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政略結婚から始まった恋でした~誓ったはずの永遠を、私は最後まで選べませんでした~  作者: 由岐


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壱 縁談

新作です。

毎週火~木の3日投稿していきます。

 それは、桜が散る頃に告げられました。


 長い縁側を進みながら、澪は中庭に視線を向けた。桜の花はまだ蕾がちらほらと見え隠れするけれど、遠くに見える神山は桜色に染まっている。

「お嬢様、お館様がお待ちです」

 女中に声をかけられ、つい足が止まってしまっていたことに気付いた。

「今行きます」

 澪の白銀の髪を、神山からの風が優しく撫ぜた。


 北條澪は清めの巫女である。

 歴史だけは立派な北條家の一人娘として生まれた澪は、そう告げられた時から親元を離れて修行を続けていた。齢五つの時からである。

 十年が経過し親元に戻されたが、幼き日からの十年は家族という絆も薄れさせた。

「お父様、只今参りました」

 形式的にそう呼びはするが、家族だと言う認識は薄い。

 引き戸を開けて父親の前に膝をつく。父親と名乗る男は、呼び出したと言うのに文机から視線を上げることすらしない。

「お前の縁談が決まった」

「お相手は」

 予想していた言葉に、澪は躊躇なく問いかける。その反応こそ予想していなかったのか、父親がつい、と視線を上げた。

「北條の娘として呼ばれたのですから、覚悟の上でございます。それで、お相手はどちらの方でしょうか」

「相手は」

 父親が口を開きかけた時、小さな揺れを感じた。神様に守られたこの地では珍しいことであるが、ここ最近は頻発している。

「また霊災か」

 八百万の神々が集うこの地において、負の気に侵された神々が暴れるようなことは少ない。負の気に侵された神々を救う手立ては複数あり、澪の清めもその一つだ。

 負の気に侵された神々が起こす災害を霊災と呼び、国の民は大規模なそれを恐れていた。

 北條の家は霊災に対する術はなく、但し国としての政治のあり方に長けていた。だからこそ国の中枢では重鎮とされ、それでもどこか軽視されるような雰囲気もあった。

「お前の清めの力を求められている。久遠家だ」

 一拍置いて、それが縁談の相手のことだと理解した。

「久遠家、ですか」

 北條がやっと手にした霊災への切り札として、澪という手駒は重要だ。けれども、縁談相手が久遠家の当主であるならば、と納得する。

 久遠家は霊災の鎮め手として国の頂点に立ち、象徴としての帝よりも権威があるとさえ言われている。当主はまだ二十歳そこそこで、年回りも良い。何より、久遠家の術は『鎮め』であり、あくまで一時的に霊災を抑え込むのみ。その上で、例えば澪の『清め』をしないことにはすぐに霊災が再発する。

「かしこまりました。輿入れはいつ頃でしょうか」

 あくまで事務的に澪は尋ねる。僅かに皺の寄った眉間を隠すように、父親は文机へ視線を戻した。

「三日後には住居を移すように、とのことだ」

「三日、ですか」

 淡々と話す二人に、傍らにいた従者達が息を呑む。たったの三日で婚姻の準備など、無謀でしかない。

「正式な婚姻は後日でいい。ただ、先に住居を移して血族として励め、とのことだ」

 父親の眉間の皺は、北條を侮られたからだと澪は思う。

「それは、霊災に対するため、ということでしょうか」

「概ねその理解で構わん」

 小さく頷く父親に、澪は頷きを返した。

「かしこまりました。では準備を進めさせて頂きます。お話はこれで?」

 ああ、という言葉と共に手を振る父親に、澪は見ていないだろうけれども、と思いながら頭を下げた。


 自室に戻ると、女中達が荷物を既にまとめはじめていた。

 余程急ぐ必要があるのだと感心してしまうが、霊災の怖さは澪もよく知っている。

「輿入れ準備にたったの三日だなんて、おひい様が気の毒すぎます」

 年若い女中が涙ながらに憤ってくれるだけで、澪の心は軽くなる。

「正確には引っ越しだけのようですから」

 いくつかの着物と清めの数珠をまとめると、部屋の中には何もない。準備に三日もいらなかったけれども、北條としてはそうはいかないのだろう。正式な輿入れには、嫁入り道具も不可欠だ。

「久遠家のご当主様ですから、そうそう酷いことも起きないでしょう。そんなに悲観しなくて良いと思います」

 涙目でもしっかりと手を動かしている女中に柔らかく笑みを浮かべれば、おひい様、と更に涙ぐまれた。


 届いた書面を読んだ咲也は、障子から差し込む月明かりに視線をうつした。

「明日か」

「来ていたのか」

 背後からの聞き慣れた声に、振り向かずに声だけで応える。銀色の髪が月明かりに照らされて、扉に長い影がうつる。

「緊張してるのか?」

 僅かにからかうような色を帯びた言葉に、じとり、と横目で睨みつける。黒髪の男はその声音と裏腹に嬉しそうな色を隠しきれずにいる。

「蓮司、お前が嬉しそうなのは何でだ」

「幼馴染の幸せがわかってるのに、嬉しくない訳ないだろ?」

 億面もなくそうあっけらかんと告げる蓮司に、咲也の方が照れくさくなる。

「で、緊張してるのか?」

「⋯⋯少しだけだ」

 幼い頃の一瞬の邂逅。それが彼女の記憶になくても、変わらない。

「少しは優しくしてやれよ」

 綺麗な顔で仏頂面は怖いから、と蓮司が言えば、咲也ははっと呆れたような笑い声を上げた。

「俺が優しくないのはお前にだけだ」

 幼い頃からの気安いやりとりに、緊張が解れるのがわかる。この野郎、と文句を言う蓮司の口元に浮かぶ笑みを見て、咲也は感謝をした。

「まあ冗談抜きでさ。素直にならないと、後悔しても遅いぞ」

 早く寝とけよ、と部屋を出る蓮司を見送り、咲也は口元に笑みを浮かべた。


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