12話 化物と衛兵
昨日はホワイトくんに隕鉄版について教わりながら、模様を彫る練習をした。
論理的にプログラムを組んで、それが魔法として反映されるのが面白いのは間違いない。
しかし、図書館閉館後の数時間の練習だと時間が圧倒的に足らない。
なので、今後暫くは夢現図書館でも彫る練習をする必要はあるが……正直どれだけ時間をかければ会得できるのかゴールが見えない。
微細な手の震えを必死に抑えながら練習して朝を迎えた。
練習の為に追加で隕鉄版を買いたいが、昨日の値段だと当面の生活費すら消し飛ぶ。
先に洞窟から持ってきた道具を幾つか売ってお金を工面しよう。
という事で、今日は雑貨屋で要らない道具を売ってから先日隕鉄版を買った鍛冶屋へ。
到着すると、朝から鈍い金属音が鳴り響く。
昨日対応してくれたおじさんは鉢巻を巻いて金床の上で火花を散らしていた。
こう見ると鍛冶職人って格好良いな。
灼熱した金属と同じくらい熱い情熱で鍛治に向き合う姿は迫力がある。
鍛冶の仕事を熱心に見つめる俺の存在に気が付いたおじさんは、汗をタオルで拭って仕事を中断した。
「ん?なんだ、昨日の物好きなあんちゃんじゃねえか」
「仕事の途中で邪魔して悪いな」
「いや、丁度キリいい所だから気にすんな」
「昨日の今日でどうした?やっぱり要らね〜って隕鉄版を売りに来たのか?」
「逆だ。隕鉄版を買いに来たんだよ」
「なんだぁ、てっきり使えねぇ板が邪魔になって売りに来たのかと思ったぜ」
「在庫はあるのか?」
「おう、あるぜ。隕鉄は手に入りやすい割に買っていく魔法師は少ないからな」
「じゃあ、売れるだけ俺に売ってくれないか?」
「在庫全部か!?」
「ああ」
「……まぁ、商売だからな。金を出すなら詮索はしないぜ」
「在庫を持ってくる」
「あれ?……どこに置いたっけなぁ」という声が聞こえてから5分が経った頃に戻ってきた。
「今売れる在庫はこれで全部だな」
十数枚の隕鉄版がテーブルの上に置かれた。
「これ全部で幾らだ?」
「まとめて買うんだったら2割引で良いぜ。キリよく10万だ。金はあるのか?」
「これで」
嬉しそうな顔でコインの枚数を数えている。
「へっへっへ、丁度だ。毎度あり!」
「今後もうちで買ってくれるならもっと値引きするぜ。用意しておくから、次もこの店で宜しく!」
鍛治をしている時は格好良かったが、商売をしている時はそのカケラもないな。
まぁ、商売の場面ではこのくらい強かな方が正解なのだろう。
俺としても、このくらい明け透けでストレートな方が好印象だ。
それよりも、今日から暫く修行の日々か。
今は時間が余っているから良いが、免許証が届いてからはホワイトくんと会うのが難しくなるだろう。
ゆっくりしてはいられないな。
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1週間が経った頃、朝起きて身支度を整えていると、誰かが俺の部屋のドアを叩いている音が聞こえる。
誰にも宿の場所は教えていないはず。
恐る恐るドアを開けてみると……
「おっはー!カイトくん!」
以前俺を領主の館まで案内してくれた衛兵が飛び出してきた。
「うわぁ……」
声がデカくて圧が強い。
思わず困惑した声が出てしまった。
というか、こんな仲だっけ?……こいつが異常にフランクなだけか。
「早速ですが、”免許証を用意できたから来い”と領主様からのお達しですよ!!」
顔面に貼り付けた笑顔を一切崩さずに要件を伝えてきた。
「あぁ……その件か。すぐに用意するから、ちょっと待ってくれ」
「は〜いっ!」
全体的にうるさいなこいつ。前からこんなに声が大きかったか?
貴重品だけポケットに入れて、軽く鏡を見ながら身支度を整えて玄関へ。
「お待たせ」
「じゃ!早速行きますか!」
宿の通路を通っていると、他の宿泊者がボサボサ頭でこちらをドア越しに睨んでいる。
朝からうるさくしすぎたな。申し訳なさそうに軽く頭を下げておいた。
そして、領主の館への道中。
「免許証。随分と用意するのが早かったな。もっと時間がかかると思っていた」
「早い方が良いだろうと領主様が優先的に仕事をされたからね。だって、仕事できないと困るだろう?」
「そうなのか。有難い話だ」
早めに仕事ができるようになるのは実際助かる。色々と出費が多くて節約生活をしていたから。
しかし、まだ隕鉄版の技術を習得できてない。
まぁ、数を熟して慣れていく段階に入ったから医者の仕事をしながらで良いか。
「どうやって俺の住んでいる宿を特定したんだ?」
「宿の主人は泊まっている人の情報を役所に報告する義務があるからね」
あ〜そういえば、泊まる前に宿泊者名簿を書かされたな。
役所に提出するなんて聞いてないが……同意やプライバシー保護を求めるのは時代錯誤。いや、世界錯誤か?
