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22話 化物の門出


 “不審者に気をつけろ”か。ハインと別れの言葉を交わした時の忠告だ。


 俺が診療所にいるときには全くその気配がないので、俺の不在を狙って何かをしようとしているのだろうが……情報が少なくて分からないな。


 以前大男に路地裏に連れ込まれたこともあるし、恨みを買っている可能性を考えて、防犯対策はしておくか。


 長い外出時には、隕鉄版を使ってちょちょいと扉に細工しておこう。


 そんな対策をして日々を過ごし、数日後。


 冒険者ギルドでの診療を終えて宿に戻ると、


「あっ、カイトくん!大変だよ!」


 宿の主人のおじさんが診療所の前で立ち尽くしていた。


「どうしたんですか?」


「どうやら誰もいない時を狙って診療所の鍵が壊されたみたいで、ドアが開けっ放しになってたんだよ」


「もう、侵入した人はいなさそうなんだけど、何か盗まれてないか確認して欲しくてね」


「分かりました」


 部屋に入ると、隕鉄版で作った防犯ブザーが床に落ちていた。


 手に取って確認すると、中に込めていた魔素が消費されていたので、機能はしていたようだ。


 それはそれとして診療所の中を見てみたが、特に今朝の様子と変わらず。


 何かを盗られている様子も、壊されている様子もなかった。


「大丈夫そうです。防犯として扉を開けると大きな音が出るようにしていたので、それに驚いて逃げたんじゃないですか?」


「そうなのか。良かったよ、大事にならなくて」


 おじさんはほっとした様子だ。


「今日のところは鍵なしで申し訳ないんだけど、明日には知り合いの鍵屋に修理をお願いしておくから」


「はい。ありがとうございます」


 診療所の施錠ができない問題はどうにかなりそうだ。


 しかし、本当に泥棒なのか、それとも別の目的があるのか。


 まぁ、どちらにしろ潮時だな。


 “遂に"と言うべきか、“やっと”と言うべきか。


 旅をしても暫く生きていける程度の金は貯まったし、この町から出よう。


 と、決意したものの、今すぐではない。


 この診療所を畳む準備に時間はかかるし、この町でお世話になった人に挨拶しておきたいし。


 タイミング良く、明日はお嬢の授業日だ。


 診療所のことは一旦おじさんに任せるか。


 授業の準備をしつつ、明日に備えて早めに寝た。


 そして、授業当日。


 お嬢への授業をする前に、急遽領主に会えることになったので、旅に出る報告をした。


 すると、今まで自由奔放で落ち着きがなかったお嬢が、目標を持ってひたむきに努力するようになったことについて感謝された。


 医師免許の対価として始めた授業に関しても、十分に役目を果たしたと評価された。


 後腐れなくスッキリした気持ちで出発できそうで安心した。


 授業の時間。


 残り少ない授業回数を考えて、より実践的に治癒魔法の感覚について叩き込んだ。


 授業が終わった後、お茶をご馳走になりながら、話をする。


「悪いんだけど、授業は次回で最後だ」


「え〜〜〜〜〜!!!なんでですの!?」


「まだ教えてもらいたいことが沢山あるのに!」


「それに関しては次回教科書を纏めて渡すから、それを読んで学んでくれ」


 この世界では、精神力と想像力が魔法の出来を左右する。


 精神力については一朝一夕で鍛えられるものではない。


 だが、想像力については知識で補える部分が大きい。


「あと、治癒魔法に関しても練度を高めていけば、医師ギルドで十分通用すると思う」


「そこまで認めてくれるのは、うれしいですけれど……もっと理由が知りたいですわ」


「そもそも流浪の民だから。かなり長期の滞在になったけど、ここで骨を埋める気はない」


「それに最近、うちの診療所が留守の間に侵入されたっぽくて。それを含めて良い機会だからもう出ようと」


「侵入者って泥棒ですの?」


「いや、そんな金になるものは置いてないし、嫌がらせ目的だと思うが」


「それをなんとかしたら、居てくれますか?」


 上目遣いで祈るようにこちらを見上げる顔。


「無理だ」


 キッパリと断る。ここで可能性を残すのは残酷だ。


「そ、そうですの……」


「でも、ようやくわたくしの気持ちにも整理がつきましたわ」


「え」


 非常に面倒な事を言いそうな前口上に動揺せざるを得ない。


 お嬢は決意に満ちた顔で、口を開く。


「最初は純粋な気持ちでカイト先生に授業をお願いしていませんでした。温かい色の感情が混じりあった不純な動機で……会いたいというだけでしたわ」


「ですけれど、授業を受けるたびに今学んでいることの価値を感じて、本心から医者として大成したいと思うようになりましたの」


「それに、この知識をわたくしだけが持っているなんてダメですわ。できるだけ多くの人に知っていただかないと、もったいないですもの」


 前口上で邪推したのが申し訳ないくらい、訴えかけるような眼差しは真剣そのものだった。


「そうか……応援してる」


 俺の本心からの言葉だ。


