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貴族の会話がどういうものか分からなくてかなり時間が空いてしまいました
そしてめちゃめちゃ長くなりました
「殿下、今年もサイフォルクへ行かれたそうですね」
高位貴族のお伺いや舞踏会のファーストダンスも終わって体が自由になり、僕が同世代の知り合いと歓談しているときだった。
ヒュー・ロンタリオが、丁度盛り上がっていた会話が途切れてみんなが酒で喉を潤しているタイミングで、そう言って話を振ってきた。彼は僕の四つ上で、男爵家の長男だったはずだ。
今日は、社交界シーズンの幕開けとなる王宮での舞踏会が催される日であって、僕はそれに参加している。この舞踏会を皮切りに、これから毎日のようにどこかしらの貴族のタウンハウスで種々の夜会やサロンなどが開かれる。そしてこの社交シーズンは一月の末から五月末まで続く。これは議会がこの期間に開催されているために、これに合わせて多数の貴族が王都へやってくるからだ。
今この会場には普段は見かけないような地方領主とその子女も会場に詰め掛けている。周囲は喧騒で満ちていた。それはしかし実に楽し気だ。
久しぶりに見る顔もあるのだろう。あちらこちらで誰も彼もが旧交を温め、長い別離を埋め合わせるように陽気な会話が繰り広げられている。もちろんその中には、こちらをちらちらと窺うような視線が紛れている。
僕はそれを意識しながら、彼に向き直って返事をした。
「そうだよ。毎年の恒例だからね。デミアンが親切にも遊びと休暇を兼ねて誘ってくれるんだ」
「お寒くはありませんでしたか?」
「雪がすごかったよ。大きな湖が近くにあるからかな。まぁ、実際デミアンのところは寒い場所ではあるけれど、それが冬というものだからね。気にはならないかな。それに僕は雪は好きな方なんだ。雄大な雪景色は心を穏やかにしてくれる」
「ええ、デミアン様のご領地であればさぞ素晴らしかったでしょうね。生憎私はご訪問させていただいたことはないのですが」
そう言って視線を向けるヒューを、デミアンは無視した。
「もちろん冬らしい寒さもよろしいですが、一方で気候の穏やかな地方の冬というのはそれはそれで趣深いと私は思っているのです。南にある私の領地などは冬でも比較的暖かく過ごしやすいので避寒地としても人気があります。私どもの領地は冬でも雪がほとんど降らない比較的温暖な地域で、雪深い地域とは違った冬が楽しめるのですよ。最近になって我が領地に立派に整備された道が通って、王都からの移動も随分楽になりました。ですので、是非とも殿下には北部とは違った南部の冬というのも一度経験していただきたいと思っているのです。きっと他とは違う経験ができるとお約束しますよ。一度当地へいらしていただけましたら、僭越ながらこの私ヒュー・ロンタリオが誠心誠意当地の冬の楽しみ方をお教えいたします」
期待を込めた眼差しでヒューが僕に言う。僕は彼の言葉に感銘を受けた風を装い、そして考える仕草をして見せる。
「なるほど。この国は広いから、確かに地方や気候ごとに習慣や過ごし方も変わってくるね。実に興味深い。色々と考えさせられるし楽しそうだなぁ。ところで避寒地と言えば、ダニエルのところも比較的暖かくて過ごしやすいって聞くよ。そのためにたくさん貴族の別荘地があるらしいね。君のところとヒューのところは領地が隣接しているけれど、何か違いはあるのかい?」
僕は集団の中に埋もれていたダニエル・コーリンに声を掛けた。話を振られると思っていなかっただろうダニエルが驚いた顔をしたのち、嬉しそうに話の輪に加わってくる。
「そうなんです、殿下。暖かく過ごしやすい気候と言えば我がギルヴァレーを除いて他にはありません。我が領地は彼のところなどとは比べ物にならないほど風光明媚な場所で、更に私どもの屋敷を置く領都は人口も多くなかなか見どころがある場所なのです。小さいながら有名な建築家の手がけた劇場もあり、王都で有名な劇団の巡業も年に数度ございます。観劇を好まれる殿下におかれましては、その滞在期間に決して飽きることなくわが領地を楽しむことができるとお約束いたしましょう。もし避寒地をお探しの場合は是非我が領へお越しいただけたらと」
「おい、貴様。最初に殿下にお伺いを立てたのは私だぞ。後から私たちの会話に割って入ってくるんじゃない。卑しい田舎者め」
ロンタリオが苛立ちも露わに話に割り込んできた。
「殿下から話を振っていただいたからお答えしたまでに過ぎない。私がお前に非難される謂れなどない。黙っていろ」
「調子に乗るなよ、コーリン風情が」
