とか……。

バターソテーにしたら、きっと色とりどりで奇麗だろうと思うが、私の本能が「危険」と言っている。


 キノコをカゴいっぱいに採取して、今度はもっと奥に入って行く。川の流れる音が聞こえてきた。川辺に生えていた樹木は、すべて栗が生っていた。栗は好きなので嬉しかったのだが、栗の入っているいがは、武器だった。落ちて当たったら確実に刺さって死ぬのではないかと思われるほど大きかった。サイズは砲丸くらいだろうか。そこに10cmはあろうかという長さの針がびっしりと生えている。私は思わず後ずさりをした。私の脳内では、脳天に刺さるクリのいがの図が浮かび上がっていた。

 でも、アーベルとニルスは落ちているいがを手で拾って、こじ開けてクリを取り出しているのだ。恐る恐る覗き込むと、ニルスの手の中にあるいがは、ぐにゅっと曲がっていた。足下にある毬を踏んでみると、思いのほか柔らかかった。

 なんと見かけ倒しの凶器だった。なんだ、驚いた。


 私は、栗拾いは2人に任せて、川に向かって歩いた。川は、わずか4mもない幅で、対岸には例のレンガ作りの塀が続いていた。その塀の向こうは《禁忌の森》だ。

 私が最初に見た景色は、《禁忌の森》だったがその時は、なんて暗くて深い森だろうと思った。が、壁の向こう側の景色は、針葉樹が立ち並ぶ森には違いないのだが、何だかきらきらと木漏れ日が溢れていた。木漏れ日は、川面にも注がれていた。

 私は、アーベルに呼ばれるまで、そのキラキラの風景を眺めていた。

《エルナ 心のメモ》

・共有林は、昔は《禁忌の森》だったのを、昔の人々が、共有林にした

・テグネール村は、《禁忌の森》から魔獣を出さないために作られた村

・テグネールは、冬の時期は雪に閉ざされる

・この世界の紅葉は、私の知る世界より色とりどり

・共有林には、沢山の種類のベリーがあり、収穫期のベリーには、枝が折れそうなほど実がなっていた。

・料理関係はエイナが担当していたみたい、あまりそこをつつかないようにしよう

・二ヶ月後は支度月と言うらしく、その月に冬ごもりの支度をする

・果樹園には、レザンという名のヤマブドウと、アップルと呼ばれるリンゴがあった

・お肉屋さんで豚肉などを買うらしい

・ニルスは、耳がとても良く、足音を消して歩ける忍者の子でした

・子供は酸っぱいものは嫌い

・ドングリ林には、傘が直径10cmもある、赤や黄色などの毒キノコと見まがう色のキノコがある

・砲丸大の毬にはクリが入っていた。凶器かと思ったら、とげは柔らかかった

・共有林と《禁忌の森》の境には、川が流れている。

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