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魔王の立つ日  作者: 上総海椰
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3-4 『魔王の卵』拘束

モーリスは粉塵により白くなった視界のなかで呟く。

自身の足元ぐらいしか十分に見えない。

まして仲間はどこにいるかすらもわからない。

「『塵』の魔剣だったな…」

魔剣にはそれ固有の力がある。ソリュードが今使っているのはその能力である。

それを使いこなすことができ、その上で死角からの攻撃を見事に躱して見せている。

魔剣の管理者と完全に対話がすんでいるとみて間違いない。

モーリスの魔剣ベアルアンにも固有の能力はある。ただし現状ではその力を使うことはできない。

身のこなし、その実力、こちらの想定をはるかに上回っていたことを彼は認める。

だからこそここで冷静さを欠けば相手の思うつぼだ。

「モーリス、聞こえる?」

イルーダがその粉塵の中でも聞こえるよう甲高く声を上げる。

「ああ」

「今このウザったい霧を私の魔法で吹き飛ばしてあげる。身を低めてて」

周囲に風が吹き始める。

その風は次第に収束していき、巨大な竜巻に変化していく。

「このイルーダ様をなめるんじゃないわよ」

どうにか仲間を可視できるようになってはいるものの視界は悪い。

躍起になってイルーダは竜巻の規模を大きくする。

土が巻き上げられ、木々を巻き込んでそれは天高くそびえたつ塔のようになる。

だが、それでも視界は一向に晴れない。

「イルーダ、これ以上は…」

モーリスは大声を上げるとその竜巻は消失する。

周囲には再び元の状況に戻った。

仲間にも被害が出る。魔剣と契約しているのはモーリスだけだ。

イルーダはともかくとして、ラーロウやジフォイは生身の人間である。

生身の人間がこの竜巻に巻き込まれたのならばひとたまりもないだろう。

「どこまで広がってるの?効果範囲が異様に広すぎる」

限界近くまで力を使ったのか、肩で息をしながらイルーダ。

本来ならば粉塵等の術ならば風の力に弱いはずだ。

だが、イルーダの力でも一部しか吹き飛ばせない。

それもそのはず魔剣ソリュードの能力はドーラルイの調律を受け準聖剣クラスまで引き上げられていた。

このままだと逃げられるそんなことが脳裏に浮かぶ。


「あのソリュードはそれほど強くはない」

モーリスはかつてのシレの言葉を思い出していた。

「魔剣のランクはせいぜいD2と言ったところだろう」

魔剣にも等級が存在する。その区分けはSからEまで。

Sとなれば準聖剣クラスであり、EやDなどは上位の魔器にも劣ると言われている。

最近では教会は紛失を恐れているために、上位の魔剣は本山の地下で眠っているか、もしくは聖装隊の一部が使用している限りである。

モーリスの魔剣はA-に相当するものだ。

Aクラスと言えば魔剣の中でも上位の存在でもあり、

Dであるソリュードとの力比べでこちらがおし負けるなどあり得ない。

等級は特殊能力を除いたその魔剣の純粋な力で決まっている。

モーリスはクラントから『塵』を扱う魔剣と聞いていたし、

その効果も衝撃波でたやすく吹き飛ばされるものだと聞いていた。

それがどうだ。この視界を埋め尽くすほどの塵は。

竜巻で塵を飛ばしても近くにいるはずのイルーダを識別することが精いっぱいだ。

あのシレが間違えているとは思えない。

他に三本も魔剣を所有できるクラントが使いこなせなかったとも思えない。

ならば目を離した少しの間に魔剣に何かあったのか?

