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第6話:隣に住む幼馴染は底辺配信者!? バズりの代償は俺の黒歴史

いつものコンビニで代わり映えのしない弁当を買い、俺は自分の住むアパートへと帰ってきた。


築年数も分からない木造二階建てのボロアパート。元は白かったはずの外壁は雨風に侵食されて薄汚れ、ちょっと強めの風が吹けばそのまま倒壊してしまいそうな頼りなさだ。

赤錆だらけの鉄階段を上ると、「ギシッ、ギイッ」と、まるで限界を迎えた老人の呻き声のような不気味な音が鳴り響く。


自分の部屋がある二階の奥、207号室へと向かって歩き出す。

201、202……そして、206号室の前でふと足を止めた。


そういえば、すっかり忘れていた。


俺が上京する際、親のツテで見つけたこの格安物件。実は数ヶ月前、俺の隣の部屋に新しい住人が引っ越してきたのだ。

彼女もまた俺の親からの紹介物件で、簡単に言えば俺の『幼馴染』である。

名前は小坂(こさか) すみ。昔はよく「澄ちゃん」と呼んでいた。東京の美大に見事合格し、上京してきたらしい。


……とは言っても、一緒に遊んでいたのは子供の頃のほんの数年間だけ。お互い十数年ぶりの再会となるため、俺の中の彼女の印象は「昔よく懐いてきた小さな女の子」というおぼろげな記憶しかない。

おまけにこのクソブラックな職場のせいで、俺は毎日早朝に出勤し、深夜に帰宅する生活を送っている。彼女が引っ越してきた時の手伝いはおろか、まともに挨拶すらできておらず、階段や廊下ですれ違ったことすら一度もなかった。


母親からは「澄ちゃんのこと、ちゃんと気にかけてあげなさいよ」と口うるさく言われているが、こっちは自分の生活だけで手一杯なんだよ……。


だが、今日は奇跡の定時退社日だ。せっかくだし、この機会にちょっと挨拶でもしておくか。

どうせ俺は大学もとっくに卒業したオッサン予備軍だ。今時の女子大生と共通の話題なんてあるはずもないし、適当に世間話をしてすぐにお暇しよう。


俺は206号室のドアをノックした。

「…………」


返事がない。

大学にでも行っているのだろうか?

そう思って立ち去ろうとした瞬間、部屋の中から微かに声が聞こえた。


「あーっ、ヤバイヤバイ! ちょ、誰かカバーして!」


……!?

何か事件にでも巻き込まれているのか!?


慌ててドアノブを回すと、鍵は開いていた。

俺は恐る恐るドアを押し開けた。しかし、そこに広がっていたのは、俺の想像とは全く異なる光景だった。


間取りは俺の207号室と全く同じはずなのに、部屋の主がきちんと整理整頓しているせいか、俺のゴミ屋敷より遥かに広く感じる。

インテリアはピンクや白を基調としており、いかにも『女の子の部屋』といった可愛らしい空間だ。


部屋の隅には立派なドレッサーが置かれ、溢れんばかりのコスメやアクセサリーが並んでいる。

その反対側には美大生らしくイーゼルが立てられていたが、キャンバスは置かれておらず、絵の具のパレットも見当たらない。ただ、大きなスケッチ用のトートバッグが無造作に放り出されているだけだ。


……ん? あのトートバッグ、どこかで見たような……?


そして、肝心の部屋の主である小坂澄は――部屋の中央にあるちゃぶ台の前に座り、ゴツいゲーミングヘッドセットを装着して、ノートPCで必死にゲームをプレイしていた。


「ナイスカバー! redsleepさん、スパチャありがとうございますっ!」


なるほど、ヘッドセットのせいでノックの音が聞こえなかったのか。それにしても、俺が部屋に入ってきたことにすら気づかないって、防犯意識低すぎないか?


