↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙人が地球に来た理由が、ラーメンを食べるためだった  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/13

第一話 地球が滅亡すると思ったら、宇宙人が味噌ラーメンを注文してきた

その日、人類は滅亡を覚悟した。

午前九時十二分。

地球上空に、巨大な宇宙艦隊が出現した。

一隻ではない。

十隻でもない。

その数、十二万八千四百隻。

月より巨大な母艦を中心に、無数の宇宙戦艦が地球を取り囲んでいた。

世界各国の軍隊が最高警戒態勢に入った。

アメリカ、ロシア、ヨーロッパ、中国。

あらゆる軍事衛星が、地球を包囲する艦隊を映し出している。

国連では緊急会議が開かれた。

「彼らの目的は何だ!」

「侵略でしょう!」

「地球の資源を奪いに来たのでは!?」

「勝ち目はあるのか!」

アメリカ軍の分析官が、青ざめた顔で答えた。

「ありません」

「……何?」

「敵艦隊の一隻だけで、地球上の全軍事力を上回ると推定されます」

会議室が静まり返った。

そのとき地球上のあらゆる通信機器に、同じメッセージが表示された。

『地球文明の代表者に告ぐ』

世界中の人間が息をのんだ。

『我々は銀河帝国第七遠征艦隊である』

『要求はただ一つ』

『速やかに応じなければ、重大な措置を検討する』

国連事務総長が震える声で尋ねた。

「……要求とは?」

数秒の沈黙。

そして、

『味噌ラーメンを一杯いただきたい』

「…………は?」

世界中の人類が、同じ反応をした。


東京の下町。

小さなラーメン店『らーめん銀次』。

店主の佐藤健太、三十八歳は、テレビを見ながら腕を組んでいた。

「……宇宙人もラーメン食うんだろうか」

テレビでは緊急ニュースが流れている。

『宇宙艦隊は味噌ラーメンを要求しています!』

『政府は全国のラーメン店に協力を要請!』

『人類の存亡が一杯のラーメンにかかっている可能性があります!』

健太はため息をついた。

「大げさだなあ」

店には客が一人もいない。

当然だ。

宇宙艦隊が地球を包囲しているのだから、ラーメンを食べに来る人間などいない。

健太は厨房に戻った。

大鍋では、朝から仕込んだスープが静かに煮えている。

「……もったいねえな」

このスープを作るために、朝四時から仕込みを始めた。

味噌は三種類を独自に配合。

鶏ガラ、豚骨、昆布、煮干し。

香味野菜を加え、何度も味を調整する。

父親から店を継いで十五年。

健太が守ってきた味だった。

「宇宙人だろうが何だろうが、食ってくれるならありがたいけどな」

店の前に黒い高級車が三台止まった。

スーツ姿の男たちが降りてくる。

「佐藤健太さんですね?」

「はい?」

「内閣府の者です」

「……税金なら払ってますけど」

「税金の話ではありません」

男は真剣な顔で言った。

「あなたに、地球を救っていただきたい」

「…………はい?」


一時間後。

健太は首相官邸にいた。

目の前には総理大臣。

防衛大臣。

外務大臣。

そして、なぜか有名な料理評論家まで座っている。

総理大臣が口を開いた。

「佐藤さん」

「はい」

「あなたの味噌ラーメンを、宇宙人に提供していただきたい」

「……なんで俺なんですか?」

「宇宙人が指定したのです」

「は?」

外務大臣が資料を見せた。

『地球、日本国、東京都所在、らーめん銀次』

『味噌ラーメン一杯』

『麺硬め』

『ネギ多め』

『チャーシュー三枚追加』

健太は目を丸くした。

「……ずいぶん詳しいですね」

「彼らは地球の通信網を調査したようです」

「それで、なんでうちなんです?」

料理評論家が説明した。

「あなたの店には、三年前に外国人観光客が投稿したレビューがあります」

「レビュー?」

「はい。こう書かれていました」

『人生で一番うまい味噌ラーメン。宇宙人にも食わせたい』

健太は頭を抱えた。

「……それを真に受けたのかよ」

外務大臣が続けた。

「実は、宇宙人は地球上の飲食店の口コミを数億件も分析したそうです」

「数億件!?」

「はい。ラーメンの評価、人気店、注文方法、食べ方まで調査したようです」

「……暇なんですかね」

「銀河帝国の最高性能を誇る人工知能を使用したそうです」

健太は感心した。

「へえ、すごいですね」

「ところが、その人工知能が最終的に導き出した結論が……」

外務大臣は資料を読み上げた。

『味噌ラーメン、麺硬め、ネギ多め、チャーシュー三枚追加』

「……ずいぶん庶民的な結論ですね」

「なお、宇宙人自身はラーメンを食べた経験がないため、麺硬めが何を意味するのかも理解していないそうです」

「分からないのに注文してるんですか!?」

「人工知能が最高の組み合わせだと判断したそうです」

健太はため息をついた。

「……その人工知能、食べログの見すぎじゃねえか?」

総理大臣が身を乗り出した。

「佐藤さん。どうかお願いします」

「……分かりましたよ」

健太は立ち上がった。

「ただし、一つだけ条件があります」

「何でしょう!」

「俺の店で作らせてください」

「それはもちろん!」

「それと、味に文句があるなら作り直します。でも、政治家の都合で味は変えません」

総理大臣は深くうなずいた。

「約束しましょう」

健太は腕を組んだ。

「あと、食い逃げは困りますからね」

総理大臣は少し困った顔をした。

「……それは外交交渉で確認します」


午後一時。

地球上空の巨大母艦から、一機の小型宇宙船が降下した。

着陸地点は東京。

『らーめん銀次』の前だった。

世界中のテレビ局が生中継していた。

宇宙船の扉が開く。

現れたのは、身長三メートルほどの巨大な宇宙人だった。

銀色の甲冑。

六本の腕。

赤く輝く四つの目。

その姿を見た警備員たちが震え上がる。

宇宙人はゆっくりと店に入った。

「……イラッシャイマセ」

妙に流暢な日本語だった。

健太は思わず答えた。

「い、いらっしゃいませ」

宇宙人はカウンターに座ろうとした。

ミシッ。

椅子が悲鳴を上げた。

「……ちょっと待ってください」

健太は慌てて厨房から頑丈な木箱を持ってきた。

「こっちに座ってください」

「感謝する」

宇宙人は木箱に腰を下ろした。

「味噌ラーメン」

「はい」

「麺硬め」

「はい」

「ネギ多め」

「はい」

「チャーシュー三枚追加」

「はい」

宇宙人は少し迷った。

「……大盛り、可能カ?」

「百円増しですけど」

宇宙人の四つの目が大きく開いた。

「ヒャクエン?」

「はい」

「……百円で、麺が増えるのか?」

「そうですけど」

宇宙人は突然立ち上がった。

「信じられん!」

警備員たちが一斉に身構える。

宇宙人は震える声で言った。

「この惑星は……なんという豊かな文明なのだ!」

「……いや、普通ですけど」

健太は厨房に立った。

鍋を熱する。

ラードを溶かす。

ニンニクとショウガを炒め、味噌を加える。

ジュワッ!

