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天才の真価


「透真君はこれから…」


 少し離れたところにバスケットボールが転がってきた。バウン、バウンとはねているボール。立ち上がって取りに行く。


『すみませーん。投げてもらえますか』


 バスケをする高校生たちが声をかけてきた。そのまま投げ返そうと振りかぶる。


 ただそれでは面白くないだろう。僕は敬ちゃんを見た。


「敬ちゃん」


「なに?」


「ここから入るでしょ」


「…もちろん」


 敬ちゃんが立ち上がる。被っていた帽子とボールを交換した。


 黒いアスファルトに二回地面に叩きつける。思ったよりも反発したボールに敬ちゃんが少しだけ驚いて、微笑んだ。


 目の前には何も障害はない。


 高校生たちは馬鹿にしたような笑い方をする。どうせ入らないだろうと高をくくっていた。僕は彼らがするこれからの表情を予想していた。自然と笑えて来る。


 ここからゴールまでは二十メートルくらいだろうか。風が少し出てきた。いつもとは違う環境。それでも敬ちゃんは決める。僕は知っている。


「」


 真剣勝負の顔をしていた。その顔はものすごく冷たい。いつも涼しい顔をしている敬ちゃん。


 少し笑っている。挑発的に見える不敵な笑み。完全無欠の天野敬がいた。


 膝を少しだけ曲げて空を飛ぶ。おでこより少し高い場所でボールを射出した。きれいな右手のフォロースルー。手首の可動域の広さに驚いた。


『タカっ』軽やかな着地。


 ボールは放物線を描く。


 リングに掠らずネットだけが揺れた。


 ボールがリングの下で跳ねて、止まった。


「行こうか」それを見る前には、もう敬ちゃんは僕を見ていた。


 驚く青年たちに目もくれず、敬ちゃんは僕に声をかけた。


「そうだね」


 僕は敬ちゃんに帽子を渡した。


「入ってよかったよ」


「入ると思って投げたんでしょ?」


「もちろん。でも思いと結果は違うからね。思いの強さだけでゴールは決まらないよ」


 敬ちゃんの言葉が刺さる。


「その差はどうやって埋めるの?努力?運?」


「どれも違う。昔はわからなかったんだけどね、今ならわかるよ」


「何?」


「余計なプライドを捨てることだよ」


「」僕は固まってしまった。                       


「考え事?」敬ちゃんが振り向いて嬉しそうに僕に聞いてきた。


「敬ちゃんは本当にすごいね。天才だよ」僕は心からの言葉を言い放つ。


「ありがとう。透真君は何で天才になりたいの?」敬ちゃんは凛々しい顔でまっすぐ僕を見る。


「今更?」僕が先に目をそらした。


「今しか聞けないよ」


「なりたかったものに理由なんてないよ」僕はうつむいてしまう。


「透真君は天才にはなれないよ」


「え?」顔が上がる。というよりも上げられた。


「透真君は天才にはなれない。天才は何かの犠牲なしに得られるものではないんだと思う。君は誰かを救済してしまう。僕と同じようにね」


「」


「天才しか人間に価値はないと思ってる?」


「そういうわけじゃ」僕は敬ちゃんから逃げるように下を向く。


「じゃあヒーローじゃダメなの?僕みたいなやつよりもかっこいいと思うよ」


「そういわれてもね」


「まだ時間はあるよ。僕みたいにちゃんと決めないとね」


「」


「まさか、僕に対して罪悪感持っていないよね?」敬ちゃんは僕をあざ笑うように言い放った。


「え?」敬ちゃんはまた僕の顔が上がるような言葉で話した。


「あるんだ。天才になるために僕に近づいたこと?それとも母親との仲直りのこと?」


「どっちもかな」


「透真君。驕っていない?君がいなくても僕は母親と仲直りしたかったよ」


「…」


「やっぱりね。そうだろうと思った。透真君。教えてあげる」


「何さ」


「僕は悪い奴なんだよ。扉を叩いたのも君のせいじゃない。僕がそう仕組んだんだ。透真君ならきっとそうしてくれるってね。ありがとうね」


 初めて見る妖艶な顔をする敬ちゃん。


「僕らは利用しあっていたってこと?」


「そうだよ」


「そうなんだね」僕も負けじと強がるが、顔に出るのは動揺だけだろう。


「だからもうやめよう。友達になろう」


「今更?僕にメリットあるの?」僕は反抗的に敬ちゃんに聞いた。


「僕みたいな天才が友達になる」


「今の敬ちゃんは僕が目指す天才じゃないよ。ただの人だよ」


「ふふ、はははっはは。僕は君のために天才になる方法を一緒に探してあげるよ」


「僕はなれないっていうんだろう?」


「そうだね。だからヒーローの営業だね。そっちのほうが幸せだよ」


「少し考えてみるよ」


 敬ちゃんは僕に人差し指を立てる。


「何さ?」僕はぶっきらぼうに聞いた。


「嘘つき」


「ははははっははははははっは」


 僕は笑ってしまった。


 敬ちゃんも驕っているじゃないか。僕を侮っているよ。今なら敬ちゃんが孤立した理由が本当によくわかる。


 君は僕のことを何にも知らないよ。


 君は天才だ。だからこそ僕を理解することなんてない。僕はできたけれど君は僕のことを救えない。


 君は何も知らない。僕は諦めが悪いんだ。もう僕は君を救わない。僕が天才になる礎になってくれ。


 そう思っているのに、僕は拳を強く握れない。何度やっても掌が広がる。


「ねぇ。今日の僕変かな?」敬ちゃんが改めて僕に聞いてきた。


「いまさらだよ」


「ということは変じゃないってこと?」


「それは…」


「ちょっと⁉はっきりしてよ」


 敬ちゃんはネイビーの白襟ポロシャツに、ベージュのロングフレアスカートを合わせた上品な夏の装い。有名スポーツメーカーのバケットハットと、カジュアル目のランニングシューズを選ぶところが敬ちゃんの個性が濃く出ている。


「素敵な帽子だね」


「それだけ?」


「そのスカートにあっているよ」


「それがわかっているなら早くいってほしかったよ」


「敬ちゃんは可憐でめんどくさい女の子だね」


「ありがとう」


 天野敬は無邪気に笑った。僕もつられて笑う。


 僕が今できる最大限の攻撃も華麗にスルーされた。


 悔しさも、悲しさも、僕の心にはあるはず。なのにどれも空虚なんだ。虚勢を張っていないと、この気持ちを維持できない。


 息を吸いたくなくなる。空気が肌に合わない感じがする。


 




 僕らは駅で別れた。敬ちゃんはこれからバスケの練習らしい。楽しそうにそう言っていた。


 僕も家に帰ろう。そう思っていたはずなのに降りる駅を間違えた。足が動かなかったし、電車の開けるボタンが光っているように見えなかった。


 一つ先の駅で降りた。


 ちょうどスマホが揺れる。誉からだ。


『祝勝会はどうなったの?』


 僕は質問を質問で返した。


『今どこにいるの?』


『三階の東側』


『わかった』


 気が付いた時にはもう駅の階段を上っていた。

ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

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