「ふ〜ん」
「……」
と、ここで両者沈黙。
「そういえば、普段どんな仕事や……」
「ってんだ?」と聞こうとしたら、
「おっ、先生じゃないか!前回は助かったよ!」
突然、道ですれ違った冒険者が衛兵に話しかけてきた。
「そんなそんな!先生だなんて!まだまだ全然そんな立場じゃないですよ!」
この状況に慣れているのか、謙遜しながら笑顔で対応する衛兵。
「ガッハッハ!腕は確かなんだから誇れば良いじゃないか!次もお世話になるぞ!先生!」
「いやぁ……!ありがとうございます……!」
腰を折ってペコペコと愛想よく振る舞っている。
「そっちの客人に悪いから、またな!」
「はい!また宜しくお願いします!」
手を振って去っていく冒険者が雑踏に紛れるまで立ち止まってから動く。
「すみません、話を遮ってしまって。それで何を聞きたいんですか?」
衛兵服を着ているし、以前は領主の館で仕事をしていると言っていた。
てっきり警備の仕事をしていると思っていたが、違うのか?
「さっき先生と言われてたな。何の仕事してんだ?」
「それは……あー、後のお楽しみですよ」
声が明確に一段階低くなった。
地雷踏んだのか?これ?
「そうか」
世間話ができるような雰囲気ではなくなってしまった。
黙るのは苦手じゃないし、それはそれで良いか。
そして、領主の館に到着。
以前は領主の館の門で別れたが、今回は本館の中まで案内してくれるらしい。
連れられて受付まで歩いていくと、受付でメイドが待ち構えていた。
メイドに先導されて、衛兵と共に領主の応接間へ。
「領主様、カイト殿を連れて参りました」
衛兵が領主の前で軽く頭を下げながら丁寧に報告を行う。
「カイト殿。座ってくれ」
俺はいつも通りのソファに案内される。領主の座っている対面だ。
「お前もご苦労だったな。座りなさい」
「はい、失礼します」
衛兵が領主の隣に素早く姿勢正しく座った。
「今日は免許を渡すために呼んだんだが、その前に少し話いいか?」
「はい。何でしょう?」
「もしこの後都合良ければリリィに会っていかないか?」
そう来るか……うーん、困ったな。
桜ちゃんが翻訳の作業をできるようになったので作業には入っているが、まだ教科書は完成していない。
「急な呼び出しで教える準備が整っていないので、今日は無理です」
「ちょっと会うだけでも駄目か?」
「どうしたんですか?」
「リリィがカイト殿の来てくれる日を待ち侘びて落ち着かないのだ」
「次はいつ来るのか、どんな菓子が好きなのか、どうすれば褒めてくれるのか……と、カイト殿の事ばかり聞いてくる」
「それに、メイドの目を盗んで家から抜け出そうとしたり、使用人の怪我を治そうとして逆に悪化させたり……」
「館の人間全員がリリィの暴走に困り果てているのだ」
そんなお転婆には見えなかったが……
「そうですか……取り敢えず、月に往診する日を予め決めておきましょう」
「会える日が固定であれば、ある程度気持ちが落ち着くと思います」
「そちらの予定に合わせますので、今決めましょう」
「そうだな、そうしてくれると助かる」
ということでカレンダーを見ながら予定を組んでいく。
……というか、衛兵は何なんだ。
ずっと良い姿勢で微笑んでいるだけで、動かず喋らず。
視線だけが突き刺さる。
用が無いなら領主が帰らせているだろうし、免許に関して彼が関わっているのだろう。
それはそれとして予定が完成。
「それで今日は……」
「往診でも授業でもないのに会わせるのは領主様の方針に沿わないのでは?」
眉間に皺を寄せて難しい顔をする領主。
「……そうだな。今日はやめておこう」
「だが!次回は来てくれ。来なかったら使を立てるからな」
「わかりました」
「さて、ここからが本題だな」
「医師免許や医師ギルドに関してはこいつに一任している」
そう言って、領主は衛兵の肩に手を乗せる。
「なので詳しい話はこいつに聞いてくれ」
「お任せください!」
「その前に質問いいですか?」
「どうした?」
「服装が医者には見えないんですが」
「まぁ、そうだな。こいつは役所と医師ギルドの連絡役として向こうから派遣されていて、基本はこっちで仕事をしている」
「しかし、連絡役はそんな頻繁に仕事があるわけではない。だから門番や私の使いをしているのだ」
「こいつは妙にやる気があるのでな。積極的に使っている」
「はい!やる気あります!何でも頑張ります!」