香ばしい匂いが店内に広がった。

宇宙人が木箱から立ち上がった。

「な、何だ!?」

「味噌を炒めてるんですよ」

「ミソを……炒める?」

「そうです」

「なぜ!?」

「香りが立つからです」

宇宙人は通信装置を操作した。

「本国へ緊急報告! 地球人は発酵食品を炒めている!」

『攻撃を受けたのですか!?』

「違う! 香りが増している!」

健太は首をかしげた。

「……味噌炒めただけなんだけどな」

宇宙人は説明した。

「我々の文明では、食料はすべて分子合成装置で製造される」

「へえ」

「必要な栄養素を正確に配合し、完全な食物を生成するのだ」

「便利ですね」

「だが、三万年前に自然発酵技術が失われた」

「……え?」

「微生物は不衛生として排除された。長時間の煮込みも非効率として禁止された」

健太は鍋をかき混ぜながら言った。

「……それじゃ、出汁も取らないんですか?」

「ダシ?」

「昆布とか煮干しとか、骨とかからうま味を出すんですよ」

宇宙人は硬直した。

「……骨から、味を?」

「はい」

「死んだ生物の骨を煮て、食物を作るのか!?」

「まあ、そうですね」

宇宙人は震えた。

「なんという恐るべき文明……!」

健太は苦笑した。

「褒められてるのか、けなされてるのか分からねえな」


十分後。

健太は味噌ラーメンを完成させた。

濃厚な味噌スープ。

香ばしい炒め野菜。

自家製の中太縮れ麺。

厚切りチャーシュー。

湯気が立ち上る。

「お待ちどうさま」

健太は丼を置いた。

「味噌ラーメン大盛り、チャーシュー三枚追加です」

宇宙人は丼に顔を近づけ、湯気を吸い込んだ。

「……この香りが、失われた調理技術なのか」

「冷めないうちにどうぞ。麺が伸びますよ」

「メンガノビル?」

「食べるのが遅いと、うまさが逃げるってことです」

宇宙人は六本の腕を震わせ、慌てて箸を取った。

宇宙人は箸を持った。

六本の腕のうち、二本で箸を使い、残り四本で丼を支える。

そして、

ズズズズズッ!