魔剣の改造など聞いたことがない。

魔剣は人間を犠牲にして作られている。

それを解体し、作り変えるなど聖堂回境師でも不可能な所業のはずだ。

次第にモーリスたちの表情に焦りの色がにじみ出ていく。

モーリスたちはこの状況では打つ手はない。

「動くな」

その焦りを吹き飛ばすかのようにジフォイの声が周囲に響き渡った。


「ガキの命が惜しけりゃ、大人しく投降しろ」

その塵の広がりが、ほんの一瞬止まる。使い手の動揺が魔剣に伝わったのだ。

それは聞こえていることの証明に他ならない。

「どういうつもりだジフォイ、手は出すなと言っていたはずだろう」

モーリスは苛立ちを含んだ声を上げる。

モーリスからはジフォイは見えない。

「手段は選ぶな。そうシレの旦那に言われてるはずだぜ?」

その言葉にモーリスは言葉を詰まらせる。

「十数える。出てこないっていうのならこの子供の髪を切り落とす。

次は耳だ。出てこないっていうのならこの子供は苦しみながら死んでいくことになるぜ」

子供は恐怖で泣き始める。

「ジフォイ」

イルーダは声で威嚇する。


ヴァロは木の陰からそれを観察していた。ジフォイは少女の首筋に短剣を当ている。

魔剣と同調しているため粉塵の中でもヴァロだけは視界を保っていた。

『ヴァロ、罠だ』

ラウの声が聞こえてくる。

ラウの言っている通り、連中の狙いは明らかに自身だ。

あの四人は自分のことには気づいていない様子だ。

この状況下で自分一人ならば逃げ切れるかもしれない

自分が逃げればあの子供も解放される可能性もある。


視界は見えないようだが、相手はかなりの使い手。

あのジフォイと言う男から子供を奪還しようものならば、容赦なく子供を殺しこちらに刃を向けてくるだろう。

相手はプロだ。視界を封じたとはいえ、近づきすぎればこちらの場所がわかってしまう上に罠を仕掛けていることもありえる。

その上、子供を奪還したとしても、子供を護りながら追撃を躱しきることは難しい。

それにモーリスと言う男はジフォイのやり方に抵抗を見せていた。

ならば自分がこの場から退けば子供は解放されるかもしれない。

「言っておくが俺は本気だぞ」

そんなヴァロの甘い考えを打ち消すよう、ジフォイは何の表情もなくその子供の髪を切り裂いた。

耳をつんざくような悲鳴が白い視界の中に響く。

その表情からもジフォイと言う男は本気であることは疑いようがない。

「次は耳だ」

ヴァロはその子供を一瞥する。

魔法抵抗力のあるヴァロに幻術は効かない。間違いなく昨日から行方不明になっている子供だろう。


刹那、ヴァロの目におびえている子供の表情が出会ったばかりのフィアの姿に重なった。


みるみるうちに視界が晴れていく。

「降参だ」

『ヴァロ』

ラウはヴァロにしか聞こえない抗議の叫び声を上げる。

ヴァロは魔剣ソリュードを投げ捨てる。

「その子供を解放してくれ」

「約束しよう」

モーリスがそう言った直後、ラーロウの針がヴァロに右肩に突き刺さり

ヴァロはぐったりとその場に崩れ落ちた。


モーリスは無言でジフォイに向かう。

「モーリス」

イルーダが叫ぶ。

「ここはジフォイの言い分も」

イルーダはモーリスの肩に手をかけるもモーリスはそれを振り払い、ジフォイの胸倉をつかんだ。

「何か言いたいことはあるか?」

モーリスは今にもジフォイを殺しそうな形相で睨む。並みの人間ならその圧力に硬直して動けまい。

「シレの旦那に話を受けてる」

その一言に火のような殺気が嘘のように収まった。

「シレの奴に?」

モーリスは眉間にしわを寄せる。

「今は大事な時、特に俺たち『黒狼』は数が少ない。実績を確実を積み認めさせるしかない。

あんたが任務より自身のやり方にこだわるんなら手段を選ぶなってっさ」

ジフォイの言葉にモーリスは顔をしかめる。

モーリスは何か言いたげにするもジフォイに背を向ける。

「ジフォイ、シレから言われた密命はそれだけか?」

