第20話 六本の糸
マーカスは。
前夜、遅くまで計算した。
それでも。
短くは眠った。
朝。
資料庫の机。
紙。
紙。
紙。
計算。
テググが。
サンドイッチを。
机へ置く。
「食べて」
「あと」
「それ、ハフソさんと同じです」
ハフソが。
少し。
笑う。
「食べた方がいいです」
マーカス。
困った顔。
「はい」
サンドイッチを一口。
すぐ計算へ戻ろうとする。
「飲み込んでから」
アニサ。
「はい」
「もう一口」
「はい」
テググが笑う。
「ハフソさん用だと思ってた注意を、マーカスにもする日が来るとは」
「私は食べています」
「以前よりは」
クアイドエン。
少し笑いが起こる。
命に関わる計算でも。
食べる。
眠る。
止まる。
十二年前と同じことをしないというのは、方法だけではないのかもしれない。
数字へ没頭すると、マーカス自身では止まりにくい。
だから今度は。
周りが止める。
*
計算。
十二年前の刺繍地図。
六地点。
距離。
銀糸。
中央封鎖に残る負荷。
グルアシエルアの。
新しい徴収経路。
全部。
重ねる。
「これです」
マーカス。
声。
かすれている。
でも。
目。
強い。
「六点でずれを分ける」
紙。
「各地点で同時に調整する」
次。
「本来つながるはずだった歴史へ返す」
ハフソ。
母の裏糸。
『一へ集めるな』
一致。
「戻す先は」
「完全に同じ時刻へ、という意味ではありません」
マーカス。
「亡くなった人の未来を作り直すことはできない」
「そこは絶対に?」
「できないと考えるべきです」
マーカス。
「未来まで作り直せると思って進めれば、今生きている人の歴史まで変える可能性があります」
「私たちがやるのは」
彼。
「起きたことを起きなかったことにしないことです」
三百人は亡くなった。
それをなかったことにはできない。
でも。
生きた時間まで歴史から切り捨てたままにしない。
「戻すって、過去を変えることじゃない」
「はい。過去を、過去としてつなぐ」
母の言葉が具体的になる。
「なら」
「その人の時間が切り取られた事実を、元の歴史へ接続する」
名前。
記録。
残されたもの。
その人が。
存在した。
痕跡へ。
戻す。
「時間を消さない」
ハフソ。
「はい」
*
五人は。
グルアシエルアへ。
計算を持っていく。
彼女は。
最初から。
賛成しなかった。
「それだけでは」
紙を。
全部。
読む。
「私は計画を止められません」
「なぜ。代案があるのに」
テググ。
「代案ではなく仮説です」
グルアシエルア。
「国民の時間を徴収する計画は、危険も計算に入れています」
「勝手に取る計画を?」
「はい」
逃げない。
「だからこそ、止めるにはそれ以上の根拠が必要です」
「あなたが間違っていた可能性は」
ハフソ。
「考えています」
「なら」
「考えることと、証明なしで国を賭けることは別です」
正しい。
また。
だから怒りだけでは、この人を動かせない。
テググの顔。
すぐ。
険しくなる。
「まだやるつもりですか」
「成功する根拠が足りないと言っています」
「十七秒は」
ハフソ。
銀針。
「戻せました」
「一時的に」
「はい」
「三百人分と規模が違います」
「違います」
認める。
「でも」
続ける。
「切られた時間へ、針を通せることは分かりました」
マーカス。
計算表。
「配分も」
「仮定が多い」
「はい」
彼。
怖い。
声に。
出ている。
「だから」
別の紙。
「仮定を変えて、何度も計算しました」
一つ。
二つ。
三つ。
違う条件。
それでも。
六地点。
同じ。
「同じ構造へ戻ります」
グルアシエルア。
沈黙。
長い。
「私が」
最後。
「見つけられなかった方法です」
ハフソ。
「はい」
「失敗すれば」
「封鎖が崩れる可能性があります」