「でも、緊急時には僕も免許を持つ医者として冒険者さんの治療に当たりますよ!あくまでも本分は医者なので!お忘れなく!」
こいつは衛兵ではなく医者だったのか。
まぁ、衛兵服だから”衛兵”呼びで良いか。
「……ということらしい」
と、領主が話を締める。
「なるほど、色々と了解しました」
今日の衛兵の行動について色々と合点がいったな。
俺が医師免許を得ることに不満があって敵視されていると考えるべきか。
怒りなのか嫉妬なのか。感情は今のところ不明だ。
「私は外で仕事が入っていてな。ここで失礼する」
「お仕事頑張って下さい!」
ここで領主が離脱。
メイドが変わらず控えているから下手な事はできないと思うが、一応警戒しておこう。
「……じゃあ、ここからは僕が話を進めようか」
「これを渡しておくよ」
そう言って衛兵が渡してきたのは長方形のカード。
持ってみると、これが手に馴染む。これは最近毎日のように触っている隕鉄版だ。
とぐろを巻いた蛇のマーク、俺の名前、それに”全国医師免許”という文字が彫られている。
文字上の回路に魔素が固定されていて、どんな魔法か判別できそうだ。やってみるか。
これは……暗闇で発光する魔法だな。実用的な魔法ではないし、偽装防止用だろうか。
そんな事を考えていると、
「これが全国医師免許で、この国の中ならどこでも医療行為を合法的にできるようになるよ」
意識の外から声が聞こえて身体が少し跳ね上がった。
最近の修行のせいか、隕鉄版が目の前にあると集中モードに入ってしまうな。癖を直そう。
「その町限定で医療行為が認められる限定医師免許もあるけど、圧倒的にそっちの免許の方が価値がある」
「国全体で医療関係を支援しているから、それを持っているだけで信用されるし尊敬もされる。その分首都のお偉いさんに認められるのは難しいけどね」
「君はすごいと思うよ。その点で。どうやったのかは知らないけど」
皮肉が骨身に染み渡る。
「言っておくが、お嬢の病気を治して、その褒美として領主様に頂いただけだからな」
「へー、そうなんだ」
酷い棒読みで相槌を打つ衛兵くん。
これは知っていて惚けているのか、本当に知らないのか。
「それじゃあ、次はこの町の医師ギルドに案内するよ。詳しい話はそっちでするから」
「メイド長。これから外に出てカイト殿を案内するので、領主様が帰ってきたらそうお伝え下さい」
「はい。行ってらっしゃいませ」
いつも対応してくれる彼女はメイド長だったのか。
貫禄ある立ち振る舞いをしているから上の立場だと思ってはいたが。
というか、有無を言わさずに行動が決められている。
まぁ、この町で医者の仕事をするには医師ギルドに顔を出す必要があるのだろう。
その場所を案内してくれるというのなら文句は無い。
……とは思っているものの、館を出てから数十分歩いても着かない。
町の反対側まで来てしまった。
ここが医師ギルドか。外観は領主の館に匹敵するほど立派な建物だ。壁は白く、シンプルに纏まっている。
そして、とぐろを巻いた蛇が大きく描かれた看板が掲げられている。
「ただいま戻りました」
大きな門を開けながら衛兵が口を開く。
「入って下さい」
そう衛兵に言われて中に入ると、受付カウンターと待合の椅子が並べられている。
構図としては役所と同じだ。
しかし、廊下の奥に幾つか診療用の個室が用意されていて、それが遠目に見える。
患者は冒険者然とした格好の人々が大半で、医者が患者を診察室へと連れていく様子が見える。
「僕に着いてきて下さい」
「はいよ」
歩いている途中、衛兵はすれ違った医者と軽く話すために立ち止まった。
その医者の格好をよく見ると、白衣を纏って首から免許証を下げている。これが標準の医者スタイルなら見て学んでおかないと。
小さい声で話しているが、多少内容が聞こえてくる。
「こいつは誰だ?患者じゃなさそうだが」
「例のあの人ですよ」
「あぁ、そうか」
色々と噂されているらしい。相手の医者の表情からして良い噂ではないだろうが。
程なくして廊下の奥の診療室に到着。
「どうぞ、入ってください」
部屋に入ると、後ろからカチッと鍵が閉まる音が聞こえた。
ん?これは……
(もしかして、これってヤバい状況?)
(警戒はしておいた方が良いな)
暴力で満足するならまだマシだが、殺意があったら面倒だ。
(いざとなったら私が助けてあげる!カイトくん喧嘩弱そうだし!)
