3-3 一人きりの戦い
背後から迫る針をヴァロは体を捻って紙一重で躱した。
魔剣の声がなければその針を食らっていたかもしれない。
全身黒装束の男からの攻撃だ。
『上からも来る』
ヴァロは背後に飛ぶ。直後、ヴァロがいた地面が陥没する。
魔器を手にしたジフォイと言う男の攻撃である。
(この破壊力、本当に魔器か?)
あまりの破壊力にヴァロは目を疑う。
「まだまだ」
暴力的なまでの突風がヴァロを襲う。
見ればイルーダと言う魔女が魔法を使っている。
ヴァロは魔剣を横に一薙ぎし、衝撃波を生み出しそれを消し去る。
魔女の操る暴風を魔剣の衝撃波で相殺したのだ。
ヴァロはその四人から距離を取る。
「あらら、マジかよ」
「この面子の攻撃をやり過ごすなんてね」
ココルを連れてこなくて正解だったとも思う。
この三人はかなりの使い手だ。
ココルは聞けば怒るかもしれないが、この状況魔器すら持たない彼では話にならない。
「あんた、やり過ぎでしょ」
「姐さん、平気だろう。あちらさんには障壁あるんだからさ」
二人はヴァロをよそに二人で言い合っている。
手ごたえならば、ヴァロの師ギヴィアや『狩人』のベテランのグレコにも匹敵する。
魔器を一つも持っていないココルでは一撃で戦闘不能になりかねない。
魔剣を持っていなければ戦いにすらなりはしないだろう。
もしも守りに入っていれば、一瞬で意識を刈り取られていてもおかしくはなかった。
まるで崖の上をつま先だけで歩いているような印象すら受ける。
だからこそわからない。
そんな四人がこんなフゲンガルデンにやってくる目的はなんだ?
言動から考えるにヴァロが目的とも考えられえる。
『魔王の卵』とヴァロを呼んでいたことだろう。
今まで何度か耳にしたこともあるし、呼ばれたこともある。
それがなぜ自身に関わってくるのかよくわからなかった。、
思い返せばフィアやヴィヴィはそれをヴァロから意図的に遠ざけていた気もしてくる。
「ラウ、すまない」
ヴァロは魔剣に語りかける。
『俺のことはいい。目を離すな。特にあの大男。あいつには見覚えがある』
「見覚え?」
今の攻撃中こちらの動きを見ていた大男のことだろうか。
ラウの声はどこか余裕がない。
「この手ごたえ、魔剣を差し引いたとしても『狩人』の一桁台といったところかしらね」
イルーダは口元を緩め、手を叩く。
「もっと嬉しそうにしたら?この褒めてあげてるのよ。このイルーダ様がね」
両手には緻密な魔法式が同時に展開されている。
二重魔法。魔法使いにおいて高等技術とされる技術である。
「あーあ、本当についてねえよ」
バンダナの男はあからさまに不満を漏らす。
もう一人の黒服の男は無言でこちらから視線を離さない。
この男に関しては、隙を見せれば喉元に刃が突き刺さっていたということになりかねない。
ラウのサポートがなければもうすでにヴァロの負けで戦闘終了だろう。
「フィア、あの魔法使いの…」
ここでヴァロはいつも背中を任せてきた少女がいないことを悟る。
この戦場にいるのは自分一人だけだ。
魔獣や魔族の大きな力で踏みつぶされるとは違った四方に刃のある空間にでも放り込まれたかのような感覚。
そういった独特の緊張感がそこにはあった。
師ギヴィアと旅をしていたころに戻ったようでヴァロは少しだけおかしくなった。
「ずいぶんと余裕だな」
そのヴァロの笑みをみてモーリスという男が口を開く。
「一つ問わせてもらおう」
大男が三人の前に歩み出る。
「その魔剣ソリュードは我が同胞だった者の所持していたモノだが」
腕を組んだ一人の大男がヴァロの前に立ちふさがる。
「この剣はクラントという男から譲られたんだ」
四本の魔剣をもつ男が持っていた一本。名はソリュード。
「あのクラントが…貴様を友として認めたと?ハッハッハこれは面白い」
モーリスと言う大男は声高に笑う。
「知ってるよ。…クラントが所属していた組織…確か名は『黒狼』」
一瞬その場にいる四人の表情が変わった気がした。
魔剣の名前を出されたのでもしやと思いはったりをかけてみればどうやら間違いではなかったらしい。
「奴め、そこまで話していたか」
その大男は剣を取り出す。
魔剣同士の共振。ヴァロは初めて経験することだ。
「あんたも魔剣使い…まさか『赤熊』の…」
ヴァロはモーリスという男を思い出す。
『赤熊』のモーリス。
かつて東部である魔族の村を虐殺しようとした軍に反抗し、その場にいた一個師団を一人で壊滅させる。
返り血で全身が真っ赤に染まった巨体のために赤熊のモーリスと呼ばれるようになった。
二本の魔剣を所持し、数々の『狩人』の追手をを退けているという。
手にしているのは一本の魔剣だが、もう一本腰に差してある。
現在『狩人』の討伐対象者のリストには必ず上位に入ってくる魔剣使い。
魔剣使いとしてもヴァロよりもはるかに上手ではなかろうか。
「故あってお主を捕らえに来た。素直にこちらに投降すればよし。抵抗するなら容赦はしない」
ヴァロは一瞬唖然とした顔を垣間見せたが、すぐに険しい表情になり、剣を構える。
