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旅には転移魔法が必要不可欠です

「旅には転移魔法が必要不可欠です」


 テーブルを挟んで、食パンに目玉焼きを乗せただけの簡単な朝食を食べながら、ソードがそう呟いた。


「そうだろうな、っと」


 何を当たり前のことを、と続けようとして、黄身の溢れ出した目玉焼きを慌てて啜る。


 監修二日目——。

 朝の祈りだなんだと叩き起こされて無駄に早起きをしてしまった俺は、普段は抜かしがちな朝食を摂ることにした。朝食を用意するにあたり、彼女は俺の様子を後ろから覗き見て、しきりに感心し、その後、初めて食べるこの世界の食パンに舌鼓を打っていたのだが……


(にしても薮から棒だな……。旅に転移魔法が必要だなんて当たり前だろう。なにせ)


「転移魔法さえあればどこへでもすぐに行けるわけだし、何か起きてもすぐに逃げられるんだから」


 そんな俺の言い分に、しかしソードは首を横に振る。


「いえ、そういうことではないのです」


「あれ、違うの?」


「はい。そもそも、転移魔法を自分自身に使用することはそうそうありません」


「え……?」


「とてつもない緊急事態で、転移するほかに助かる望みのない場合などに使用するくらいです」


「な、なんで?」


 早くもお決まりの展開になりつつあるこのやりとりに表情筋を固めざるを得ないが、ひとまず先を促す。


「予め転移したい場所に魔法陣を描き、その魔法陣の下に詠唱よって転移する、というのが、私のいた世界における転移魔法です」


「……なるほど。確かに予め魔法陣を描いておかなきゃならないのは大変だろうけど、それを加味しても便利な魔法じゃないか?」


「そうですね」


 頷きつつ、


「描いておいた魔法陣が無事だという保証があれば、の話ですが」


 と、食パンの最後の一口を口に放り込む。


「無事じゃなかったら……?」


「先ほども申し上げた通り、自分自身に転移魔法を使う者はあまりいませんが、それ以外に縋るものもないという状況において、やむをえず使用される事例も、ごく稀にあるにはありますが——」


 そこで、ソードは「コーヒーでも入れますか?」と立ち上がり、昨夜教えた手順通りコーヒーを淹れ始める。担当編集からのもらいもので、なかなか良いものらしいなんとかという豆の芳醇な香りがリビングに漂う。

 朝、美女が自分のためにコーヒーを淹れている——。

 だが、そんな朝の幸せな時間にそぐわない話題を、ソードは続けた。


「その多くが、失敗した事例——つまり、予め描いておいた魔法陣がなんらかの原因で損傷していた場合の事例と共に、広く知られています」


(嫌な予感しかしないんだけど……)


「ある者は転移先を狂わされて建物の壁にめり込み、またある者は地中に埋まり、またある者はその場で爆散した、と」


「怖すぎる」


 なんなの、向こうの魔法ってこんなんばっかなの?

 ソードがコーヒーをテーブルに置いて対面に座り直す。


「とはいえ、転移先の魔法陣を予め描いておかなくても、大体の方向を指定して転移することも可能ではあります。ありますが……その場合、理由は未だによくわかっていませんが、移動距離が定まりません。十メートルほど先への転移を試みたはずが、百メートル先だったり、あるいは一メートル先だったり……。つまり、先ほど言ったような事例と同じような悲劇に見舞われる可能性が、非常に高いのです」


「なるほど」


 その理由にはなんとなくだが想像がつく。

 恐らくその転移魔法は、ある空間における座標を指定して転移する、というものなのだろう。しかし、この世界ほどの科学的知識を持たない向こうの世界の住人たちは、あることを見逃している——。


 この世界における空間的座標というのは、宇宙の膨張に伴ってリアルタイムに変動しているのだ。


 転移先を別の魔法陣で指定している場合はその限りではないが、そうでない場合、その宇宙の膨張に伴う誤差が、転移先の不確定要素として現れてしまっている……のかもしれない。


「ですから、転移魔法を自分自身に使用する者はほとんどいません。それは、命をベットした、一か八かのギャンブルと同義ですから」


 理屈はわかった。……だが、だとすると、


「じゃあさ、最初に言ってたのは一体どういうことなんだ?」


 そう。ソードは初めに、旅には転移魔法が必要不可欠だと言った。しかし、今の話を聞く限り、とてもそうとは思えないのだが……。


「申し訳ありません、話が脱線していましたね。……時に導師せんせい、特に男女が共に旅するとき、最も大変なことが何だかわかりますか?」


 またいきなりな質問だ。一応、ぱっと思いついたものを挙げてみる。


「水や食料?」


「もちろん死活問題ですが、違います。男女の旅における話です」


(だよな。男女の、男女の……)


「ヒントを差し上げますね。人を飛ばすことは非常にリスキーですが、方向に大きなズレは発生しない以上、物を、下方に飛ばすぶんには、一応の安全が保証されます。ですから私たちは、転移魔法は何かを地中に埋める時に重宝するのです」


「ふーーーむ」


(特に男女の旅路で問題になり、転移魔法を用いて地中へ埋めなくてはならない……)


「あ——」


 そうだ。よくよく思い返せば、恐らくそれは、俺も昔から気になっていたことだ。


「気づかれましたか?」


「……気になってはいたんだよ。ゲームとかでも、男女が旅路を共にすることはままある、というかほとんどがそうだけど、その……|排便はどうしてるのかな《・・・・・・・・・・・》……って」


(ってよく考えてみると間違ってたらめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?)


 しかし、一度口にした言葉は取り消せない。やんぬるかな。そんな俺の心を弄ぶように一瞬間があり——


「ご明察です」


(よ、よかった……!)


「もちろんかつては、男女の旅路であっても、排便は一行から離れて見られない位置でひっそりと、というのが一般的だったようですが……」


(まさか……まさかとは思うが……)


「現在は、転移魔法によって排泄物を体内から直接、地中へと転移させるのです」


「やっぱそうなんだね!?」


 話の流れから大体予想していたとはいえ、やはり衝撃を禁じ得ない。


「昨夜拝読させて頂いていた箇所に丁度、旅路における食事のシーンが出てきまして、そういえば食事の描写はあるのに排便の描写はないのだなと、ふと先ほど食事をしていて思い至りまして」


「よく食事中にそんなこと思えるね」


 なんとなく清廉潔白なイメージを持っていただけに、むしろ転移魔法の使用方法よりも衝撃を受けつつ突っ込む。そんな俺に、「それはそうと」と彼女は口を開いて、


朝餉あさげの準備、明日からは私にやらせて頂けないでしょうか」


 と頭を下げた。


 どんなタイミングだよ!! と思わなくもなかった、というか実際口に出しかけたがなんとか心の中だけで突っ込んでおいて、


「ありがたいです。お願いします」


 ひとまずそう返しておき、


「ありがとう御座います! 導師に朝餉の用意をさせるなど、恐れ多くて……」


 勝手にお固いイメージを持っていただけに、意外と抜けている面もあるのだなと一周回って微笑ましい気分になりながら、「片付けはなるべく手伝うよ」と、一緒に食器を片付けるのだった。

★下世話な話でごめんね——!!

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