あっという間に口論を始めた二人を宥めていると、周囲の参加者たちからの視線が集まる。そして、騒ぎが大きくなると踏んだ周囲の男たちが彼らをどこか会場の端の方へとあっという間に追い払ってしまった。
ざわめきは遠ざかり、また場が元通りになる。僕は周囲に肩を竦めて見せる。誰もがあきれ果てたという顔をして、二人を見送っていた。僕は会話が途切れたので、手に持っていたワインで唇を湿らせる。
すると、別方向から控えめに声を掛けられた。声のした方を見ると、ダグラス・ウェリントンだった。僕の一つ上の学年で、この国の西部に領地を持つ伯爵家の三男だ。
「何かな、ダグラス?」
僕の許しを得て、ダグラスが人好きのする顔を笑み崩して言葉を続ける。
「もうオペラの最新作は見に行かれましたか」
思いがけない彼の言葉に僕は興味を惹かれる。
「いや、まだだよ。先週初演があった舞台のことだよね?君がオペラに興味があるとは知らなかった。お勧めなのかい?」
「はい。脚本もさるものながら、演者も素晴らしい歌手を集めておりまして、演出や音楽も見ごたえがございます」
「なるほど。記憶に留めておこう。それで?何かあるのかい?」
「実はその舞台に、当家で目を掛けている男が主演しているのです。シルヴァリオという若手で、年は十九故にまだ技術に甘い所はあるのですが、力強い歌声と幅広い声域が持ち味でして、今注目を集める若手の一人なのです」
「主演?それはすごい。寡聞にして僕は彼を知らないけれど、君の家で贔屓にするほどの歌手なのだから、きっと光るところのある人物なのだろうね。それにしても、君が芸術愛好家というのは知らなかった」
「はい。実は私の家は最近になって文化振興にも力を入れておりまして」
「それは素晴らしいことだ」
「はい。それで、最近、私自身も芸術のすばらしさに目覚めまして。仲間内で、よく観劇や絵画の展覧会に足を運んでいるのです」
「なるほど」
「殿下もどなたかの後援をなさっていたりするのでしょうか」
「いや、残念ながら今はそういうことはしていない。僕自身は是非お気に入りの歌手や俳優を支援したいと思っているのだけれど、立場上なかなかそうもいかなくてね。私が特定の人物を援助してしまうと、色々と問題があるだろう?」
「とおっしゃいますと?」
「うん。つまりね、僕が支援している者たちと、そうでない者たちとの間で、決定的な差が生まれてしまうかもしれないんだよ。僕が支援していることが世間に知られれば、僕に取り入ろうとする者たちが、僕に追従して、その一人をひいきしてしまうようになるかもしれない。それは芸術の世界全体の大きな歪になる。本来なら別のものに行くはずだった支援が、一人に集中するなんてことも考えられる。わかるだろう?きっと、それ以上の弊害が生まれるはずだ。そしてそれは文化の発展をきっと阻害してしまう。だから僕は特定の誰かを支援することはできないんだ。難しいことだね」
「さすが殿下。そこまで深く考えて芸術という文化の発展を考慮しておられるのですね」
「立場というのは、なかなかやっかいなものだよね」
「そこで、です。殿下」
彼が前のめりになった。その目は怪しく光っている。これはあれだ。面倒くさいヤツだ。
「私どもが、その殿下の芸術全体への愛や情熱を、つまり支援し発展させたいというその思いを、殿下に代わって行う、つまり代行業のようなことをしたいと思っているのです。殿下のお名前を出すことで望まぬ事態になってしまうのを避けるためにも」
「代行?」
「はい。例えばですが、殿下が直接後援するということになれば、名前を隠し通すことは不可能です。ですが、たくさんの志を同じくする芸術の愛好家たちから支援金を集め、我々が一括で管理し、そしてそれを、芸術家の卵である有望な新人たちへと分配すれば、匿名性は守られます。あるいは、集まった資金で各地に新しい劇場を建設したり、公演の宣伝をしたり、観劇チケットの販路の拡大、劇団そのものの後援など、ぱっと挙げるだけでもこのように多岐に渡る支援を迅速にするということが可能になります。芸術をもっと一般の人にも触れやすくするというようなことにも繋げられるはずです。劇場の数自体を増やすのですから。それに劇場が増えれば劇団も増え、様々な催しが一年を通じて国中で開かれるようになるでしょう。そうすれば、たくさんの国民が芸術を楽しめるようになります」
「庶民が芸術に触れる機会を増やすというのは素晴らしいことだね」
「そうです。殿下が支援したいという気持ちを、そのお立場故に大々的にはできないことを、私どもで代わりに行うのです」
「でも、どうやって?」