「どうしてもやらなくちゃいけないみたいね」
イルーダは楽しげにそう言う。
「戦意喪失してくれりゃこっちも楽だったんだがな」
ジフォイはナイフの形状の魔器をもう片方の手に取る。
命のやり取りをするときに感じる独特のひりひりとした感覚。
ヴァロはそれを悪くないと感じていた。
「ゆくぞ」
モーリスが掛け声とともにヴァロの前に駆け込む。
(早っ)
ヴァロはどうにかそれを剣で受ける。腕力と魔剣の力の二つの力が乗った斬撃。
それを受けたヴァロの周りの土がえぐられる。
魔剣の力の衝突によるものだ。
「これが魔剣対魔剣の戦いかい」
二つの魔剣の衝突に力場が発生している。
常人などそこに割り込むことなどできない。
「まさかこの私の攻撃を受けるとは」
魔剣の性能はヴァロの方が上だ。
ドーラの調律がなければ間違いなく今の攻撃で吹き飛ばされている。
「それはソリュードのはず。なぜその魔剣にそれだけの力が…」
ヴァロは剣を振り上げ、反撃を試みるも側面からイルーダから礫を放たれ、一歩退く。
『幾ら僕でも攻撃と防御は同時にできない』
「わかってる」
ヴァロは意識を目の前の使い手たちに向ける。
そこでヴァロは一人いないことに気づく、
『ヴァロ、後ろだ』
針がヴァロの鼻先を飛んでいく。
不意の攻撃にヴァロは体勢を崩した。
いつの間にか視界からその姿を消しているラーロウと言う男のしわざだろう。
それを見たモーリスがピクリと反応する。
体勢を崩したのを見計らったかのように頭上からジフォイがその鎚のような魔器を振り下ろす。
地面はその一撃で陥没した。ヴァロはさすがに立っていられない。
「ひゃっはああ」
ジフォイの魔器による攻撃を転がりながらやり過ごす。
その槌の一撃一撃が大地を揺らす。
直撃すれば頭蓋すら容易に砕くだろう。
「おいこら、そんなに逃げんなよ」
「ああ。逃げない」
ジフォイが攻撃を繰り出すタイミングでヴァロは魔剣を振る。
「うがっ」
めちゃくちゃな体勢から繰り出した衝撃波だが魔剣の力のほうが強かったようだ。
ジフォイは吹き飛ばされ、背後の木に叩きつけられる。
『五時の方向から針がくる』
見えない死角からの攻撃も、方向と来るタイミングがわかっていれば怖くない。
ヴァロは体を捻り、飛んでくる針を難なく躱した。
針がイルーダの近くの木に刺さった。
そのせいでイルーダの魔法式が乱れ、四散する。
「何すんのよ、ラーロウ」
イルーダはラーロウに苛立ちをぶつけている。
ヴァロは視界の隅にモーリスをとらえ斬撃を繰り出す。
魔剣と魔剣のぶつかり合いで衝撃波が生じ、木々をゆらす
もしひとところにとどまっていれば総攻撃を受けるだろう。
連携は取れていないが、一つ一つの攻撃はとてつもなく洗練されている。
だが、そんなものを見せつけられてヴァロの脳裏にふと疑問が湧いた。
(…こんなものか?)
間違いなくここにいる四人は人間の中で最高峰に位置する使い手のはずだ。
だがそれらを受けているうちにヴァロは妙に慣れてきていた。
『ヴァロ。あいつらの標的はあんただ。とにかくこの場は逃げるぞ』
ラウが声をかけてくる。
「お、おう」
そうこの戦いは勝つことが目的じゃない。逃げ切ることだ。
ヴァロは四人に注意を払いつつ後退を始める。
森の出口には馬も置いてある。
相手はかなりの使い手だが、超人ではない。
魔族のように馬よりも早く動くことなどできはしない。
森の外に出さえすれば逃げ切れる。
ジフォイは嫌な予感を感じていた。
四人の猛攻にさらされるもこの男はそれを悉く躱している。
もちろん魔剣の力もあるだろうし、捕獲をするってことで殺さないようにしているが
それを差し引いても自分を含む四人を相手にしても渡り合える存在ってのはそうはいない。
明らかにこの男は場馴れしている。
ジフォイは追い詰められた男の目に光を見る。
そして彼は直感する。何かを企んでいると。
それは彼の『狩人』としての嗅覚。
「モーリスの旦那、すまねぇ。ちょっと戦線離脱な」
そう告げるなり彼は戦線を離脱する。
「ちょっと」
イルーダは声を上げる。
「放っておけ」
森の出口を目前にして、ヴァロは立ち止まる。
既に周囲は常人なら目を凝らさなくては見えないぐらい暗い。
距離はそれほどではないが、ヴァロは絶え間ない攻撃に晒されさすがに息をきらしていた。
「観念したか」
ヴァロの視界にあるのはモーリスとイルーダだけ。
ラーロウはともかくとして、ジフォイという男がいないのが気になった。
「一つだけ、最後に俺を狙う理由を教えてくれないか?」
観念したようにヴァロは息を切らしながらモーリスに問う。
見ようによっては戦う覚悟をしているようにも見えるだろう。
「…答えられないな」
モーリスは慎重に間合いを詰めてくる。
「『塵』の魔剣ソリュード、その力を示せ」
ヴァロが剣を掲げると中心に大量の粉塵が発生する。
ヴァロの剣から白い粉塵が押し寄せる。
「しまった」
声を上げるもモーリスたちはそれを防ぐ手段はない。
モーリスたちの視界が白に染まった。
左手のけがのために更新が遅れました。




