20話
その夜、王都の裏路地にある酒場の個室には、下卑た笑い声と高級なマリアーニ・ワインの香りが充満していました。
テーブルを囲んでいるのは、カズヤ・フォン・グラナードと、その取り巻きたちです。
カズヤは不機嫌そうに、包帯で吊った左腕をさすっていました。数週間前、あの忌々しい平民教師に刻まれた傷が、いまだに疼くのです。
ふと、仲間の一人が壁の時計に目をやりました。
「おっと、そろそろいい時間じゃないか」
「本当だな」
それまで椅子にだらしなく座っていた男たちが、わずかに姿勢を正します。
「お前ら、次は失敗するなよ。今晩が最後のチャンスなんだぞ」
カズヤは氷のように冷たい視線で一同を睨みつけました。重苦しい沈黙が流れた後、一人が意を決したように口を開きます。
「……相談なんだけどさ、カズヤ。火をつけるのは、もう止めておかないか?」
「あ?」
カズヤの眉間に深い皺が寄りました。
「いや、俺らなりに調べたんだ。放火ってのは、バレた時の罪が相当重い。今日は風も強いし、もし他の家に燃え移ったら大変なことになる。あいつ一人を痛めつけるのに、関係ない奴らまで巻き込むのは……な?」
「ああ、そこまでしなくてもいいんじゃないか?」
仲間たちが同意を求めようとした瞬間――。
ガシャン! と激しい音を立てて、カズヤが飲みかけのワインボトルを壁に投げつけました。
「ふざけたこと言ってんじゃねえよ! 何ビビってんだ! 俺はな、やると決めたら徹底的にやるんだよ。わかってるのか、あぁ!?」
その凄まじい迫力に、取り巻きたちは一気に顔色を変えました。
「悪かったよ、カズヤ! 言われた通りやるから、そんなに怒らないでくれ」
「そうそう、やらないなんて言ってないんだ。ただ、もし何かあって、カズヤが侯爵の親父さんから大目玉を食らったら最悪だなって、そう思っただけなんだよ。前にお前も言ってただろ、最近親父さんの機嫌が良くないって……」
「うるせぇ! 親父の話をするな!」
激昂するカズヤに、仲間たちの表情にははっきりと恐れの色が浮かびました。
「分かった、悪かったよ。俺らはお前のことを心配してるだけなんだ」
「そうだよ、心配くらいさせてくれよ。俺たち仲間だろ?」
カズヤは荒い呼吸を整え、大きく息を吐き出しました。わずかに表情が落ち着きを取り戻します。
「……お前らの気持ちは分かった。だが、火はつける。分かったな?」
「……分かったよ、お前の言う通りにする」
「前回は前日に雨が降っていて、建物が湿っていただけだ。この数日は晴天だし、着火剤も山ほど用意した。今度はしくじらない」
仲間たちが立ち上がる中、カズヤの瞳には狂気じみた光が宿っていました。
「ケントの野郎……このまま無傷で逃げられると思ったら大間違いだ。腹の中のガキごと、まとめて消し炭にしてやる……」
その言葉を聞いた瞬間、他のメンバーの顔から血の気が引きました。
彼らはただの素行不良の貴族子弟であり、さすがに妊婦まで焼き殺すという非道な行為には、本心では強い恐れを抱いていたのです。
カズヤは、食べ散らかしたテーブルの上に置かれていた、装飾の施された見事な魔銃を手に取りました。そして、仲間の眉間へと、ゆっくり銃口を向けます。
「や、止めろよカズヤ……冗談にしてもきついって!」
仲間の一人が引きつった笑みを浮かべ、必死に銃口を避けようと体を動かします。しかし、カズヤは冷酷に照準を合わせ続けました。
「今日失敗したら、お前らにこれを撃ち込むかもな」
そう言い残し、カズヤは魔銃をジャケットのポケットに乱暴に突っ込みます。そして一度も振り返ることなく、個室を後にしました。
残された仲間たちは互いに目配せをしながら、重い足取りでカズヤの背中を追うしかありませんでした。
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