「それでも?」
ハフソ。
考える。
「失敗しないと言えません」
言わない。
大丈夫。
とも。
「だから」
五人を見る。
「六人でやりたいです」
「私を入れる理由は」
「装置を動かせるから」
テググ。
「それだけ?」
ハフソは少し考える。
「違います。あなたが、この方法に責任を持って参加する必要があると思うからです」
「外から許可を出す人ではなく、六人の一人として」
十二年前。
決定する側と使われる側は分かれていた。
今度は。
同じ作業の中へ入る。
「六人」
「あなたも」
グルアシエルア。
目。
少し。
揺れる。
*
「六地点を同時に使います」
彼女が。
ようやく。
言う。
徴収計画。
停止。
まだ。
作戦が。
成功する保証はない。
でも。
新しく。
奪う前に。
戻す道を。
試す。
役割。
中央地下。
ハフソ。
「切られた時間を読み、元の場所へ縫い戻す」
北補助点。
クアイドエン。
「返還時の感情を受ける」
西。
テググ。
「六地点の接続を維持」
南。
アニサ。
「薬物経路の中和と、全員の意識維持」
東。
マーカス。
「六地点の時間差を継続計算し、補正値を送る」
王宮。
グルアシエルア。
「徴収装置を停止し、逆転操作する」
六人。
誰か。
一人でも。
欠ければ。
成立しない。
「公平であることに」
グルアシエルア。
「固執しすぎたのかもしれません」
ハフソは。
何も。
言わない。
「私が見つけられなかった代案を、ないものとして扱った」
自分で。
分析する。
公正。
正しい。
それだけでは。
足りない。
「失敗したら?」
テググが。
聞く。
全員。
一瞬。
黙る。
ハフソは。
笑った。
「また六人で考えましょう」
グルアシエルアがほんの少し笑った。
「失敗したあとにも、六人残っていれば」
「残るために、私が意識を維持します」
アニサ。
「経路は切らせません」
テググ。
「時間差は私が見ます」
マーカス。
「感情は流す」
クアイドエン。
「私は縫います」
ハフソ。
「装置を逆転させます」
グルアシエルア。
六人。
できることが違うから。
一緒にできる。
それで。
いい。
今度は。
誰か一人の。
正しさへ。
全部を。
預けない。
*
「開始前に」
ハフソ。
「一度、六人で地下入口へ集まりたいです」
「理由は」
グルアシエルア。
「見ておきたい」
押し込められたもの。
戻すもの。
数字だけではなく。
「何を、返すのか」
全員で。
知ってから。
始めたい。
グルアシエルアは。
静かに。
頷いた。
*
役割を決めたあと。
六人は。
成功条件より先に。
中断条件を書いた。
『中央の意識低下』
『北の感情流量超過』
『西の接続断』
『南の薬香過多』
『東の時間差許容値超過』
『王宮装置の逆流』
「どれか一つでも」
マーカス。
「閾値を越えたら止めます」
「あと少し、でも?」
テググ。
「止めます」
グルアシエルア。
そこだけは。
迷わない。
「成功へ固執しない」
アニサ。
「生きて戻ることを条件にする」
クアイドエン。
ハフソは。
紙を見る。
十二年前。
時間がない。
仕方がない。
そう言って。
人が条件から外された。
今度は。
方法の中へ。
六人の安全を最初から入れる。
「失敗しても」
ハフソ。
「失敗した人を作りたくありません」
「作戦が失敗することと」
マーカス。
「誰かが失敗者になることは別です」
ハフソは。
深く頷く。
グルアシエルアが。
最後に。
王宮の停止命令へ署名する。
「これで」
彼女。
「私一人の判断でも、本稼働へ戻せません」
「自分にも制限を?」
「はい」
公正。
その言葉の使い方が。
少し。
変わり始めていた。
六人で。
始める。
六人で。
止める。
その約束を持って。
地下へ向かう。