麺をすすった。

一秒。

二秒。

三秒。

宇宙人の動きが止まった。

「…………」

健太は不安になった。

「……お口に合いませんでした?」

宇宙人は震え始めた。

「……う」

「う?」

「うまい」

「ありがとうございます」

「うまい……!」

宇宙人は涙ぐみ、通信装置へ手を伸ばした。

「皇帝陛下に報告せねば……!」

「食べ終わってからにしてください。まだスープがあります」

「……そうだった!」

宇宙人はスープを飲み、今度こそ動きを止めた。

「……何だ、これは」

「スープですけど」

「最初は濃厚なうま味。次に香ばしさ。そして、最後に甘みが残る……!」

「味噌は三種類混ぜてますからね」

「三種類も!?」

「好みの味にするためですよ」

宇宙人は箸を置きかけたが、すぐに握り直した。

「報告より先に、もう一口だ」

「それでいいんですよ」

宇宙人は夢中でラーメンを食べた。

「……完食した」

空になった丼を見つめる。

健太は笑った。

「お粗末さまでした」

「店主」

「はい?」

「一つ聞きたい」

「何です?」

「この料理の値段はいくらだ?」

「千二百五十円です」

「…………」

「大盛りとチャーシュー追加込みで」

宇宙人はしばらく黙った。

「……それは、どの程度の財産なのだ?」

「普通の昼飯代ですよ」

「……昼飯?」

「はい」

「つまり、この惑星では一般市民が日常的に食べられるのか?」

「そうですよ」

宇宙人は再び通信装置を操作した。

「本国へ緊急連絡!」

『司令官! 今度は何ですか!?』

「重大な発見だ!」

『敵襲ですか!?』

「違う!」

司令官は叫んだ。

「この惑星では、伝説の料理が、千二百五十円で販売されている!」

通信機の向こうで、誰かが倒れる音がした。

健太は眉をひそめた。

「……そんなに高価な料理なんですか?」

「銀河市場では、天然発酵、天然出汁、手作業による麺製造を組み合わせた完全なラーメンは、伝説級の文化財なのだ」

「へえ……」

「数千年前、滅亡した文明が最後に作った一杯が、大型宇宙船一隻と交換された記録がある」

「……マジですか」

「その後、再現を試みた文明は数多い。しかし、誰一人成功しなかった」

健太は腕を組んだ。

「いや、作り方を教えればいいだけじゃ……」

「それが可能なのか!?」

「材料と道具があれば、ある程度は」

宇宙人は固まった。

そして、

「……店主」

「はい?」

「あなたは、銀河の歴史を変えるつもりか?」

「いや、ラーメン作ってるだけですけど」


午後三時。

ようやく司令官を送り出した健太の店に、内閣府の職員が駆け込んできた。

「佐藤さん! 追加のお願いです!」

「今度は何です?」

「各国首脳への試食用に百杯、銀河帝国の味覚検査用に二百杯、成分分析用に三百杯です!」

「……合わせて六百杯?」

「はい!」

「俺を六百人に増やす気ですか?」

職員は真顔で答えた。

「銀河帝国から、人体複製装置の貸与を提案されています」

「断ってください!」

健太は深いため息をついた。

「六百杯を今から全部作るのは無理ですよ。スープも麺も足りない」

「では、どうすれば……」

「試食用は今あるスープで作れる分だけ。検査用と分析用は、一杯分を小分けして数をそろえてください。追加分は明日以降の予約です」

「……小分けでもよろしいのですか?」

「味を調べるだけなら、丼一杯ずつ要らないでしょう」

職員は通信機に向かって叫んだ。

「至急、六百個の検体容器を用意! なお、店主の複製は禁止!」

こうして健太は、厨房にあるスープを使って試食用のラーメンを次々と仕上げた。

宇宙人の検査官たちは一口分のスープを受け取るたびに感激し、味噌そのものも研究したいと言い出した。

「この樽を持っていってもよいか?」

「代金を払ってくれるならいいですけど、残りは持っていかないでくださいよ」