「なに、簡単なことです。私どもが財団を立ち上げ、殿下の資産の一部を基金として運用するのです。財団を立ち上げれば税金も一部免除されます。資金を十分にその活動に費やすことができます。それに、人を雇って一括で芸術に携わる事業を行えるのです。効率的ではありませんか?しかも、煩雑な処理や仕事は全て我々が請け負いますので、殿下の手を煩わせるようなこともございません。時々殿下のご要望をお伺いし、それに沿うような形で適切に財団を管理運用することで、殿下の望むままに芸術界隈を盛り上げていくことができます。計上された利益につきましても殿下や出資者の方々に優先的に還元していき、私どもはほんのわずかな金額を、そう、手間賃としていただくような運営を検討しております。いかがでしょうか」
「あぁ、なるほど」
彼の話を最後まで聞いた僕の感想は、またこの話かというものだった。内心僕はうんざりする。
「残念だけれど、その手の話は他からも色々聞いているんだ。目新しさもないし、惹かれる要素もない。今までも散々検討してきた。結構だ。僕は僕のやり方で支援していくよ」
「私どもには、こういった事業に経験豊富な者を十分な人数擁しておりますので、きっとご期待に添えるような働きをご覧にいれます。是非殿下、詳しい話を後日」
ダグラスが一歩前へ踏み出す。
「それ以上喋るな、近寄るな。殿下が否だと言っているだろう」
息のかかりそうなほどに前のめりになる彼と僕との間に、エリックが凄みを効かせて割り込んでくる。そのエリックを憎々し気に彼がにらみつける。
「エリック、邪魔をするな。何の権利があって、私と殿下の会話に割り込もうと言うんだ」
「それ以上は不敬だというのは、わかるだろう、ダグラス。言葉にされないと理解できないほどお前は低能なのか?」
エリックの冷たい言葉に頭が冷えたダグラスが、はっと周囲を見回して、自分が貴族連中の冷たい視線晒されていることに遅まきながら気づいた。彼は顔を伏せて何事かを言うと、居心地悪そうに退散していった。
「ありがと、エリック」
「いつものことだ」
そういってエリックが少し距離を置く。
すると、話が途切れたところですかさず別の男が声を掛けて来た。今度はデミアンが切って捨てるように言う。
「殿下は、お前らの相手をするためだけにここにいるのではない。これ以上くだらないお前らの無駄話のために殿下を引き留めるというのなら、我が家からお前たちの家に抗議をいれさせてもらうぞ」
彼の言葉に、声をかけてきた男は渋々諦めてくれたようで、それに続いて僕らを囲んでいた人垣が割れた。
こういう場で必死に機を窺って話しかけてくるのは、僕と直接話すパイプを持たない中位貴族や下位貴族がほとんどだ。侯爵家などは必要があれば僕に連絡を取り次ぐこともできるので、こういう場で必死になって話しかけてくる必要はないのだから。
そして、このように必死に僕の気を引こうとするのは、もちろん将来を見据え、貴族として生き残るためだ。爵位を継げない男たちや、実家の経営がうまくいかない嫡男たちにとって、僕とのつながりは起死回生の一手となりうる。それ故に貴族家の男子たちの売り込みは手段を選ばない。しつこくどこまでも食い下がり、不必要な発言をすればそこを足掛かりにしてどんどん話を推し進めようとしてくる。彼らの必死さが為せる業だ。あの手この手で会話を引き延ばし、僕を勧誘する。断っても断っても彼らは諦めない。
その後も、あきらめきれない男たちがぽつぽつと声を掛けてきて、その度にデミアンとエリックが上手く捌いてくれた。こんなとき、ほかの側近候補たちは全く役に立たない。逆に彼らと同じように僕に取り入ろうとしてくる始末だった。本当は縁を切りたいのだが、そうもいかないのが貴族の面倒なところでもある。
そのまま二人の助けを借りてなりふり構わず取り入ろうとしてくる男たちの集まりから抜け出すと、今度は待ち構えていたご婦人方に囲まれる形となった。
華やかな衣装が目に鮮やかだ。
ミラー伯爵家のアデラインがそんな女性たちの集団から一歩進み出てきて、見事なカーテシーを披露してくれた。
「やぁ、アデライン嬢。こんばんは。いつもお美しい」
僕は立ち止まって声を掛ける。僕の呼び掛けに彼女が計算されつくした完璧な笑みを浮かべて口を開く。
「殿下、お久しぶりでございます。本日はご機嫌麗しくございますか?」
さきほどまでの僕のやり取りを見ていたのだろう。笑い含みに彼女がそう言った。
「あぁ、ありがとう。やはりたくさんの人を相手にするとね、嫌ではないけれど少し疲れを感じてしまうね。でも、今こうして美しいご婦人方を見たおかげで疲れも吹き飛んだよ」
「まぁ、お上手」
「本当さ。季節柄、この会場には花が少ないからね。こんな時期だからこそ華やかな女性が僕たち男どもの心を潤してくれるよ。僕はエリックが羨ましい」
僕の言葉に、周囲の男たちから笑い声とエリックの鼻を鳴らす音が聞こた。そして目の前の女性たちからころころと鈴を転がしたように笑い声が届く。