 領主から聞いた話でも普段から頑張っているらしいし、実際に実力も伸びている。


「卒業祝いの前払いとして、これをあげよう」


「これは、百合の花のブローチ?……とっても可愛いですわ!」


「お嬢に似合うと思って作ったんだが、「手作りですの!?」……ああ、スペアは無いからな」


 ブローチを付けて嬉しそうに鏡の前で踊っている。


「あと、それは普通のブローチじゃない。色々と機能が入ってる」


「確かにブローチの裏側は隕鉄版ですわね」


「ああ。隕鉄版に印刻して、それを上手く折り込んでブローチの形にしているから、手間は掛かってるな」


「そんな大変なものを……ありがとうございますわ!それで機能というのは?」


「取り敢えず、魔素を流してみて」


「はい!……これで、良いですの?」


 一度返してもらって確認する。


「大丈夫そうだ。これで本人認証ができた」


「お嬢にしか機能が使えないようにしたから、売ってもただのアクセサリーにしかならない」


「売るわけがありませんわ!家宝にしますから!」


「……まぁ、お嬢の好きなように使ってくれ」


「そんで次の機能は、遠距離通話機能だ」


「遠距離通話……ですの?」


「遠いほど、通話時間が長いほど多くの魔素を消費するが、遠くにいても会話ができる。便利だろ?」


「そんなことができるなんて、聞いたこともありませんわ!」


「俺が昔住んでいた場所では、かなり一般的だったんだけどな」


「凄い場所のご出身だったのですね」


「まぁ、そんな良いものではないが」


「どうしてですの?」


「連絡が増えると、トラブルが増える」


「連絡を取り続けることが相手と深く繋がり理解し合うことだと思い込んでデバイスを握る」


「しかし、実際は相手の自由を侵して、自分も侵されているだけ」


 相手が何をしているのかなんて気にしたくない。相手にも気にされたくない。


「真綿で首を絞め合う関係なんて俺は嫌だな」


 相手に関心を持つことと、自由を侵すことは別だから。


「隕鉄版で通話できるけど、コストが大きくて連絡しにくいのが、逆に良かったと思う」


 お嬢は頭に?を浮かべたままだった。


「ごめんなさい。ちょっと難しくて、分からないですわ」


「そうだよな。変なことを言って悪い。気にしないでくれ」


 昔話で子供を困らせるとか爺さんかよ。


「簡単に言えば、重要な時だけ連絡するから、その時はよろしくってこと」


「あと、魔素を貯蔵しておける機能をつけてあるから、余ってる時にでも入れておくと緊急時に役立つかも」


「それも助かりますわ!」


「最後に、俺が色々な人に配っている隕鉄版のカードに反応する機能を入れておいた」


「そのカードを持っている人に近付くと反応して、親切にしてもらえると思う」


「あと、そのカードを配っている人が俺だとバレたくないから、アクセサリーを誰から貰ったのか、口外しないでくれ」


「言ってしまったらどうなりますの?」


「俺が困る……かもしれない」


「墓場まで持っていきますわ!」


「よろしく」


 ちょっとした機能を隠してあるが、言う気はない。


 紅茶を飲み切って、


「それじゃ、また来週な」


「はい!待っていますわ!」


 お嬢は部屋の扉を気にしてソワソワしていた。


 大方、屋敷の人に自慢して回るつもりなんだろう。


 上機嫌なお嬢と別れて、図書館へ。


 今日の閉館時間ギリギリに図書館に着いて、雑談をしながら図書館の片付けを手伝った。


 一区切りついたところで、


「来週にでも町を出るから」


 さらっと簡潔に伝えた。


「そう……で、ありますか。寂しくなるでありますね」


「ですが、わたくしも旅をしながら言語や本を集めている身の上ですから、別れには慣れているであります」


「別れる前に、これを渡しておく」


「これは……!隕鉄版でありますね!」


「しかも、わたくしの隕鉄版と同じくらい精巧に彫られている……」


 本の形のブローチなのだが、デザインには目もくれず、裏返して中身の回路を読み始めた。


 お嬢と真逆だな。


「お〜!おお?おぉ……」


 ホワイトくんは言葉にならない声を発しながら感動している。


 暫くして満足したのか、


「よくもまぁ、ここまで精巧に作ることができますね」


 と、褒められた。


「以前見せてもらったものを真似して作ったが、本当に苦労した」


「ああ……まぁ、うちの技術は世界でもトップクラスでありますから」


「普段魔法師が使っている隕鉄版は、もっと単純でありますよ?」


「マジかよ」


 その事実を知って力が抜ける。


 しかし、苦労はしたが、その分得るものは大きかった。


 トップクラスの技術を学べたことに感謝しつつ、機能についてお嬢と同じように説明した。


「遠距離通話機能とは……なんと興味深い」


「回路を解析して、そのやり方を家族と共有しても良いでありますか?」


「できるもんならな」


「おっ、挑戦状でありますね!」


「それで、お別れはいつでありますか?」


「来週だ」


「時間が決まったら教えてください。お別れを言いたいであります」


「はいよ」