「もちろんだ!」

結局、味噌樽が一つ、銀河帝国の研究室へ運ばれていった。

健太は棚を見上げた。

「……明日の仕込み、大丈夫かな」


その日の夕方。

銀河帝国皇帝から地球に正式な外交文書が届いた。

『地球文明との友好関係を希望する』

『ラーメン技術の輸出について協議したい』

『対価として、恒星間航行技術、エネルギー供給技術、惑星環境制御技術の提供を検討する』

世界中が歓喜した。

人類は宇宙文明への第一歩を踏み出したのだ。

しかし、『らーめん銀次』の店主、佐藤健太だけは違った。

「……ちょっと待て」

健太は厨房で腕を組んだ。

「ラーメン一杯で宇宙船一隻なら……」

店のメニューを見た。

味噌ラーメン。

醤油ラーメン。

塩ラーメン。

豚骨ラーメン。

担々麺。

つけ麺。

そして、期間限定の激辛味噌ラーメン。

「……俺、宇宙一の金持ちになれるんじゃね?」

店の外に、再び宇宙船が着陸した。

今度は金色の船だった。

扉が開き、豪華な衣装をまとった宇宙人が現れる。

「地球人、佐藤健太殿」

「はい?」

「私は銀河帝国皇帝の使者である」

「はあ」

「皇帝陛下より、正式な注文を預かってきた」

健太は背筋を伸ばした。

「ご注文は?」

使者は黄金の巻物を広げた。

「味噌ラーメン」

「はい」

「一万杯」

「…………」

「納期は明日」

「…………」

「……あの、一ついいですか?」

「何だ?」

「一万杯って、何人分ですか?」

「一万人分だ」

「そりゃそうでしょうね!」

健太は頭を抱えた。

「うち、カウンター八席しかないんですけど」

使者は真剣な顔で答えた。

「心配するな」

「え?」

「銀河帝国の総力を挙げて、店舗を拡張する」

「……どれくらい?」

「まずは太陽系全域に、一万店舗だ」

「いや、そういう問題じゃねえ!」

健太は思わず叫んだ。

「一日で一万杯なんか作れるわけないでしょう!」

使者は不思議そうに首をかしげた。

「……なぜだ?」

「なぜって、スープの仕込みもあるし、麺も茹でなきゃいけないし、俺の体は一つしかないんですよ!」

使者はしばらく考えた。

「なるほど」

「分かってもらえました?」

「つまり、店主を一万人に増やせばよいのだな?」

「分かってねえ!」

使者は通信装置を操作した。

「本国へ連絡。地球人の店主を一万人に複製する装置を用意せよ」

「ちょっと待てえええ!」

健太は慌てて止めた。

「俺を勝手に増やすな!」

「では、どうすればよい?」

「普通に考えて、注文を分けてくださいよ!」

「……分ける?」

「一日に作れる数には限界があります。順番に提供すればいいでしょう!」

使者は驚いた。

「なんと……!」

「何ですか?」

「銀河帝国の食料供給には存在しない概念だ」

「……何が?」

「予約注文というものだ」

「そんな文明でよく宇宙を支配できましたね!」

使者は深々と頭を下げた。

「では、一万杯は予約注文としよう。納期については、店主の都合を最優先する」

「最初からそうしてくださいよ……」

こうして、銀河帝国史上初のラーメン予約制度が誕生した。

「ところで、代金は前払いだ」

使者が差し出したのは、一枚の書類だった。

『銀河帝国標準輸送艇 一万隻の所有権を、佐藤健太に譲渡する』

健太は書類を見つめた。

「……宇宙船、一万隻?」

「そうだ」

「いや、そんなにもらっても置く場所がないんですけど」

「心配するな。すべて銀河帝国の宇宙港で保管する」

「そういう問題じゃなくて……」

使者は胸を張った。

「一杯につき、銀河帝国の標準輸送艇一隻だ。帝国では自転車のようなものだぞ」

「……宇宙船が自転車?」

「大量生産しているからな」

「日本円なら、いくらです?」

「地球で造れば高額だが、換金には許可が必要だ」

