6-4 第三魔王
フゲンガルデンからコーレスに向かう途中の道端でヒルデたちは休息をとっていた。
横の草むらでは馬が草をとっている。
「そう焦くな。休息を取るのも重要なことだ」
ヒルデはココルをなだめる。
「そうだぜ」
「ですが…」
ココルは苦い表情でコーレスの方向の空を見る。
「もし時間があればヴィヴィからもらった魔器の点検でもしていればいい。必要な時に使えないのでは意味がないからな」
ココルは念のためと魔器をヴィヴィから二つほどもらっていた。
ルーン文字の刻まれた短剣と装飾の施された腕輪である。
異端審問官『狩人』であるとはいえ、さすがに丸腰の男を魔王のいる城に向かわせるのは自殺行為だ。
「ヒルデさん、肉体の交換の儀式を行うまでどのぐらい猶予があるんです?」
「そうだな…。昔私の師から転生の魔術儀式するために行われる話を聞いたことがある。古い魔術の儀式だ。
だがその儀式を行うにはいくつか準備が必要になる」
「準備?」
ココルはぽかんとした表情で
「魔法抵抗力が高い人間との肉体の交換方法は限られてくるのだ。何せ魔法抵抗が高い者は魔法を全く受け付けない。
魔力を使った方法はほとんど受付けないためだ。それゆえに魔法以外の方法がとられる」
「魔法以外の方法?」
「薬だよ」
ヒルデは端的に答える。
「薬漬けにし、対象の自我を極限まで消し去り、刻印を刻み、その肉体とのパスをつくらなくてはならない。
それらを大まかに逆算すれば三日ほどはある。もちろん個体差はあるがな」
「薬漬けだぁ?」
クラントが声を上げる。
「大丈夫なのかよ」
救出してもヴァロが薬漬けでは意味がない。
「安心しろ。依存性は少ないないものだ。まがりなりとも交換する肉体だ。薬漬けの肉体では意味がないからな」
ココルはホッと胸をなでおろす。
「過去にそれを行使された例は二、三例あると聞いている。強引に行う方法もあるが、双方の合意がなければリスクが高い」
「ポルファノアはそれを使って『魔王の卵』であるヴァロの肉体を手に入れようとしているわけか」
クラントは納得する。
「そうだ」
休憩しているヒルデたちのいる地点をおそろしい速度の馬車が通り抜ける。
その馬車は暴走馬車と言ってもいいぐらいの速度で休憩しているヒルデたちを通り越し、フゲンガルデンの方角に向かっていった。
「何だありゃ」
クラントが振り返りそれを眺めている。
(光学魔法?)
ヒルデは一瞬目を細める。
「休憩は終わりだ。我々は先を急ぐぞ」
ヒルデは身を翻し、馬に向かう。
「そうだな」
ヒルデたちはコーレスに向けて馬を走らせる。
フィアたちはフゲンガルデンに到着する。
向かっているのはヴィヴィのいる住処の方向ではない。
コーレスを出る際に混乱に巻き込まれ、見積もりよりも到着は遅れている。
「…ここのフゲンガルデンでどうしても会わなくちゃならない人がいる」
フィアは足早に通りを歩いていく。
「どういうことよ」
「…あの人ならすべての戦況をひっくり返せる」
「ドーラルイのこと?」
クーナの問いにフィアは首を横に振る。
あの第四魔王は現在極北の地で残務処理をしているはずだ。
相手は第五魔王ポルファノア。
それに加えカランティやゴラン平原には相当な数の魔獣や死霊がひしめいていた。
もしあれと戦えるとすれば大魔女クラスの武力が必要だろう。
どんなものであれ、この状況を一人でひっくり返せるものがいるとは到底思えない。
「クーナ止めて」
フィアが馬車を止めるように言ってきたのは見覚えのある商館の前だった。
「ここは…ヴァロの兄の商館?」
一度フィアに案内されていた。
訳がわからずクーナが動揺する目の前でフィアはその商館の前で馬車を降りた。
商館の扉はまるで入ってくださいと言わんばかりに開いていた。
周囲には嘘のように人がいない。
人払いの魔法?
まさかここは『絶縁結界』の中にある。
絶縁結界はフゲンガルデンの都市に張られている結界のことだ。
もしそれを使える人間がいるとすればそれこそここの聖堂回境師であるヴィヴィとフィアだけ。
クーナはその考えを頭を横に振って否定する。
フィアは魔法を使う素振りを見せていないし、第一今来たばかりだ。
使えるとする者はヴィヴィただ一人だが、こんな場所に来る理由がない。
フィアは当然のように誰もいない屋敷の中を一人進んでいく。
ヴィヴィはそのあとを追いかけた。
「来たか」
フィアたちがその部屋に入るとその男は書斎にいつものように座っていた。
身なりは相変わらず整っていてどこかそのしぐさにも気品のようなものを感じられる。
そしていつも余裕を絶やさない。それがヴァロの兄ケイオスである。
その脇には長髪で黒づくめの男。その前にはヴィヴィが立っている。
「なんでヴィヴィがここに?」
訳がわからずクーナ。
クーナの声に一瞥するとヴィヴィは再びその書斎の男に向き合う。
フィアは頭を深く頭を下げる。
「はじめまして、第三魔王クファトス=ルゥ」
その言葉に同時にクーナの全身には電撃が駆け巡る。
第三魔王と言えば他と隔絶する唯一無二、最強にして絶対の魔王。
そのモノはこのフゲンガルデンの地下に封印されているはずではなかったか?
クーナはヴィヴィに視線を向けるが、ヴィヴィはクーナの視線など気にしない。
険しい顔で書斎にいる男に目を向けている。
フィアの言葉にその男は小さく笑みを浮かべた。
「クファトス=ルゥとして歓迎しよう。我が血族よ」
事態はさらに混迷を極める。




