危険人物
部活を終えて、友人の麻耶と別れた杏は家路を急いでいた。練習がハードであったため、
精神的にも肉体的にも疲れ果てていた。このまま帰って寝よう。そう考えを巡らせてい
たのだが、思わぬ人と出会ってしまうことになる。
「今度は逃げないでね、杏」
その声に杏ははっとした。後ろを振り返ると、そこにいたのはメグミだった。まわりには杏の知っている人達がいる。ここで逃げ出すと、不自然である。悲鳴を上げるわけにも
いかない。杏は対応するほかなかった。
「何の用?」
「今日は話訊いてくれるんだ。じゃー手短に話すからよく聞いて。この前ね、加藤って
いう人に会ったの」
「まさか?どうしてその人をあなたが知っているわけ?」
「たまたま私の彼が加藤さんと知り合いで。偶然出会ったんだ」
メグミの行動にはいつも驚かされる。今日も杏を凍りつかせた。
「嘘でしょ。信じられないよ、そんな話」
「本当だよ、ここに写真があるんだから」
確かに写メールにツーショットで写っている二人の姿があった。杏は愕然とした。
「わかった、確かに写っているね。ところで先生とどんな話したの?」
「杏のことだよ。今の近況を教えてもらったり、私達が仲違いしていることを相談した
りした」
このことをを杏に伝えたかったのだろうか。メグミの意図が見えてこない。
「用事ってそれだけ?だったら私忙しいから、このまま帰るね」
「ちょっと待って!」
メグミの前を通り過ぎようとして、杏は制服の裾を引っ張られた。
「私の話をちゃんと聞いて。杏、加藤先生のこと好きなんでしょう」
「どうして知っているのよ。あなたには関係のないことでしょう。お願いだから、私に
付きまとわないで」
「私、杏のためなら何だってできるんだから。ねえ先生と一緒になりたいんでしょう。
私に協力できることがあったら、何でも言って」
「あなたには何も用事はないの。だから放っておいてよ」
メグミの手をふりほどいて杏は走り出した。メグミはその場に座り込んだまま、杏の
姿を、寂しげに見つめていた。
「杏、私を見ていてね。絶対あなたの願いを叶えてみせるから」
大声でメグミは言った。しかし杏は両手で耳を塞ぐと、自宅に向かって全速力で駆け
抜けた。
公園で再会して以来二度目。メグミはあれから何も変わっていない。メグミは自身の
思いが叶わぬと思いきや、今度は対象を杏の恋愛に変更したようだ。一体メグミは何を
するつもりなのか。杏自身のせいで、智樹とその婚約者に危害に巻き込まれなければい
いが。杏はまた新たな不安を抱えることになった。
翌日の高校。智樹とメグミが会った事実をこの耳で確かめるために、杏はさっそく職
員室へ来ていた。
「どうして彼女と会ったんですか?」
「ああ、メグミちゃんのこと?確かにこの前居酒屋で会ったよ。それがどうかした?」
杏にとって一番触れてほしくない人物がメグミである。その彼女と偶然会ったとしても、
話をする必要は全くなかったはずだ。
「ちょっと変わった子だよね、メグミちゃん。一つの物事に対して異常な執念を持って
いるというか」
だから恐ろしいのだ。しかもなぜかメグミは杏が智樹のことを好きだということを知
っていた。どこで調べたのだろうか。一度メグミが動き出したら、完結するまで絶対に
停止することはない。ということは杏が智樹のことを諦めなければ、必ず誰かが被害を
こうむることになってしまうのだ。
「先生もそう思ったのなら、今後一切メグミと関わったらダメだよ。一度会って、わか
ったでしょう。メグミは危険人物なんだから」
「おいおい、そんな風に言ったらメグミさんを悲しませるだけだよ。他にいい手立てが
あるかもしれない。一緒に考えよう」
「嫌だ。先生の口からメグミのメの字も聞きたくない。だから金輪際言わないで」
杏は両耳を塞いでいた。智樹はそれ以上何も言わなかった。過去のことを好きな人に
は蒸し返されてはたまらない。それは杏自身の胸の中にだけの留めておきたかった。