僕の気安い受け答えにさらに数人のご令嬢がやって来て僕を取り囲んだ。ガルシア男爵家のヴァレリアとその友人たちだ。彼女たちの社交界での評判はあまり芳しくない。つい今しがた、やっと貴族の子息達との会話というか一方的な売り込みを乗り切ったと思ったらこれである。
アデラインが彼女らに気付くと、僅かに表情を強張らせる。
「殿下、私急用を思い出しましたので、この場はひとまず失礼させていただきます」
「そうかい?それは残念だ」
「申し訳ございません。また後で、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ」
僕が返事をすると見事な所作でお辞儀をして堂々と立ち去っていった。一時も彼女らと同じ空気も吸いたくないといった様子だった。
去り際に婚約者のエリックに何やら囁き、エリックがそれに頷くのが見えた。
目の前には麗しくもやっかいなご婦人方がいる。僕はこの後に繰り広げられるだろう会話を思うと少し憂鬱な気持ちになった。デミアンが大丈夫かと声を掛けてくれた。その視線は、僕の返事如何によっては追い払おうという強い意思が見えた。
僕はそれに首を振る。
すると、待ちきれないといった風に、アデラインが去るのを見送ったヴァレリアたちは僕の許しもないままに勝手に話し出した。
それを聞いた周囲の者たちが、良識ある者たちが彼女らを諫めようとしてくれるのを制して、僕はそのまま話をさせた。ここで、彼女らを諫めるのも面倒な気持ちになってしまっていたからだ。
僕が止めないのを良いことに、彼女らは話題をあちこちに飛ばしながら楽し気にどうでもいいようなことを話す。どこで聞きかじったのかわからない夢物語と、全く裏付けの無い自らの優秀さのアピール、自分の家の事業の話等、根拠のない妄言と言ってもいいような話を延々と。
少しだけ疲れを感じたが、僕はそれを表に出さないよう気を引き締める。顔に笑みを張り付けて、目の前のご令嬢たちの話に耳を傾けた。先ほどとは違う種類の苦痛の時間だった。
とめどなく飛び出る言葉を僕が聞き流していると、気付いたときには自分の血がいかに稀有で素晴らしいのかを、言葉を替えてこんこんと語り続けていることに気付いた。彼女曰く、実家の男爵家はそれなりに続く由緒ある家で、何代か遡れば王家の血筋の者まで辿れるとのことだった。
しかし、それが仮に事実だとしても、僕の心には全く響かなかった。なぜなら、この国の歴史は大陸を見渡してもかなり長く、それなりの古い血筋の家系であるならば、何代かさかのぼれば王家の血を受け継ぐ誰かと繋がってしまうからだ。僕は彼女の言葉に、そんなことを考えながら曖昧に頷いていた。
「今日のために特別に作らせたドレスですの。殿下の慰めになれば幸いですわ」
どういう話の展開でそうなったのか全く分からないが、彼女が唐突に、おそらくアデラインへの対抗心からなのだろうけれど、そんなことを言ったかと思うと、その場でくるりと回って見せてくれた。ドレスの裾が空中でふわりと広がる。公的な場で行動に移すには少しはしたないような気もしたが、しかしそれは実に愛らしい仕草だった。周りの男どもがだらしなく鼻の下を伸ばしている。
「実に良く似合っているよ。妖精もかくやと言わんばかりだ」
とりあえずお世辞を言っておく。
「ありがとうございます。殿下のお好みに合いましたかしら?」
僕は彼女の意図に気づいていないふりをして、似合っているとだけ繰り返した。
「殿下は可愛い女性が好きなのだと思っていましたが、こういうのは好きではありませんでした?」
「よく意味がわからない」
僕はわかっていない振りをした。ささやかな抵抗だ。
彼女は頬に手を当てて少し唇を突き出すようにして考えごとをしている風だ。それは、少し子供っぽいような、演技過剰なような、なんとも言えない仕草だった。そして僕の表情を窺うようにじっと見つめてくる。少し不躾ではないだろうか。
そのまましばらくあって、彼女はふっと表情を緩める。彼女の振る舞いは僕に全く訴えてくるところがなかった。僕の様子に一瞬不満そうな素の表情を見せると、すぐに取り繕って彼女が口を開いた。
「殿下はどういった女性が好ましいと思われます?」
その表情は先ほどまでの子供らしい無邪気さとは打って変わって、少し小生意気そうな笑みを浮かべて僕に質問を投げかけている。心なしか胸を張って立ち、その立ち姿も先ほどの小動物然とした様子からだいぶ違う堂々とした印象を与えるものへと変わっている。
その変わり身の早さに僕は舌を巻く。
自らの容姿に絶対の信頼を置いているだろう彼女は、自信ありげな微笑みを浮かべていて、その勝気な様は、好きな男にはきっと刺さるに違いない。