「……結局、売れないのかよ」

「宇宙船一万隻持ってても、家賃は現金払いかよ……」

健太は厨房のメニューを見た。

味噌ラーメン。

八百五十円。

大盛り百円。

チャーシュー三枚追加、三百円。

健太は静かにつぶやいた。

「……値上げしたほうがいいのかな」

使者は即答した。

「構わぬ。十倍でも百倍でも支払おう」

「いや、日本のお客さんが来なくなるだろ!」

健太は思わず叫んだ。

「うちは普通のラーメン屋なんだよ!」

使者は感動したようにうなずいた。

「これほどの財宝を持ちながら、庶民の食生活を守ろうとするとは……」

「大げさだな!」

「店主よ。あなたこそ、真の聖人だ!」

「ラーメン屋だよ!」


その夜。

銀河帝国皇帝の私室。

銀河数百万の星系を支配する、絶対的な皇帝が玉座に座っていた。

その前には、地球から運ばれてきた一杯の味噌ラーメン。

特殊な保存装置によって、出来たての温度と香りが維持されている。

皇帝は震える手で箸を取った。

そして、一口すすった。

「…………」

皇帝の目から涙が流れた。

「……これだ」

側近が驚いた。

「陛下?」

「四万年だ」

「はい?」

「我が帝国は四万年もの間、栄養効率と生産性だけを追い求めてきた」

皇帝は再びスープを飲んだ。

「我々は、何を失っていたのだ……」

側近たちは沈黙した。

皇帝は丼を置いた。

「決めたぞ」

「何をでございますか?」

「地球との友好を最優先国策とする」

「承知しました」

「そして、もう一つ」

皇帝は真剣な顔で言った。

「……麺だけを、もう一度食べることは可能なのか?」

側近は慌てて資料を調べた。

「陛下! 地球には替え玉と呼ばれる、麺のおかわり制度があります!」

「何!?」

「主に一部のラーメン店で、少額の追加料金で麺だけを追加できるそうです。ただし、今回の味噌ラーメン店で対応しているかは未確認です!」

皇帝は玉座から立ち上がった。

「ならば店主に確認せよ! できなければ、二杯目を注文する!」

銀河帝国の国家予算に、新たな項目が追加された。

『地球ラーメン研究開発費』

予算額。

銀河帝国の年間軍事費の三倍。


一方、その頃。

銀河の反対側。

暗黒星域に浮かぶ巨大な要塞惑星で、一通の報告が読み上げられた。

「銀河帝国が、地球でラーメンを発見したそうです」

議場がざわめいた。

「禁断の麺料理が、まだ存在していたとは!」

銀河麺類禁止連邦の最高指導者は、ゆっくりと目を開いた。

「……地球、だと?」

その声には、怒りとも懐かしさともつかない響きがあった。

「艦隊を準備しろ」

「地球を攻撃なさるのですか?」

最高指導者は答えず、ただ一言つぶやいた。

「……きつねうどん」

「は?」

「いや、何でもない。出発の準備を進めろ」

銀河帝国がラーメンに沸く裏側で、別の艦隊が動き始めていた。


翌朝。

『らーめん銀次』の前には、宇宙人たちが列を作っていた。

「健太さん、大変です!」

美咲がスマートフォンを差し出す。

『佐藤健太氏を銀河帝国特別文化大使に任命する』

「大臣への就任要請まで来てますよ!」

「……そんなことより、味噌が足りねえ」

「えっ?」

「昨日、試食と検査で使ったうえに、研究用に樽を一つ持っていかれた。今の客の数じゃ三日ももたねえ」

「銀河帝国に相談しますか?」

「まずは味噌屋だろ」

健太はいつもの問屋に電話した。

『銀次さん! ニュース見ましたよ! ご注文ですか?』

「とりあえず味噌を一トン」

『……店、何店舗に増えたんです?』

「一店舗です。客が宇宙人に変わっただけで」

電話の向こうで何かが落ちた。

『社長に代わります!』

銀河帝国から大臣に誘われた男は、その朝、味噌の仕入れに追われていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。