治癒魔法、使いすぎると死にますよ?
「あれ、ソード……、そんなとこに痣があったんだな」
「ああ、これは治癒――」
ソードが何かを口にしようとしたところで、
「痛っ」
そう短く声を上げて指を押さえた。
「え!? うわ、血でてるじゃん。ちょっと待ってろ」
監修3日目。
やはり朝の祈りだなんだとたたき起こされた俺は、朝食を用意するというソードに調理器具の使い方などをあれこれ教え、いざ調理をはじめた彼女をひやひやと見守っていた。
とはいえ心配していたような不手際もなく、魚のさばき方も、「剣の扱いには慣れていますので」と豪語するだけはある見事な包丁さばきだった。
……が、味噌汁にいれる豆腐を手の上で賽の目状に切って行く段で、俺が不意に気づいたソードの腕の痣について話しかけてしまったせいもあるだろう、豆腐のやわらかさを侮っていたソードは勢い余ってストンと勢いよく包丁を入れてしまい、指の表面を少し切ってしまったのだった。
「ごめん、変なタイミングで話しかけた」
「いえ、面目ありません……あれほどまでに柔らかなものだったとは……」
「あー、そっか。向こうには豆腐――って、これ豆腐って言うんだけど、こんな食材ないよなあ」
「はい。少なくとも私は初めてお目にかかる食材ですね」
「とりあえずほら、指出して」
「――!! こ、この程度の傷であれば、治癒魔法は不要ですよ!?」
何故だか過敏に反応し、指を隠そうとしてしまうソードの手をとって、
「何言ってんだ。魔力がないんだから、魔法は使えないって」
「あ、そ、そうでした……てっきり治癒魔法をかけられるかと」
「? よくわかんないけど、こっちの世界ではこうやって直すんだよ、っと」
患部に絆創膏を貼ってやる。
するとソードは、俺に握られた手をまじまじと見つめだした。
(な、なんだ……って――)
はたと気付く。ソードの柔らかな手を自然と握ってしまっていた。
若干の気恥ずかしさを覚え、しかしそれが露見しないようあくまで平静を装いつつ手を離す。
「ははは。いやあ、そんなに深い傷じゃなくてよかったな。うん」
――つもりが、平静なんて全く装えなかった。
そんな俺の挙動不審な様子をよそに、ソードは依然自分の指に巻かれた絆創膏をみつめており、暫くして、「この世界では薬草もここまで進化しているのですね……。ありがとうございます」と頭を下げ、朝食の準備に戻った。
その様子を見て、
(あ、それをみてたんだね。そうだよね)
一人テンパっていたのが急に恥ずかしくなり、俺もソードに倣っていそいそと朝食の準備に戻るのだった。
* * *
朝食を終え、食器類を片付け、小休憩を挟んだ後、朝の監修が始まる。
ソードがソファに姿勢正しく腰掛けつつ俺の作品を読むのをプロットを整理しつつちらちら伺っていると、どうやら先ほど指に貼った絆創膏を気にしているようだった。しばらくして、ソードがおもむろに口を開いた。
「数のことで思い至りましたが……治癒魔法の頻度が多すぎますね」
「え?」
そうだっただろうか。確かに戦いの合間には必ず治癒魔法で主人公たちの傷を癒していた気はするが。
「ちょっと描写過多だったかな。別にわざわざ書かなくても、読み手がその辺は察してくれるだろ、ってこと?」
「いえ、書く書かないの問題というわけではないのです」
「あれ。じゃあ、どういうこと」
「治癒魔法を同じ人間に何度も使うことはできません。そんなことをすれば……死にます」
「え……」
「私のいた世界にも、確かに治癒魔法は存在します。術者の力量によってスピードは異なりますが、治癒の光に包まれた箇所は基本的にはどんな怪我からも回復が可能で、私も、一度お世話になったことがあります」
「騎士様ともなると大変だ」
「騎士になりたてで未熟な頃、腕に深々と矢を受けたときです」
「すみませんでした」
平身低頭謝る。腕に矢を受けるなど、考えるだに恐ろしい。
「頭を上げてください。すぐに治癒魔法を使っていただいたおかげで、事なきを得ました。この通り、傷もありません」
そう言ってソードは、スラリとしなやかなモデル然とした腕を出す。そこには、
「あれ、この痣って……」
先ほどみた、おおよそ円状の痣があった。
「そうですね、ここが、治癒魔法を使用した箇所です」
(治癒魔法を使ったのに、痣は残るのか……?)
そう疑問を感じていると、ソードが俺の考えを読んだように続ける。
「そうです。これが、治癒魔法の大きな欠点です」
「えっと……つまり?」
「理由は判明していないのですが、治癒魔法を使用した箇所は」
(嫌な予感がする……)
「老化が早まるのです」
「なっ……!」
「ですのでこれは、厳密には痣ではなく、この部分だけが早く老いているために生まれた見た目の違い、という事になります」
(だからあの時、俺が指の怪我を治すために治癒魔法を使うんじゃないかと指を引っ込めたのか……)
俺は瞬間的に、ソードが指を切った時の一幕を思い出していた。確かにあの時ソードは、治癒魔法を使われることを恐れていたように見えた。
「つまりその痕は、『治癒魔法を使ったけど残った傷跡』じゃなく、『治癒魔法を使ったから残った跡』……ってことか」
「そうなりますね」
ソードは原稿用紙に付箋を貼りつつ続けた。
「というわけで、向こうの世界では、本当に命に関わるような怪我や、老化よりも恐ろしい後遺症などが残りかねない怪我でもない限り、そう易々と治癒魔法は使わないのです」
「なるほどなあ……」
「また、一度治癒魔法で回復した箇所や老人には、使用を禁じられています」
「ちなみに、使うとどうなるの?」
「使用した箇所は風化したようになって、ボロボロと崩れていくとか」
「さいですか……」
(向こうの魔法、いちいち反動が怖すぎるんだけど……)
またしても増えた異世界残念魔法事情にため息をついていると、「それにしても」とソードが人差し指を下唇に当てて首をかしげる。かわいい。
「治癒魔法でどうして、老化が進んでしまうのでしょう? 治癒と老化など、対極と言っても良いではないですか」
「ああ、それは」
「えっ、導師、もしかして理由をご存知なのですか?」
「あー……いや、知らないよ」
「そうですか……。よくわからないこともあるものですね」
「そうだな」
知らない。知らないが、思い至ることはある。
染色体には、テロメアと呼ばれる部分が存在する。そしてそのテロメアは、細胞分裂のたび短くなって行き、細胞分裂が可能な回数を定めている。
つまり、治癒魔法がもしも、細胞分裂を活性化させる類のものだとしたら……まあ、そういった事も起こりうるかもしれない。
もし、ソードが矢を受けた時、もっとひどい大怪我を全身に負っていたとしたら……。考えただけでも怖気が襲う。
「ソード」
「はい。って、ええっ!?」
気づけば、ソードの手を握っていた。
「無事でよかった」
「い、いきなりなんですか……?」
言いつつ、ソードの頰が赤くなっていく気がした。はたと気づく。まずい、不意に出た言葉と行動とはいえ、あまりに無遠慮すぎた!
「あ、えっと、その、指の話ね、指の」
またしても一人テンパる俺に、しかしソードは朝の様子とは違って、
「はい……。その……」
少し顔をうつ向けつつ、
「ありがとうございます」
そう言って、絆創膏の貼られた指を静かに、胸に抱くように寄せるのだった。




