番外編3 もしあの人と結ばれていたら? 初めてのお家デート編
「お邪魔します……」
「あ、ああ。適当に座ってくれ」
大学の休日、初めて俺の部屋にやってきた香苗。いつも通り冷静な声を装ったつもりだったが、俺の心臓はさっきから信じられない早さで鐘を鳴らしている。
(……やばい。どうしよう。本当にあいつが俺の部屋にいる)
数日前から死ぬ気で掃除した。男くさい匂いがしていないか、変なものが落ちていないか、何十回も確認した。なのに、香苗がちょこんとベッドの端に腰掛けた瞬間、見慣れたはずのワンルームが、まるで未知の空間のように思えてくる。
スマートに、大人の男らしくもてなさなきゃ。そう自分に言い聞かせながら、キッチンで冷蔵庫を開けた。
「……ジュースでいいか?」
「うん、ありがとう!」
振り返り、香苗にグラスを渡そうとした、その時。
彼女の華奢な鎖骨、そして俺を見上げる無防備な瞳がダイレクトに視界に入り、手元が激しく狂った。
「あ、っ……!」
「きゃっ!?」
ガシャ、と鈍い音がして、オレンジジュースが香苗の服にかかってしまう。
「ごめん! 大丈夫か!? 悪い、完全に俺の不手際で……!」
普段の俺なら絶対にあり得ないミスに、頭が真っ白になる。慌ててタオルで拭こうとしたが、濡れた胸元に触れそうになって手を引っ込めた。
「だ、大丈夫だよ! 花沢くん、落ち着いて?」
「落ち着けるか……! 服、それ濡れたままだと冷えるから、これ着てろ」
パニックのままクローゼットから引っ張り出したのは、俺がいつも着ているオーバーサイズの黒いパーカー。香苗はそれを借りて、バスルームで着替えて戻ってきた。
「……ちょっと、おっきいかな?」
パーカの袖から指先だけをちょこんと出した香苗が、はにかみながら現れる。上目遣いでこちらを見ている。
(……可愛すぎる。無理だ、これ。限界)
脳内の防波堤が、音を立てて崩壊した。気づいた時には、後ろから香苗の身体を抱きしめていた。
「わっ……!? 螢一くん?」
「……頼むから、静かにして」
バックハグのまま、彼女の首筋に顔を埋める。香苗の小さな身体が驚いたように強張るけれど、もう止まれない。香苗をくるりと自分の方に向かせ、戸惑う隙も与えずに、その唇を塞いだ。
「ん……っ、」
いつもより深く、甘いキス。香苗の細い肩を掴み、そのままベッドへと押し倒す。背中に柔らかな感触が沈み込み、俺は彼女を見下ろす形になった。
「……これは、本当にやばいかも」
自分の声が、聞いたこともないくらい掠れていて、低く響いた。香苗は完全にキャパシティを越えたようで、顔をリンゴみたいに真っ赤にして、視線を泳がせながら消え入りそうな声で呟いた。
「えっと…………そういうこと、しちゃう、の……?」
その、少し怯えながらも俺を受け入れようとしてくれている潤んだ瞳が、俺の最後の理性を完全に消し去った。
「……いや、したいけどまだ心の準備できてないだろ?」
「まあ、うん、でも螢一くんがしたいなら?」
「したいけど、お前が準備できるまで待つ」
そう言ってもう一度、今度はさっきよりも強く、彼女の唇を奪い去ったのだった




