2章 44話 取引
「セルマ様、使われていない別棟を急に掃除しろとはどういうことでしょうか。」
ギルド員の一人がセルマに急用で呼びつけられ、ここ最近使われることのなかった別棟にある倉庫の掃除を言い渡された。
「魔法研究のために、外部から客人を招くことになった。
そのために、新たに客間が必要となった。
今後別棟の倉庫を簡易的な客間とするから今から
急いで掃除をしてほしい。期限は明日の昼だ。」
「明日の昼?!・・・ですか?」
その日の昼過ぎに呼び出され、翌日の昼までと言う約1日しかない期限にギルド員は驚くが、かろうじて平静を装うとした努力が見られる。
「私も、厳しいことを言っていることは承知しているわ。
けどここ最近の魔術師ギルドの停滞を覆すためなのよ。
最重要案件だと思ってやって頂戴。」
魔術師ギルド長からの指示とあっては一介のギルド員は従わざるを得ない。
「わかりました。
私一人では無理ですので、数人借りていきます。
また、少しは客間らしくなるように、研究所から
家具を借りていきますね。
どうせここにあっても書類置きにされるだけで
しょうし。」
ギルド員は優秀だったようで、必要なことだけをセルマに告げると掃除に向かった。
「あいつ、本当に来るんでしょうね・・。
こなかったら承知しないわよ・・。」
セルマは指定された場所を顔合わせの場、また今後ともそこを利用してもらうために着々と準備を進めて行くのであった。
「シス、そろそろ時間じゃないのか。」
外はすでに暗くなっている。夜と言う曖昧な時間を指定しているのだから、そろそろ向かってもおかしくはない時間だった。
「いいえ、サトル様。今しばらくゆっくりなさいませ。」
「どうしてだ?わざと遅れるつもりか?」
ゆっくりしろと言うシスの言葉にサトルは聞き返す。シスが何か意図をもってそうしようとしていることがサトルにはわかったからだ。
「その通りです。
今回、提案をするのはこちら。受けるのは相手ですが、
相手を待たせることによって、こちらが優位、上位であると
相手に理解させる必要があります。」
これが仕事だと仮定するのであれば、この世界で最大手と言ってもおかしくない魔術ギルドの立場の方が上に決まっている。だが、サトル達の立場はまだ魔術師ギルドより下だと決まっていないのだ。
今回の取引に対し、こちらが下手に出るようであれば、相手は要求を釣り上げたり等するかもしれない。
「万事お任せください。」
シスが恭しく頭を下げて来る。
とても頼りになる反面、以前のような危なっかしいことをしでかすため、半信半疑になってしまうこともあるが、今回は全面的に信用することにする。
「わかった、任せる。」
サトルはそう言うと、今しばらくゆっくりするためソファーでくつろぐのであった。
魔術師ギルドの別棟の倉庫はセルマの指示通り綺麗に清掃されていた。
それどころか、倉庫だったとは思えないほど整った客間となっていた。
「しかし、こうも変わるとはね・・あのギルド員のセンス、
捨てがたいものがあるわ。
いっそギルドの中のこういった手間を全てやらせるのも手ね。
それにしても、あのテーブルはどこかで見た気が・・・
そうだわ、確か副ギルド長の部屋にあった物にそっくりよ。。
この椅子は、間違いなく魔術師ギルドの応接間にあった物よね。
まあ、あそこで誰かと対面することなんてなかったからいいんだけど。
あっちに飾ってある絵画は、受付にあったものに似ているけれど・・
受付嬢が気に入ってた気がするわ。大丈夫かしら。
って、このソファー!私の部屋の物じゃない!」
セルマに指示されたギルド員は、セルマの指示だと言うことをいいことに自身のセンスの赴くままに倉庫を改造していた。
「こんなところに、お茶のセットまで揃えてある!
この茶葉の香り・・嗅いだことないわね。新たに買ってきたのかしら。
あ、見つからないと思ってた飲み物を温めるポット!