「それ以上のことはありませーん」

ジフォイは手を上げる素振りをしてみせる。

イルーダは倒れている男を見下ろす。

「それにしても…本当になんだったのこいつ。魔剣の力も異様に強かった。

個人の実力も『狩人』の上位に相当するわよ。

魔剣の力を存分に使えていれば、私たちが返り討ちにされていたかも」

「姐さん、冗談きついぜ」

ジフォイはヴァロを麻袋に詰めながら、引きつった笑みを浮かべる。

「さっさと行くぞ。フゲンガルデンの聖堂回境師に追ってこられると面倒だ」

モーリスはあからさまに不快な声を上げる。

「…『真紅』のヴィヴィね」

「そうだ」

「そのヴィヴィってのは姐さんでも厳しいのかい?」

横で聞いていたジフォイが声を上げる。

「『真紅』のヴィヴィは私のすぐ後の世代の天才と言われていた。

情報屋の話だと聖都で騒動があった際にわずか一刻でフゲンガルデンから聖都コーレスまで行っている」

イルーダは目を細めながら呟く。

「なんだよ。そりゃ。どうしたらそんなことができるのさ?」

そんな移動手段があるなんて聞いたことがない。

第一空を飛ぶことは人間界では禁じられているはずだ。

「…方法ならある。もし私が想像する通りの系統の魔法を使うっていうのなら、もし彼女が出てきたら

物理攻撃しか手段のない私たちに勝ち目はない」

荷物を手に彼女はつぶやく。

「攻撃が効かない?冗談じゃねえや、フゲンガルデンの聖堂回境師ってのは化け物じゃねえか」

冷や汗を垂らしながらイルーダ。

「それに最近もう一人フゲンガルデンに聖堂回境師が赴任したって聞いてる。話によればとんでもない魔法の使い手だとか。

今回は最悪それとの戦闘になることを想定してたんだけど…」

若いながらもラフェミナからの推薦を受けて聖堂回境師になった天才。

話によれば桁外れの力をもった魔法使いだとか。

内心イルーダはその魔法使いと出会うことが楽しみでもあった。

『魔王の卵』といつも一緒にいるという話だったが、今回その姿はどういうわけか見えない。

今回の魔獣がこの男一人で倒せると踏んでいたのか、もしくは…。

「フゲンガルデンは化け物の巣窟かよ」

ジフォイはヴァロの入った麻袋を肩に抱える。

「例の魔剣契約者の拘束は済んだ。俺たちも早急にゴラン平原に向かおう」


背後でラーロウはその子供に音もなく忍び寄り短剣を振りかざす。

イルーダは魔力の籠った手をモーリスは剣をラーロウに向ける。

ジフォイは口を鳴らす。

「少しでもその手を動かせばあんたを殺す」

「同じく、躊躇はしない」

イルーダとモーリスは凄まじい殺気をまき散らし、それが本気だということを示す。

一触即発の状況が作られる。

「目撃者を消すのに何か問題が?」

ラーロウは小さく声を上げる。

「その男との約束だ。それに子供の言うことなど誰も信用しないだろう」

「子供を殺すと寝覚めが悪いのよ」

モーリスとイルーダからの強烈な反対をうけラーロウは子供の陰から移動する。

それを見てイルーダは手をおろし、その子供に近づく。

子供は体を強張らせ動けずにいた。

「ごめんなさい。迷惑をかけてしまったわね」

イルーダは優しくそうつぶやき、その手に銀貨を一枚握らせ、その少女の背をポンとたたき一歩を踏み出させた。

「早く戻りなさい」

その少女は一度こちらを振り返ると一目散に村に駆けて行った。

「意外と子供思いなんだな」

イルーダにモーリスは語りかける。

「ふん、目の端で目障りなだけよ。…これから始まることを思えば今殺されていたほうがいいと思えるんでしょうけどね」

イルーダは北の空を見上げてつぶやいた。


その一団はヴァロの入った麻袋を馬車に放り込むと

その四人は北に向かって馬車を走らせる。


こうして『魔王の卵』であるヴァロ・グリフは捕らえられたのだ。

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