「好ましいとは?私から見ればこの会場にいらっしゃるご婦人方の全てが素晴らしく見えます。皆さん本当にお美しい」
当たり障りのない答えに彼女は満足しなかった。蝶よ花よと育てられた彼女には、満足いく答ではなかったようだ。そのことが、表情から分かる。
まぁ、まだ十八の女の子だ。
「ええ、そうでしょうとも。会場の皆様が今夜のために特別に誂えた衣装で本当に華やか。男性も女性もまるで南国の蝶のよう。ひらひらと飛び回り目が回りそうなくらい。殿下も本日はとてもお美しいですわ」
「ありがとう。でも、本日のヴァレリア嬢には遠く及ばない」
「ありがとうございます、殿下。でも今日は衣装選びを間違えてしまったみたい。殿下はあまり私を見てはくださらないんですもの」
「いえ、そんなことはないよ。女性を不躾に見るのは失礼というもの」
「あぁ、私は花になりたい。たった一匹の蝶が止まってくれるような」
そう言って僕を意味ありげに見つめている。
「美しい蝶に選んでもらえるような一輪の花に。私の言いたいこと、お分かりでしょう?」
彼女はうっそりとほほ笑んだ。君は食中植物みたいだ、とは言えなかった。さすがに女性に対してそれは失礼すぎた。
「蝶のことはわからないけれど、女性は花というのは同意するよ。君のそのドレスは実に素敵だ。それにそのネックレスがよく今日の装いを引き立てている」
僕は話題を変えるために意味のない、もっともらしいことを言ってみた。
「まぁ、さすが殿下。お気づきになられましたのね」
彼女が手を叩いてはしゃぐ。大事そうに青い石のついたそれを良く見えるように持ち上げて言う。
「実は我が家に伝わる家宝ですの。これこそまさに、先ほど申し上げた王家に連なる血筋の方の遺した品ですのよ。王家の方にはこの物の価値がきちんとお分かりになるのね。引き寄せ合うように。私が何も言わないのに殿下はお気づきになられたんですもの。これはきっと運命です。そうはお思いになりませんか?」
えぇ、何それ。知らないよ。目に付いたから言っただけなんだけれど……。
しかし彼女は僕の内心など知らずにそう言ってうっとりと見上げてくる。熱っぽい瞳で僕を見つめている。それを見たデミアンが僕のすぐ側で身じろぎした。表情を崩さないのはさすがというほかない。
「僕にはそういうのはよくわかりません」
「男性は女性よりも鈍感ですものね」
「ええ、そうだね……。きっと、そうかもしれないね」
「私はしっかりと運命を感じているのに」
「……僕は運命なんていう不確かな物よりも、現実のほうが大事だと思っているよ」
「ええ、そうですわ。今こうして私たちが会話しているこの現実のほうがより重要ですね。そして、それこそが運命なんです」
彼女はもう僕の言うことにはなんでも運命を見出しかねない様子だった。
「殿下は、ええとその、どういった女性が好みでいらっしゃいますの?」
僕の薄い反応にしびれを切らしたのか、猛禽類のような瞳で彼女はとうとう単刀直入に質問してきた。好ましいやり方ではないけれど、なかなか胆力があるなと僕は感心してしまった。これほど素っ気なくされても諦めないのだから。だから、僕はつい会話を続けてみようという気になってしまった。
「僕の好み」
僕は考える素振りをする。
「そうだな……」
彼女が期待を込めた目で僕を見つめている。そのとき、僕はふとひらめいて、その思いついたままに答えた。
「運動をしている方が好きですね」
ヴァレリアが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。全くの予想外だったようだ。それが面白くて、僕は吹き出しそうになるのをごまかすのに苦労した。
「運動、ですか」
「はい。ほどよく筋肉がついてすらりとした手足の長いような人が、好ましく見えます」
「筋肉……」
「想像してみて下さい。毎日訓練をして実用的な筋肉が全身についている。素晴らしくはないですか?あぁ、王立軍や辺境軍に所属しているような方なんかはさぞ素晴らしい筋肉をお持ちでしょうね」
「軍……?」
「はい。僕も毎日訓練をして体を鍛えてはいるのですが、やはり本職の方々のには敵いません。しなやかで柔軟で。見る者の目を楽しませてくれます」
彼女の混乱が手に取るようにわかる。僕は笑いそうになってしまった。
すると、その傍で、デミアンが驚愕の表情で僕を見ているのに気づいた。あぁ、しまった。彼を混乱させてしまったかもしれない。僕はそう思った。事情を知っているデミアンが、あらぬ想像をして狼狽えている。後で誤解を解かなければいけない。すまない、デミアン。
「あの、殿下?」
僕はここで会心の笑みを浮かべて見せる。彼女が一瞬怯んだように見えた。
