1句 永訣の相楽
「テメェ、いい加減にしろよ!!」
「だから謝ってんじゃねえか!!」
一夜明けた、北領へと向かう列車内。
まだ早朝のため寝ている乗客も多い中、朔夜と漣はいがみ合っていた。
「2人とも、まだ寝ている人も多いんだ。喧嘩しないように」
「でも旭! こいつひでえんだぜ!?」
白銀のリーダー・旭に注意され、漣は隣に座る朔夜を指さす。
この2人、決して仲はよくないのだが、メンバー的に隣同士にならざるを得ず今に至るのだ。
「テメェが寄っかかってくるからだろ!?」
「仕方ねえじゃん!! 眠かったんだからさ!」
「はいはい、静かにしてね……」
隣で眠る和を起こさぬよう、旭は控えめに声をかける。
しかし、彼の言葉が2人に届くはずもない。むしろ騒がしくなるばかりだ。
「……さっきからうるさいんですけど」
言い争いを続ける2人に痺れを切らし、千歳が大きなため息をつく。
その隣には、彼に身体を預けて寝息を立てる憩の姿があった。
「……まだ寝てるので、静かにしてもらっていいですか?」
「悪い、静かにする」
すやすやと眠る少女を見て、朔夜が口を閉じる。
一方の漣は、そんな2人を見てニヤけながら口を開いた。
「おおー、よかったな寒凪! 好きな子の寝顔を間近で見れるなんて最高だな!!」
「……うるさいんだけど、黙って」
「そんな照れんなって! 正直さー、最高だろ!? 俺も夕梨の隣がよかったなー」
「だからテメェうるせぇんだよ!! いこが起きちまうだろ!?」
結局ギャイギャイと言い争いが始まったが、旭も注意をするのを諦め窓の外を見ている。
千歳はため息をつくと、隣で眠る憩に視線を戻した。
朝日に照らされ、少女のまつ毛がキラキラと輝いている。
あまりの神聖さに目を奪われていると、少女がゆっくりと目を覚ました。
「……おはよう憩、眠れた?」
「おはよう、千歳さん。肩貸してくれてありがとう。私、重くなかった?」
「……全然だよ。もう少し寝る?」
「ううん、もう大丈夫!」
ぐーっと身体を伸ばすと、窓の外に目がいく。
既に帝都を抜けていた列車は、さらに北へ北へと向かっていた。
青空の下たくさんの木々が茂り、遠くには山々が見える。
初めて観る緑いっぱいのその景色に、憩は心を奪われた。
「すごい……、木がたくさん……」
「……この辺りは山が近いから。動物もたくさんいるよ」
「そうなんだ、千歳さん詳しいね!」
「……うん、もうすぐ北領に入るから」
まもなく列車は本土の最北端へ到着する。
ここから船に乗り換えて、千歳の実家へと向かうのだ。
「北領、楽しみだなぁ」
「……そんな楽しみにするほど何もないよ」
「千歳さんのお祖母様がいるよ! あと熊と狐もいるんでしょ?」
「……熊は危ないからダメ」
「そっか! じゃあ狐に会いたいなー」
……まぁ、もし遭遇しても倒すけど。
まだ見ぬ世界に目を輝かせる少女を、愛おしそうに青年は見つめた。
*
「あー、やっと着いた……」
列車から降りた漣が、身体を思い切り伸ばす。
あれから数刻が経ち、太陽は真上まで来ている。
全員が揃っているのを確認し、旭が口を開いた。
「ここからは船で移動するからね」
「船! 楽しみです!」
「憩ちゃん、体調が悪くなったらすぐにお姉様に言うのよ!?」
「大丈夫ですよ? お姉様」
「今は大丈夫でも、お船は揺れるのよ!?」
はしゃぐ憩の肩を、和が心配そうにがっちりと掴む。
そんな姉妹を横目に、千歳が口を開いた。
「……旭さん、1つ提案があるのですが」
「うん? どうしたんだい?」
「……今後、相楽を名乗るのはやめた方がいいかと」
少し言いづらそうにしながらも、そう言葉にする彼。
旭は首を縦に振ると、妹たちに声をかけた。
「和、憩。今日、僕たちは姓を捨てる。いいね?」
「……そうねぇ、相楽を知らない人はいないもの」
「では、名乗る場合はどうすればよろしいのですか?」
憩の純粋な問いに、兄の顔が曇る。
今後は姓を名乗ることは少なくなるとはいえ、完全にないのも不便か……?
それなら、相楽からかけ離れた姓を考えなくては——。
ぐるぐると旭が思案する中、和が突然大声を上げた。
「決めた! なら私は杣を名乗るわね!」
「はぁ!? なんでそこで俺の姓になんだよ!!」
「あら? 私言ったじゃないの、朔夜くんのことが好きだって。好きな人と同じ姓になりたいのは当たり前のことでしょう?」
「バカ!! 旭の前でそれを言うんじゃねぇよ!!」
彼女の突飛な案に、朔夜が大声を上げる。
指名されたことにももちろん驚いたが、何よりシスコン兄の前で、自分が想い人だと暴露されたことが問題だった。
「あ、旭これは——」
「そっか……、和もやっと伝えられたんだね」
予想もしなかった旭の返答に、朔夜が目を丸くする。
恥ずかしそうに頬を染めながら、和はにっこりと微笑んだ。
「そうなの、やっと伝えられたのよ」
「朔夜のことだから、答えはまだなんだろう?」
「えぇ、でもいいの。私は今日から杣になるから」
「いや、今日から杣って——」
戸惑う朔夜を置き去りに、兄妹はどんどん話を進めていく。
結局、和は杣の姓を名乗ることが決定した。
「それじゃあ、僕と憩はどうしようか」
「お兄様は雲居で、憩ちゃんは寒凪ね! 決定!」
「な、和!! 勝手に決めるものじゃないよ!?」
「2人とも、いいわよねぇ」
指名されたぼたんと千歳。
2人とも特に驚くこともなく、首を縦に振った。
「旭さんさえよろしければ、私は構いませんよ」
「でも、同じ姓を名乗るということは——」
夫婦だと思われる可能性があるということで——。
そう言いかけて、旭は口を押さえる。
……ぼたんは嫌じゃないのだろうか。
僕なんかと、そう見られてしまう可能性があるのに。
「そういうこともあるかもしれませんが、しばらくの間は我慢して——」
「我慢!? それはぼたんの方だろう!?」
「え、いえ私は全く……」
「そう、なんだね……。それならよろしく頼むよ」
彼女の言葉を聞き、旭が胸を撫で下ろす。
そんな兄の姿を、和は満足そうに見つめていた。
「……憩、今日から寒凪でもいい?」
「私が、千歳さんと同じ寒凪になるの?」
「……うん。僕と同じ寒凪になるのは嫌?」
「ううん! 千歳さんと一緒だなんて嬉しい!!」
——もう、相楽は名乗れない。
憩はきっと、まだその理由をきちんと理解できてはいない。
でも、僕を信じて寒凪を名乗ってくれるんだ。
花が咲くように微笑む少女の頭を、彼は優しく撫でる。
「じゃあ、そろそろ行こうか。千歳の故郷に」
旭の言葉に、7人が大きく頷く。
——北領への旅は、始まったばかりだ。
名を失うというのに、いつも通り。
でもみんな、そう振る舞っているのかもしれませんね。
漣はいつも通りうるさいけど。