女は三日会わねば刮目して見よ、とはよく言ったものだ。

目の前にいる美少女と、記憶の中の「澄ちゃん」が、どうしても結びつかない。

大きめのTシャツにショートパンツというラフな部屋着姿で、お風呂上がりなのか、少し濡れたボブヘアを頭の上で無造作にまとめている。それでも隠しきれない素材の良さ。あの立派なドレッサーを見るに、普段からかなり美容やファッションに気を遣っている今時の子なのだろう。


……ちょっと待て。今時の子。ボブヘア。スケッチ用のトートバッグ……。


点と点が繋がり、今朝の満員電車で遭遇した『あの忌まわしいギャル』の記憶が、目の前の美少女の姿と完全に重なった。


「ああっ! お前、今朝俺を盗撮してた……!」

「ん? え、男の声? みんな、コメント欄で何言って……」


澄がようやく振り返り、部屋の中に立つ俺の存在に気づいた。


「きゃあああああっ!?」


そして、俺が仕事で致命的なミスを犯した時によく上げるような、悲痛な絶叫が部屋中に響き渡った。

後になって知ったことだが、彼女の『ゲーム実況者』としてのキャリアは、まさにこの瞬間に唐突な終わりを迎えたらしい。


――10分後。


パニックに陥った澄を必死に宥め、自分が隣に住む幼馴染の「悠斗お兄ちゃん」であることをなんとか信じてもらった。しかし、彼女の表情は依然としてどん底のままだ。


「悪かったって、機嫌直してくれよ」

俺がオロオロと慰める。


「悠斗お兄ちゃん……自分がどれだけ大罪を犯したか、分かってるの?」

澄は昔と同じ呼び方のまま、この世の終わりのような声を出した。


「配信部屋に『男の声』が入るってことはね、女性配信者にとっては事実上の死刑宣告なんだからね!」

澄は「おじさんには分かんないだろうけど!」とでも言いたげな態度だ。


確かに、最新の配信カルチャーになんて俺は疎い。

「いや、ゲーム実況くらい俺だってたまに見るけどさ! まさかお前が配信なんてやってるとは思わなかったんだよ!」

俺の中の澄は、昔の後ろをくっついて歩く小さな女の子のままだった。こんな風にネットの海で自己顕示欲を発散しているとは夢にも思わなかったのだ。


「ゲーム実況だけじゃないもん。私、他にも動画のチャンネル持ってるし。今の時代、インフルエンサーとして成り上がるには、一つのジャンルに固執しないでマルチに展開していかないとダメなんだから」

澄はいけしゃあしゃあと、いっちょ前に業界人ぶったセリフを並べ立てる。


「へえ、お前、そんなに凄いやつだったのか」

「ふふんっ! これが最先端の『複数アカウント運用』ってやつよ!」


「じゃあ、その凄いアカウントとやらを見せてくれよ」

とりあえずチャンネル登録くらいはしてやろうと、俺は澄のノートPCを自分の方へ引き寄せた。


「あっ、ちょ、ちょっと待って!」

澄が慌てて止めようとしたが、時すでに遅し。画面はバッチリ俺の視界に入っていた。


『水灯のゲーム実況チャンネル チャンネル登録者数:24人』


「「…………」」

俺と澄の間に、重苦しい沈黙が落ちた。

過去のアーカイブ動画を見ても、再生回数はどれも二桁、多くても100回にすら届いていない。


「……これが、お前の言う『大人気チャンネル』か? 普段、何人くらい見てくれてるんだ?」

「こ、これだから数字しか見ない大人はダメなのよ! 大切なのは、リスナーの皆さんに笑顔を届けるっていう、純粋なハートでしょ!」

澄は目を泳がせながら、必死に口笛を吹いて誤魔化そうとしている。


俺は内心ホッとしていた。もし彼女が数十万人の登録者を抱える大物VTuberや配信者だったとしたら、マジで土下座して切腹しなければならないところだった。


ブラウザのブックマークバーには、他にも「水灯」という名前を冠したチャンネルがいくつか並んでいた。俺は容赦なくそれらをクリックしていく。


『美大生・水灯のお絵かきチャンネル 登録者数:12人』

『水灯の爆食いグルメ道! 登録者数:25人』

『水灯の垢抜けメイク術 登録者数:157人』


見事にどれも底辺を這いずり回っている弱小チャンネルじゃないか!


