第二章 第37話「未来」
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「……大したものだ、細剣一本でここまで(下手したら故郷の剣爺様に並ぶんじゃないか?)」
「これこそ我が忌まわしき祝福! 世界を恐怖に陥れる禁断の力ですよ!」
「……(腕前の自慢も凄い……)」
気づけばビカムは攻撃の手を止め、油断なくマズダーと距離を取っていた。あの美剣士ビカムが、である!
打ち倒したわけではなく、しかしそれだけでマズダーは偉業を打ち立てた心地を禁じえない。
それを為さしめたものこそ、マズダー三つ目にして最後の切り札――超短時間の連続未来視である。
常に数秒先の未来を視続けることで、相手の意図を常時看破し、逆に自分の攻撃を差し込むことを可能にする。
少し離れた場所で奇しくもリンが〝黒鬼士〟の動きを先読みしようと目を凝らしていたのとは異なり、マズダーの魔法は、はっきりと未来を予見するものである。
ただし、これはあくまで未来が見えるだけ。
ビカムの攻撃をことごとく思うようにさせなかったのは、紛れもなくマズダーの腕前の為すところであった。相手の隙を突き動作の前兆を潰せるよう、小回りの利く武器として細剣を選んだのも彼の狡猾な狙いである。
それでも……苦労して連続未来視の魔法を開発し、細剣を自在に扱えるほど鍛錬を積んでなお……マズダーの胸中には、ビカムを圧倒した歓喜を拭い去らんほどの屈辱が同時に去来していた。
未来を知る能力があるゆえに彼の一族は絶滅を望まれ、未来を知る能力があろうと絶滅を回避することはできなかった。
恐怖が勝ると知った時、彼は未来を捨てたのだ。占星術で過去と現在を視ることはあっても、未来だけは絶対に視まいとした。
だが今や、捨てたはずの力に頼らざるをえない。そうしなければビカムに勝つことはできないから……!
「これが決して避けられない未来――貴方の伝説は今日、ここで終わるのです! 私の手によってねェ! 私に恐怖するがいい美剣士ビカムッ‼」
「……恐怖、か」
ぽつりと漏れた呟き。
「……私はそれを、いつだって感じている」
風に乗ってマズダーの耳朶を打った言葉は、声量に反して彼の血気に逸る肉体を驚きにより硬直させた。
「なん、だと?」
「……何かに怯えなかった日はない」
「ふざけるな! 私の恐怖魔法を容易く破っておきながら……! 意気を挫かせ、体を竦ませ、未来を閉ざす――それが恐怖だッ! 貴様ほど恐怖を遠ざけた生き物は見たことがない!」
「……恐怖は常に……私の傍にあった」
「ならばなぜ動ける⁉ なぜ抗えるのです⁉ なぜ止まらずに戦い続けられると……⁉」
「――それでも未来を望むから、私は恐怖に挑み続ける」
「――――」
「……恐怖を乗り越えた先に、希望の未来があると信じる」
未来があるからこそ恐怖と戦える――
それは、己が信念と真っ向から相反する考えだ。
未来を恣にしようと、恐怖は未来を凌駕する。
そのはずなのに。
そうでなければならないはずなのに……!
「……だから、勝たせてもらうぞ(細剣の達人よ……!)」
もはやビカムの言葉など耳に入らなかった。彼が何を言っているか理解が必要にならなくなった。
(――この生き物を、殺す)
正眼に霊剣フェーレを構え、刃に風を纏わせ始めたこの剣士を滅ぼさなければならないと、マズダーは決意した。
美身が疾駆する。
迫りくる霊剣をやはり細剣で封じ込めたものの、先ほどまでと違うのは、剣が振られるに合わせて鋭い風が巻き起こることだ。
風を受けた大地が大きく抉られている。
(攻撃の間合いを伸ばしてきたか。風で切れ味も増しているだろう。――だが問題ない)
マズダーも意識的に深く踏み込み応戦する。
攻撃の射程を伸ばそうとも超接近戦に持ち込めばアドバンテージは消失する。魔法で作り出した細剣は魔力があればいくらでも修復可能。取り囲む『怪物の煙』が物理的な風圧の影響を受けないことは先のとおり。
ビカムはより激しく、より舞うように、全身を躍動させてフェーレを振るう。
上空から鷹が急襲するように、地面から大蛇が忍び寄るように、あるいは運河の怒涛のごとく。
ビカムに合わせてコートがはためき、黄金の軌跡が幾重にも重なっていく。
まだ演目名の付けられていない、まさしく剣舞であった。
(無駄なことを。攻撃の量で未来視を圧倒できると思うてか。たとえ可能だとしても、数秒後に破綻することが分かれば戦術を変えることなど造作もない!)
土塊が乱舞し、礫は弾け、風が戦場を激しく扇ぐ。
(――間合いを伸ばしたなら、なぜビカムは自ら近づいてきた)
ガキィンッ! と一際甲高い金属音が鳴る。
マズダーの刺突を、ビカムが霊剣の腹で受け止めた音だ。
「……何を狙っているのです?」
「……(細剣の達人の)貴様の前では、私の剣は届かない」
霊剣フェーレが帯びる風が圧を放つ。
それは視えていた。何の害もないことも。
細剣を突いた姿勢のまま、マズダーは風を浴びる。
「(貴様が大魔法を仕込んだように)……私も魔法を仕込ませてもらった」
土埃が吹き飛ばされ、その全容が露わになる。
いつの間にか戦場の地面に――マズダーとビカムを中心として、巨大な模様が刻まれているではないか!
「魔法陣、だとッ⁉ まさか、さっきまでの剣舞は全て、これを刻むため……⁉ それに、この形象はッ――」
――多くの魔法は魔法文字で記述され、文字そのものが内包する概念と各文字の語順によって構成され、効果を発揮する。
だがマズダーが用いる印のように、魔法文字を対応する別の何かに置き換えることで魔法発動を可能にする方法がある。
その一つが魔法陣。
魔法文字を対応する図形に変換する。それを意味のある形で配置する――これを形象という。そこへ魔力を流し込むことで魔法が発動するのだ。
魔法が文字なら、形象とは語順。
魔法幾何学を正式に修めていないマズダーにも、この魔法陣に何の効果があるのか断片的に理解できた。
【風】、【刃】、【持続】、【牢獄】――幾重にも。
「バカな……こんな打ち破り方が……」
マズダーは常に数秒先の未来を視ていた。
そして一手ごとの攻防の結果で複雑に未来が変化する戦闘においては、二手以上先の未来を視ることを斬り捨てた。一分後の勝利が、一秒後の自らの悪手で引っ繰り返ることなどままあることだからだ。
数秒先のビカムの行動はずっと把握できていた。
だが、数秒先の未来を知ったとして――そこに込められた布石を読み解くことまではできなかった。無意味な行為だと、分析をせずに捨て置いてしまった。
未来はそこで決したのだ。
あるいは、もっと先の未来まで視ていれば、この結末を変えられていたかもしれない。
いや……恐怖こそが最も強いと断じたマズダーには必然の未来だったのか。
「こんなもの、もはや……」
マズダーの視界には、風の刃が吹き荒れる牢獄が自分を中心に広範囲を切り刻む光景が映し出された。
それが視えたとて、どうしようもない。どう足掻いても攻撃の範囲から逃れられないのだから。
「……こんな未来と、分かっていれば、最初から――」
ビカムから流し込まれた莫大な魔力に魔法陣が励起する。
身勝手な願いを呟いたマズダーの姿は、数秒後、縦横無尽に吹き荒れる風の刃の中に飲まれて消えていったのだった。