「あぁ、すみません。僕の好みの話でしたね。僕は体を動かすのが好きなのですが、やはり一緒に運動できる方がいいと思います。見た目がどうこうではなくて、一緒に何かを楽しめる人が良いと思っています」
「まぁ、殿下は高潔でいらっしゃるのね。見た目よりも中身を見ていらっしゃる」
「はい。人は外見よりも中身が大切ですから。自分のやるべきことを頑張る人が、為すべきことを為そうと努力する人が好きです。あぁ、うん。そうだ。やはり、僕はやるべきことを為し、誰かのために一生懸命に行動できる人が一番好きです。そういう人と出会いたい。素晴らしいことだとと思わないかい?ヴァレリア嬢」
「ええ、ええ、そうですわね。私も全く同じ意見ですわ。殿下のように高潔で、弱い者のために行動できる人が好きですの」
混乱から立ち直った彼女はすぐさま全てを取り繕う。
「私たち気が合うと思いません?」
「そうですか?」
何をどう答えても気が合うということにしたいらしい彼女に、僕はそっけなく答えたが、そんな言葉にも彼女はめげない。少し不満そうな表情が再びその顔に現れた。
潤んだ瞳で僕をじっと見上げている。意志の強そうな目、透き通る肌、形の良い顎、形の良い唇。その唇が薄く開かれる。
「ひどい人」
「冗談ですよ」
「誤解なんですのよ」
「誤解、とは?」
「私、世間で言われるほど遊んでる女でもはしたない女でもありませんわ。男性と二人きりになったり、友人と家の外であったりなんてこともいたしませんし、まして、こういう場で誰彼構わず愛想を振りまくなんてはしたない真似したこともありません」
「そうなんですね」
「ええ、そうです。殿下が私についてどんな噂を聞いていらっしゃるか存じ上げませんが、全て眉唾なことですのよ。きっと私に嫉妬した誰かが流した根も葉もない話です。信じてください。もちろん、周囲に良い印象を与えるために少し愛想良く振る舞ったりしますわ。でも、それって普通のことじゃありません?誰だって、誰にも嫌われたくはありませんでしょう?」
「言いたいことはわかるよ。そういう誤解は往々にして起こるものです」
「あぁ、良かった。それがちょっと、純粋な男性方に勘違いを生ませてしまうみたいですの。私、全然そんなつもりはありません。本当です。信じてください」
「ええ、わかります。女性のそういった態度に男っていうのは勘違いをしてしまうものです」
「そうなんです。あぁ、殿下にも勘違いされていたらどうしようって、私、そればかりが心配でしたの。ですから、今日はこうして、勇気を振り絞ってお話ししようって思ってやってまいりましたの」
「なるほど」
「殿下から見て、どうです?私、そんなに軽い女に見えますか?」
「どうでしょう」
「仰ってくださいな。私はそんなに卑しい女に見えます?」
「とんでもない。とても魅力的ですよ。会場にいる女性の方々は誰も皆お美しい」
「私はどうです?」
「とても、美しいと思います。男なら誰が見てもそう思うでしょう」
僕がそういった瞬間、彼女が舌なめずりをしたような気がした。もちろんそんなことは現実にしてはいないが、彼女の目の輝きが、そう僕に錯覚させた。
「あの、もしよろしかったら、その、もっといろいろなことを別の場所で、ご一緒に語り合いませんこと?もっとお互いのことについて深く、どこか人目のないところで?」
潤んだ瞳で見上げてくる。ここまでくると大女優だ。
「ですが、僕は主催の一人として、この場から離れるわけにはいきません。ご理解ください」
「そんな。殿下、私たちがこうしてお話できる機会はそう多くはございませんわ。是非、お互いのことを深く知る良い切っ掛けにいたしませんこと?お互いのことを、深く知る……。そんな出会いに?」
「深く……」
彼女の頬がわずかに紅潮している。
「ええ、どこか別のところで?私少し疲れてしまいましたわ。ずっと立ちっぱなしなんですもの。ゆっくり腰を押し付けて、私たちのことを、もっとお話ししたいのです」
彼女の囁きを聞きながら、僕はまたこれかと思っていた。想定の範囲内ではあるが。
ヴァレリアのような女はどこにでもいる。美しく着飾った彼女たちは、僕との会話の中で裏の意図をちらつかせながら、裏の意味をこっそりと忍ばせながら、少しずつ少しずつ近寄ってくる。
僕を誘っている。
明確にそうとは言わないけれど、彼女らは僕を妖しく誘う。毒を混ぜるように、言葉の端々に媚薬を流し込む。王宮側で客人のために用意している客室で、二人だけで過ごそうと、彼女らは迂遠な語り口で誘いをかけてくる。
その視線が、仕草が、表情が僕を誘惑している。意味ありげに半ば開かれた口と、その隙間から覗く艶やかな舌、潤んだ瞳、熱っぽい視線。そして彼女らは致命的な言質は取らせない。