良い値段になりそうだからって売る予定だったはずなのに。
こんなところに持ってこられてたなんて・・・。」
今度は新たにお金がかかりそうな案件を見つけてしまい、セルマは頭が重くなった。
「それにしても、夜なんて曖昧な時間を指示したせいで、
こっちは待たないといけないわ。
全く・・いつになったら来るのかしら。」
事前に、セルマ一人で客と会うこと、詮索は無用であることを関係者には告げておいたので、今部屋にはセルマ一人しかいない。ギルド員が一応紅茶を入れてから部屋を出て行ったこともあり、お茶と茶菓子だけはテーブルの上に置かれているので手持無沙汰にはならなかったが。
そして、セルマが茶菓子を食べているとドアが音を立てて開かれた。
急な事にセルマは心臓を握られたような気持になる。
開かれたドアから入ってきたのは、ギルド員の一人を肩に抱えた黒いローブの男だった。
「ギルド員に外を見張らせているとはね。
魔術師ギルドマスター殿は警戒が厳しい。
はて、今回の取引はご破談で、私たちを
捕まえるつもりだったのかな?」
黒いローブの男はギルド員を床に降ろすと、ギルド員は力なく横たわった。どうやら意識を失っているらしい。
「いや・・私は指示などしてはいない。
こちらのギルド員が勝手に動いたことだ・・すまない・・。」
自身のせいではないが、ギルド員がしでかしたことに頭を下げねばならず、セルマは心苦しくなる。
頭を下げたまま床に置かれたギルド員を見てみると、この倉庫の清掃を取り仕切らせた者だった。
セルマが別棟の倉庫を清掃させるなどという、怪しいことをさせたことを気にしてか勝手に動いていたのだろう。
「そうですか、ならいいのですけど。
他にも数人いましたから、意識を刈り取っておきました。
帰りがけにでも起こしてあげてくださいませ。」
黒いローブの男の後ろから更にもう一人入って来て話しかけてきた。
女性の声だ。そして、恐ろしいほどの威圧を放ってきていた。
「す・・すまない。」
あまりに強い威圧のため、セルマは謝罪するだけしかできなくなってしまった。
「シス、そこまでにしておけ。
ではセルマ殿、話し合いと行こうか。」
黒いローブの男が、黒いローブの女をシスと呼んだ。そして、命令口調だ。
この二人の関係がそこからわかる。
「わかりました。
そちらのソファーへ。」
セルマは頭を上げてソファーへ二人を促すと、二人はローブを脱いでソファーに座った。
ローブのフードから隠れていた顔が見えた途端、セルマはとても驚いた。
二人ともとても若く、そして顔立ちが整っていた。
男の方は黒髪、黒目で服装から見るに上級貴族と思える。この若さであれほどの固有魔法の使い手と言うのはありえないことだ。
女の方はメイド服だった。この貴族の男付きなのだろうが、先ほどの威圧から考えるに恐ろしい戦士でもあるに違いない。
「まず、こちらから名乗ろう。
私はサトル・サウザンツ。
固有魔法が使えるがこの国の者ではないし、
王国に認められてもいないから、貴族ではない。
ま、上級貴族の真似事をしていると思ってくれ。」
「私はシスと申します。
サトル様付きのメイドをしています。
なお、私はサトル様の命令にしか従いません。」
改めて二人を見て、セルマはこの二人に不安しか感じることができなかった。
まだ20歳にも満たないだろう年齢なのに、巧みな固有魔法の使い手である青年。
そしてトップクラス冒険者と言われても不思議ではないメイド。
セルマの中に存在する、賢者のスキルをもってしてもこの二人が何者なのかさえ推し量ることができなかった。
「私も自己紹介をするわ。
魔術師ギルドのギルドマスター、セルマ・ノルディーンよ。
知っていると思うけど、種族はハイエルフ。」
そう言いながら右の髪の毛をかき上げると、髪に隠れていた耳が露出した。
耳を出した瞬間、サトルがセルマの耳を興味深そうに見ているのがわかった。
「早速ですが、話に入らせてもらいます。
こちらが要求するのは、冒険者パーティ加入時の
魔術師ギルド員の態度の軟化です!」
言い終えると共に、シスはセルマに向けて指を差した。