殴り合う喧嘩の経験はないが、間違いなく俺は弱いだろうな。運動能力が低くて筋肉もない。
というか、喧嘩になったとしてどうやって助けるんだよ。
(あー、はいはい。いざとなったら頼むわ)
(うん!準備運動しておくからね!)
シャドーボクシングでもしているのだろう。シュッシュと声が聞こえてくる。
俺も含めてだが緊張感ないな。
しかし、俺の脳内に反して、この部屋は緊張感で張り詰めている。
衛兵は貼り付けた笑顔で俺を見つめながら、一歩ずつゆっくりと壁に俺を追い込んでくる。
壁まで追い込んだ後、勢い良く壁ドンしてきた。
鬼の形相で凄んで一言。
「テメェ調子乗ってんじゃねぇぞ」
おぉ、そう来るか。
「領主様に気に入られてそんな大層な物を貰ったようだが、ここで仕事できると思うなよ」
「いや、だから褒美として貰ったって言ったじゃん」
「知ってんだよそんな事!俺が気に入らねぇのはなんで毎日毎日愛想良く振る舞って領主様に尽くしている俺じゃなくて余所者のテメェなのかって事だよ!」
「テメェ、俺がどれだけその免許を手に入れるために苦労してんのか知ってんのか?」
「知らんよ」
「知っとけや!!このスカし野郎が!!!」
う〜ん、この。
「声。そんなに大きいと外まで響くんじゃないか?」
「……」
「少し冷静になれ。今ここで俺を恫喝しても何も変わらないだろ」
「……チッ、クソが」
衛兵は俺の胸ぐらから手を離した。
(ふぅ……一時はどうなることかと思ったよ)
(俺も殴られると思ったが、意外と理性的だったな)
(こういうの二重人格って言うの?怖いねぇ)
(いや、そういう精神障害ではないと思う)
(そうなの?)
(ああ。相手によって態度や人格が変わるのは人間として普通だから)
(う〜ん?)
(桜ちゃんだって家で親に対する態度と、外で他人に対する態度は変わるだろ?こいつの豹変もその一種だと思う)
(なるほど!)
「医師免許が欲しいなら領主に言えば?」
感情を落ち着けるために部屋の中をぐるぐると回っている衛兵に話しかける。
「もう何度もお願いしてんだよ。でも駄目だと」
「じゃあ、仕方ない。身の振り方を変えなきゃな」
「というか、媚びるより医者としての実績を積んだ方が良いって分かってんだろ?」
「……今更変えられねぇよ」
「何言ってんだ。進んでいる道が間違いだと分かったら進路を変えるしかないだろ」
「……ウゼェな。俺の欲しいもん持ってる奴に言われても何も響かねぇよ」
(嫉妬って怖いねぇ〜)
(同感)
「お前が俺に嫉妬している話はもういいよ。それで、“ここで仕事できると思うなよ”ってのは?」
「テメェはもうこの医師ギルドに所属できないって事だよ」
「なんで?」
「テメェの悪評をばら撒いておいた。“領主に取り入って、金で免許を買った余所者”って」
なるほど。陰湿な嫌がらせがお好きだねぇ。
しかし、俺は良いけど領主の評判も下げてないか?金で言う事を聞く人間って思われるの可哀想だな。
……まぁ、賄賂の件とか考えると領主が金で不正をしていないとは言えないか。
「それで、お前をこの医師ギルドに所属させないことがギルド議会で決定したんだよ。ざまァみろ」
「医師ギルドに所属しないとダメなのか?」
「ふん。物知らずなテメェに教えてやるよ」
「医師ギルドは冒険者の治療を独占してるから、お前が仕事しようとしても冒険者を客にできねェって事だ」
「冒険者は怪我が多くて治療も簡単だからな。それ以外を治療する数倍儲かんだよ」
「なるほどなぁ」
「まぁ、それならいいや。もう帰るんで、鍵を開けてくれ」
「多分もう来ないから。それ満足なんだろ?」
「……あぁ」
「自分の思い通りに事が進んだんだから、もっと嬉しそうにすれば?」
「……あ〜、嬉しいなぁ!!!どうぞ、こちらからお帰り下さい!!」
衛兵に鍵を開けてもらったので廊下へ出る。
すると、先程衛兵と会話していた医者が発信源なのだろう。もう既にこの医師ギルドを出禁になった人物と俺が結びついているらしい。
すれ違う白衣の人間から悉く冷たい視線を向けられている。
それに、後ろから「余所者」「免許泥棒」「成金」「さっさと消えろカス」とストレートな悪口が飛んでくる。
治安悪いな。どうなってんだここは。
(ここの人間全員陰湿じゃない?気分最悪)
(もう来ないからどうでも良いわ)
無感情に外へ一直線。妙に遠く感じた扉から医師ギルドの外へ。
扉を閉めて一息。
ふぅ。さっさと医師ギルドから離れよう。