 ホワイトくんと別れて様々な支度を進めていく。


 診療所を閉院することを知らせる張り紙を扉に付ける。冒険者ギルドのスタッフにも周知しておく。


 数日かけて町を出る準備を進めていこう。


 これからの予定を考えつつ、夢現図書館へ。


「そういえば、さ」


「何?」


「私のブローチって……ないの?」


「欲しければ、すぐに作るけど」


「えっ、いいの?欲しい!」


「もうすぐ一段落つくし、仕事も真面目に頑張ってるからな」


 ずっと前からデザイン案を考えていたのは内緒。


 桜の花びらの形をした髪飾りを作って渡した。


「お〜かわいい!キラキラしてる!」


 桜は感心した様子で髪飾りのデザインを食い入るように見つめていた。


「ん?裏側に彫ってあるNo.0って何?」


「目の付け所が良いね」


「今後、沢山の人と関わっていく中で、俺が特別だと思った人には数字を彫って渡そうと思ってる」


「へ〜」


「ブローチを渡したあの人たちはどうなの?」


「ハイン、お嬢、ホワイトくんは特別ではないけど、親しい友人だから」


「お節介を焼きたいという俺のエゴだけど」


「グッドデザインだし、便利な機能があるなら嬉しくない?」


 その質問に俺は微妙な顔になってしまう。


「俺がブローチを貰ったら、嬉しい気持ちとお節介でうざい気持ちのどっちもあるな」


「そうなの?」


「困ってないのに助けられると、侮られてるような気がしないか?」


「それは、まぁ、そうかも」


「気に入ったら使えばいいし、気に入らなければ捨てればいいし、その選択肢はあるから気にすることはないんだけど」


「ふ〜ん?」


「なんか含みのある反応だな」


「いやぁ、なんか深く考えてるなぁって」


 ニヤニヤしながら揶揄われてちょっとムカつく。


「俺自身、強制されるのが嫌いだから、相手に強制しないようにしてるだけ」


「自分がされて嫌なことは相手にしない。良好な人間関係を作る基本だろ?」


「まぁね」


「それで、この髪飾りに便利な機能はあるの?」


「無い。俺の頭の中に居る限り、あっても意味ないし」


「確かに」


「その代わりと言ってはなんだが、桜はNo.0だな」


「私がその特別な番号を貰っていいの?」


「未だによく理解してないんだけど、私ってつまらなくない?」


「今の自分の状況を客観的に見てもそれが言えるか?」


「う、言えない……」


「今の状況を考慮しないとしても、生前は生前で何もなさすぎて変だったけどな」


 以前、桜の記憶を見て感じた違和感。


 日本人の価値観に合致した“普通の人生”を完璧にトレースした人生。


「そうかなぁ?」


「仮に桜が1番つまらない人間だとしたら、1番つまらない人間は面白いだろ」


「確かに……」


「そういうことだから、大人しく受け取りな」


「うん!」


「これから桜がどんな風に変化していくのか分からないけど、楽しみにさせてもらう」


「海斗はアクセ作らないの?」


「遠距離で通話するのに必要だから、時間がある時にでも作るよ」


 作るとしたら、デザインは夢現図書館の外観を落とし込むか。


 諸々今から考えておこう。





 あれから1週間。町を出る準備を済ませて、門出の日。


 お嬢への最後の授業が終わった後、門前へ。


 お見送りをしたいと言っていた人を待っていると、


「カイトくん〜!」

「カイト先生〜!」


「「えっ」」


「あなた……誰ですの?」


「それに、そのブローチ……」


 お嬢がホワイトくんに威嚇して、


「な、何でありますか?」


 ホワイトくんはブローチを守るように手で覆いながら怯えていた。


 というか、ここ初対面かよ。


「カイト先生の大事な門出ですので、今は何も言いませんが……」


「後で色々とお話ししましょうね」


 妙に迫力のある笑顔で圧倒され、


「ひぇ……」


 ホワイトくんは怯えて縮こまっている。


 助け舟を出そうか考えている間に、お嬢は俺の方向へ体の向きを変えて、


「カイト先生!本当にありがとうございました!」


「死の淵から救っていただいただけでなく、先生としてさまざまな医学の知識や経験を教えてくださって、感謝してもしきれませんわ!」


「本当の本当に、私、頑張りますから!」


「ああ、遠くから応援してる」


「自分がやりたいと思ったことを突き詰めていけば、必ず巡り巡って多くの人の役に立つから」


「はい!」


「次は、わたくしであります!」


「カイトくん!ブローチの機能、絶対に解析して驚かせますから、覚悟するであります!」


 ホワイトくんもいつもの調子を取り戻して、元気に宣言して見せた。


「楽しみにしてる」


「あと、図書館のこと、大変お世話になりました!”good luck”であります!」


「そっちも”good luck”」


「なっ……通じ合っててずるいですわ!私もぐっどらっくですわ!」


「ああ、お嬢も“good luck”」


 2人と別れ、次の目的地に向かって歩き出した。

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