カインが気をつけろと言ったことはまさにこれだった。既成事実。子供の一人でも孕めばどうとでもなると思っているのだろう。のこのこと罠にはまった僕に、僕の子を盾に結婚を迫るのだ。そのなりふり構わぬやり口。
うんざりする。
僕の顔と地位に惹かれて、貞淑からかけ離れた行いを自ら進んでする女性たちの、そして僕の地位と金に惹かれて取り入ろうとしてくる男たちの、人の持つきれいではない部分を見せられるたびに、僕は人間不信になる。
だから僕はあまり他人に興味がない。思春期を過ぎるころには既に悟っていた。誰も彼もが、僕自身ではなく、その後ろにある未来の玉座を見ているのだということに。
皆、僕の顔と地位と金と権力を見ていた。男たちは僕を利用することしか考えていないし、女たちは僕を踏み台にすることしか考えていない。機を窺い、媚び諂う顔を見るのはたくさんだった。
いつしか僕は他人に期待することをやめていた。心は倦んでいく一方だった。
キースの顔が自然と思い出された。
彼と比べれば、僕の周囲に集まってくる者たちのなんと薄っぺらいことか。
「二人きりで、ですか?」
僕は想像の世界から帰還する。もはや、彼女と会話しようという気持ちは消え失せていた。あまりにも無駄だったから。
「まぁ!いえ!そんなはしたないこといたしませんわ。私の侍女も一緒です。殿方と二人きりだなんて、婚前前の娘のすることではございませんもの」
計算され尽くしたたような大げさな表情や仕草は全てが可愛らしかった。
「ええ、そうでしょうとも。もちろん、僕もそう思っていました。ヴァレリア嬢は貞淑でいらっしゃるともっぱらの評判ですからね」
心にもないことを言った。矛盾だらけの発言だったが、彼女は気にしなかった。
「ええ、そうですの。私、ですから、今こうして殿下とお話するのもとても緊張しています」
「そうなのかい、とてもそうは見えなかった」
「まぁ。例えそんな風に見えなかったとしても、本当の私は全然そんなことありません。今もちょっと……緊張で、眩暈が」
「おや、それはいけませんね」
「どうぞお気になさらないでくださいませ、殿下。私こんなにたくさんの男性に囲まれるの初めての経験ですの。それに、私が殿下とお喋りがしたくて、ここにいるんですもの。それくらい耐えて見せますわ」
「なんと気丈なお方だ」
「ええ、でも、私、気丈に振る舞っているだけですのよ」
「ええ、わかります」
面食らってしまう。最初から最後まで彼女は徹頭徹尾演技しかしていないのに、何を言い出すのかと思った。
「本当の私は、とっても弱い女なんです。どなたか、私の体調が戻るまで側について見守っていてくださらないかしら……」
「あぁ、それはいけない」
僕は彼女の腰に手を回して支える。ヴァレリアが歓喜の表情を一瞬その顔に浮かべたのを僕は見逃さなかった。
「そこの君!彼女を休憩室へ連れて行ってくれたまえ。眩暈がするそうだ」
「え?え?殿下?」
始めて彼女の素の声を聞いた。案外落ち着いた声色だった。
「で、殿下?」
「無理をしてはいけないよ、君」
僕は彼女を安心させるように力強く頷いて見せる。
「心配はいらない」
すぐに近くを通りがかった給仕係の一人が持っていたグラス類を同僚に渡すと、彼女を休憩室へと案内しようとこちらに近づいてきた。
「彼女を休憩室へ」
そう言って、僕はヴァレリアの華奢な体を給仕係へ預ける。
「殿下、どうか殿下もご一緒に」
「僕はまだこの場から離れるわけにはいきません。ゲストの方々を歓待するという役目が残っておりますので」
「でしたら、後ほど!私のところへいらしてくださいな。まだ話し足りませんの」
「ええ。時間がありましたら、是非」
そう言って僕は彼女を送り出す。ちらちらとこちらを見ながら歩き去っていく彼女を見送っていると、僕のそばに勝手についていたゼル・ナリスが、様子を見て参りますと言うなり彼女たちの後を追って歩き去った。止める間もなかった。
その遠ざかる彼らの背を見送りながら、デミアンが首を振った。ゼルは男の間では好色で有名だったからだ。この後何が起きるのかは容易に想像できた。
まぁ後はあの二人の問題だ。どういう人間なのかを悟らせた彼女の落ち度とも言える。もはや僕が彼女を手助けする義理もない。
僕は気を取り直すと、先ほどのやりとりをあっけにとられて見ていた集団を抜けて進む。
女性たちの相手をするのに疲れ、また人いきれに酔った僕はデミアンとエリックだけを連れて人気のないところを目指した。この広い会場にそんな場所などあるはずもないので、バルコニーへ出ようとしたら、デミアンもエリックも僕が冬休みの終わりに風邪をひいたことを聞きかじっているのだろう、吹きさらしの外にでることに難色を示した。
