プライド
智樹が自宅へ戻ると、待ち構えていたのは婚約者の沙織だった。普段は柔和な彼女が
今日はやけに激怒していた。
「何よ、この写真。誰と撮ったものなの?一緒に手をつないでにやけちゃって」
「はあ、何言っているんだよ?落ち着けって……」
「見なさいよ、あなたのこの目で」
沙織から智樹は写真を受け取った。さっそく智樹が確かめると、それはメグミと居酒
屋で一緒に撮った写真だった。智樹はメグミの肩に手を寄せ、彼女はピースサインをし
ている。
「どうかしているよ、こんなことで怒るなんて。これはたまたま……」
「言い訳はしないで。理由がどうであれ結婚前にこういう写真が出てくるのはおかしい
んじゃない?」
「しかしなぜこの写真を君が持っているわけ?」
「今日私の家にこの写真が送られてきたの。まるで私に二人の仲を見せ付けているみた
いじゃない?」
この写真を沙織に送ったのは、恐らくメグミだろう。なぜこんなことをしたのだろう。
智樹には訳がわからなかった。
「この女性は僕の親友、聡の彼女の写真だ。それを僕の女と勘違いするなよ」
智樹が正しい説明をしても、沙織はまだ納得していない様子。結婚前だから不安にな
る気持ちもわかるが、智樹のことを信じてもらえないのは辛い。
「本当に本当?」
「ああ、信じてくれよ。この写真は僕らに対する当て付けなんだ。君がこんな馬鹿げた
脅しに乗ってどうするんだ」
智樹の強い意思表示に、ようやく沙織は笑みを見せた。
「学校でいろんなことがあって、ちょっと頭がパニックになっていたから。もし智樹に
裏切られたら、私どうにかなる所だった。ねえお願い、もう私を不安にさせないで」
「ああ、わかった。もう沙織を不安にさせたりはしない。だからこれからどんなことが
あっても僕のことを信じてくれ」
危険人物。杏がメグミを評して言った一言。確かにその通りかもしれない。しかしど
うしてこんなことをしたのか。突然の出来事に衝撃を隠せない。たった一晩会っただけ
でまさか智樹に対して好意を持ったのか。いやそんなことはありえない。智樹はメグミ
の考えている事が全く理解できなかった。
結婚まであと一ヶ月と迫った日曜日。杏は久しぶりに智樹に街で一緒に会わないかと
誘われた。もちろん杏はその申し出を快諾。智樹とプライベートで会うのは本当に久々
のことだった。
でもどこかで杏は不安を感じていた。もしかして今日、智樹本人の口から僕のことを
諦めてほしいと言われるのではないかと。こんなにも智樹と会うのが苦痛なのは初めて
だった。
「やあ、今日は呼び出したりして悪かったね」
智樹はなぜかスーツで現れた。杏と会うというのに、この服装は何だか変だ。
「先生が私を呼び出すなんて初めてじゃないですか。何か気でも変わったの?」
「今日来てもらったのは、僕の婚約者と会ってもらうため。この三階で今ウェディング
ドレスの試着を沙織がやっているんだ。将来の花嫁候補の君にもぜひチェックしてもら
いたいと思って」
杏は体中の熱い体温が、さっと冷たくなっていくのを感じた。
「私、帰ります、失礼します」
「ちょっと待てよ、相馬。一度沙織と会ってくれるだけでいいんだ」
「沙織さんと会えば結婚式は一ヶ月延期してもらえるわけですか?だったら構いません
けど」
「なあ杏。いい加減、僕の今の現実を理解してやってくれよ。君がどんなに思ってくれ
ても、僕にはどうすることだってできないんだ。わかるだろう、君も。子供ではないん
だから」
沙織と会わせようとしたのは、智樹が杏自身の気持ちを本物だと確信したからだろう。
でも杏はそれに応じるわけにはいかなかった。まだ十七歳の女子高生に過ぎないけど、
プライドっていうものがあるわけだから。
「あなたが相馬杏さん?」
なんと杏の前に立っていたのは婚約者の沙織だった。彼女は純白なドレスを着て、杏
をしっかりと見据えていた。その横で智樹は慌てて自己紹介を始めた。
「こちらが婚約者の尾崎沙織さん。僕と同じ教師をやっているんだ」
思惑通りに言ったのか、智樹から笑みがこぼれた。それを見て杏は切なくなった。で
も智樹が恩人であり恋愛対象にあるのは変わりなく、まずます燃え上がるものを感じた。
「はじめまして、相馬杏です。私は加藤先生のクラスの生徒です。私ずっと結婚式にあ
こがれていて、どんなものか感じたくて、今日ここへ来たんです」
とっさの思いつきで、智樹を震え上がらせようとすることは回避した。出会いサイト
でお会いしましたということも言えたけど、そんなのは大人の女じゃない。
「まあそういうことなんだ。ちょっと沙織悪いけど、ここで待っていてもらえないかな。
ちょっとテニスのことで杏と話したいことがあって」
沙織はいいわよと返答した。杏は智樹に引っ張られるように外へ出た。