「なぁ、澄ちゃん。これが君の言う『複数アカウント運用』の全貌かい?」

「なによ! 素人が口出さないでよ! こ、これからバズる予定なんだから!」

澄は顔を真っ赤にして反論した。


「別に何をして遊ぼうがお前の自由だけどさ。学業の方はどうなってんだ? 部屋に絵の具の一つも出てないじゃないか」

実際、美大生を売りにしている『お絵かきチャンネル』の動画本数が一番少ないという本末転倒っぷりだ。


「そんなの、もうどうでもいいの」

「は?」

「だってそうじゃん! もし運良く美大を卒業できたとしても、就職できる保証なんてどこにもないし! 仮にどこかのゲーム会社やデザイン事務所に入れたとしても、毎日毎日終電まで残業させられて、自分の描きたくもない絵を量産するだけの『社畜』になるんでしょ?」


澄はそう言いながら、俺の顔をチラリと見た。隣に住んでいるのだ、俺が毎日どんな死んだ魚の目をして出勤し、深夜に帰ってきているか、彼女は嫌というほど知っているのだろう。


「でも、大物インフルエンサーになれれば違うもん! 毎日お昼まで寝てて、適当に動画を撮るだけでチヤホヤされて、寝っ転がってるだけでお金が稼げるんだから!」


……なんだその、ネットの底辺が抱くような歪んだインフルエンサー像は。

まぁ、俺だって仕事で限界を迎えている時は、「YouTuberになりてぇ……」と現実逃避したことは何度もあるので、強くは言えないが。


「いや、でもさ、お前のこのチャンネルの惨状を見る限り……」

年長者としての最後の責任感から、俺はなんとか彼女を現実の『社畜の道』へ引き戻そうと説教を試みた。


「だーかーら! これからバズるの! 嘘だと思うなら、今日アップしたばっかりの新作動画を見てよ!」

澄は俺からノートPCを奪い取ると、『水灯の垢抜けメイク術』のチャンネルの最新動画を再生した。


それは1分ほどのショート動画だったが、なんと再生回数が『1.3万回』を超えていた。他の動画の数十倍という、紛れもない『プチバズり』である。

しかし、その動画のタイトルを見た瞬間、俺は嫌な汗が噴き出した。


『【放送事故】朝の満員電車、カオスすぎて草www』


……ん?

動画が再生されると、そこに映っていたのは――両サイドの女性を避けるために、顔を真っ赤にしながら必死に『ジョジョ立ち』で耐え凌ぐ、俺自身の姿だった!


ご丁寧に、俺の顔にはモザイク処理が施されていたが、澄にはモザイクの向こう側が誰なのか、ハッキリと分かっているはずだ。


「え、ちょっと待って……これって……」


俺の顔と、動画の中の『ジョジョ立ち男』を交互に見比べた澄は、ついに俺がとうの昔に気づいていた事実に辿り着いたようだ。


「お、お兄ちゃん……今朝の電車にいた、あのキモい社畜のおじさんだったの……!?」

「誰がキモいおじさんだ! 俺はまだ28歳だぞ!」


すると次の瞬間、澄は突然俺に飛びかかり、そのまま床に押し倒してきた。

胸元に顔を埋めた状態から見上げてくる彼女の瞳には、まるで大金脈を掘り当てたかのような、ギラギラとした星が輝いていた。


「見つけた……っ! お兄ちゃんこそ、私のチャンネルを救う『福の神』だったんだね!」

「はあ!? お前、急に何を言って……!」


「これからも、お兄ちゃんを動画のネタにさせてよ! お兄ちゃんのその悲惨な社畜ライフを配信すれば、私、絶対に大物インフルエンサーになれる気がするっ!」

「……はあああああ!?」


どうやら澄は、たまたま起こった一度のプチバズりを完全に『自分の実力と天才的な企画力』だと勘違いしてしまったらしい。

俺の平穏な日常は、この底辺配信者の幼馴染によって、さらなるカオスへと引きずり込まれようとしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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