「ちょっとだけだよ」
僕がそう言うと二人は渋々引き下がった。後からぞろぞろとついてきそうだった者たちには、申し訳ないが一人にしてほしいと言いおいて、窓を潜り抜ける。すると、僕の目に真っ白な月が夜の闇を背景にして白々とした光を投げかけているのが目に入った。それは心が洗われるような静謐な風景だった。
眼下の広大な庭は冬枯れで物寂しくはあったが、常緑の木々は濃い緑の葉を雪の下に隠している。そして、整然と手入れされたその眺めは、緑の茂るときのそれとは違った趣があった。
もうすぐ二月のこの時期、王都は一年で一番冬の厳しい頃合いだったが、今夜は雲一つなく晴れ渡っていた。風もほとんど無くて、人酔いを醒ますのに丁度良かった。
周囲に目をやるとさすがにこの時期だからだろう、バルコニーには、人はまばらだった。
男が二人でなにやらひそひそ話をしていたり、男女が何組か、手すりに寄りかかりながらあるいはベンチに腰掛けながら仲睦まじげに語りあっている。
僕は二人を供に、窓ガラス越しに外から会場の中を眺めやる。万華鏡を覗き込むのに似ていると思った。
王宮にある最も広い舞踏会場に詰めかける多くの貴族とその一族の姿が良く見える。この日のために練習を積んできた王立軍お抱えの楽団が、プログラムに合わせて楽器を演奏し、会場を沸かせてている。その音楽に合わせて人々が楽しそうに踊っていた。
今日はこの舞踏室のほかにも休憩歓談用の大部屋がいくつも解放され、また立食形式の食事を提供するための部屋もいくつか解放されている。さらには、酔ったり具合が悪くなってしまった人が休むための個室も。
多くの給仕係や案内係が、せわしなく会場を行き来している。彼らは会場に集まった招待客の求めに、こまねずみのように動き回っていた。
今日の舞踏会で見聞きしたことを思い出しながら、吹きさらしのバルコニーから僕は舞踏会の様子を無感動に眺めていた。
ふと、出来るなら、もっと自由に人と関わりたいと思った。言質を取られないように気を配りながら空虚な会話などしたくはなかった。
そんなようなことをつらつらと考えていると、冷たい風が一陣吹いた。
寒さに僕が体を震わせたとき、男女の会話が耳に入った。声のしたほうを見遣ると、一組の男女が居た。
「たしか、ダヴィッド男爵家の三男ギュンターと、おそらくファーン子爵家四女のウィレーヌです」
エリックが教えてくれた。
彼らは僕らが見ていることに気付くことなく、ベンチに二人で腰かけている。正装の上から厚手の外套を羽織ってはいるが寒そうだ。その二人が寒さに耐えるように肩を寄せ合って座っていた。
流れ聞こえてくる会話から察するに、結婚を見据えた将来の話し合いをしているらしかった。しかし、まだ婚約もしていないらしく、だからこんなところに隠れて会話をしているのだ。
僕は少しだけ興味を惹かれて、じっと耳を澄ませた。
「ウィレーヌ、僕には勇気がだせないよ」
「大丈夫よ、ギュンター。私がいるわ。家はたしかにあなたのところよりほんのちょっとだけ爵位が上だけれど、田舎の貧乏貴族なんですもの。引け目なんて感じる必要はないわ。それにね?私は女ばかりの姉妹の四女よ。もう両親なんて私にはなんの期待もしていないわ。見て、このドレス。お姉さんのおさがりなの。やんなっちゃう」
「きれいだよ、ウィレーヌ」
「ありがと。だから好きよ。それでね、そんな扱いのあたしが誰のところに嫁に行ったって、父さんも母さんも気にしないと思うの」
「でも、僕は三男だから爵位も継げないし」
「たいていの貴族がそうよ。あなただけじゃない」
「君は平気なのかい?僕と結婚したら、その、平民として生きていかなければならない。商家の息子とかが相手なら、場合によってはそれなりの暮らしもできるんだよ。僕には将来性があるのかも怪しい」
「あら。そんなこと気にしてたら、あなたと恋仲になんてなったりしないわ」
「まぁ、確かに」
「後はあなたの決断だけなの。今両親が王都に来てる。話をするなら今を置いて他にはないの。ね?ギュンター、お願いよ」
「ウィレーヌ……」
「もう私も十八よ?もたもたしてたら、全然知らない人と結婚させられちゃう。お願い」
「うん」
「それに、私信じてるの」
「何を?」
「あなたの才能と賢さよ。この前話してくれたでしょう?」
「でもあれは冗談みたいなもので、なんの実現性もない夢物語みたいなものだよ」
「私も協力するわ。二人でやってみましょう?」
「本当に?」
「自分を信じて。あなたはすごい人よ。だって――――」
僕はキースのことを考えながら仲睦まじい二人の会話をぼんやりと聞いていた。男女の飾らない素朴な会話が、僕の胸に響いた。
二人の関係が羨ましいと思ったのは内緒だ。




