第10話:後輩の鋭い直感と、幼馴染(美少女)からのメイド服の誘惑
橘先輩が席を外した途端、三浦は待ってましたとばかりに俺の左隣の席へと移動してきた。
「橘先輩がいなくなった途端、なんかホッとしてませんか?」
「……お前には関係ないだろ」
確かに、先輩の前では「変なところを見せられない」と気を張ってしまうが、このからかい好きの後輩が相手なら、そこまで頭を悩ませる必要がない分、気楽なのは事実だ。
「それにしても、さっきあのタイミングで昭和のBGMが流れなかったら、完全に放送事故でしたね! 日向先輩、本当に悪運が強いっていうか……」
三浦は意味深な笑みを浮かべた。
俺はビクッと肩を揺らした。まさか、こいつ何かに気づいているのか?
「冗談抜きで聞きますけど、日向先輩。あの化石みたいなガラケーに、一体どんな秘密が隠されてるんですか?」
三浦はズイッと身を乗り出してきた。
顔が近い。彼女の体温と、クチナシの甘い香りが直接伝わってくる距離だ。
「今朝、先輩が出社してきた時、完全に『死んだ魚の目』をしてて、いかにも『今日はお説教食らって大惨事になります』って顔してたんですよ。でも、あのガラケーを弄った直後から、先輩の全身から……なんというか、ほんのり『ピンク色のオーラ』みたいなものが漂い始めたんです」
「はぁ? オーラって……お前、急に胡散臭いスピリチュアル系の占い師みたいなこと言い出してどうした?」
俺が呆れたようにツッコミを入れると、三浦は少しだけ真面目な顔つきになった。
「先輩は信じないかもしれないですけど、私、昔からそういう『感知能力』みたいなのがあるんです。その人が纏っている空気感とか、運勢の流れみたいなものが、なんとなく色や雰囲気で分かるっていうか」
三浦の瞳が一瞬だけ暗く沈んだ。どうやら、その能力のせいで過去に何か苦労でもあったらしい。
「だから私、その場の空気を読んで、うまく立ち回ったり場を盛り上げたりするのが得意なんですよ」
なるほど、妙に説得力がある。
俺の部屋に本物の『神様』が居座っているという現実を思えば、彼女の「オーラが見える」程度の超感覚など、すんなりと受け入れられてしまう。
三浦という人間の本質(鋭い直感の持ち主)が分かった今、彼女の対処法も自ずと見えてきた。
「教えてやろうか、三浦……」
俺はわざとらしく口角を上げ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「あのガラケーの中にはな……『神様』が住み着いてるんだよ!」
「「…………」」
三浦は、親でも殺されたかのような、ドン引きした目で俺を見つめた。
「……先輩、ちょっと二次元のソシャゲのやりすぎで、脳みそ溶けちゃったんじゃないですか?」
「本当だぞ。しかも、俺の願いをなんでも叶えてくれるんだ」
「アラジンの魔法のランプじゃないんですから!」
予想通りの反応だ。三浦のようなタイプは、こちらが必死に隠そうとすればするほど、ヘビのようにしつこく絡みついてくる。
ならばいっそ、最も荒唐無稽な『真実』を冗談めかして暴露してやればいい。どうせ信じやしないのだから。
「……でも、不思議ですね。今の先輩から、『嘘をついているオーラ』が全く感じられないんですよ」
三浦は両手で頬杖をつき、フグのようにぷくっと頬を膨らませた。
「まぁいいです。先輩にも、私に言えない中二病的な事情があるんでしょうから!」
三浦はそう言って、パタンとトレイを片付け始めた。
「行きますよ、先輩。そろそろ昼休み終わっちゃいますから」
「あ、ああ」
俺も慌ててトレイを持ち上げ、彼女の後を追った。
なんとか、今回も無事に(?)追求を躱すことができたようだ。
結局、その日も終わってみれば午後10時までのサービス残業だった。
重い体を引きずりながら、ようやく自分の住むボロアパートの前まで辿り着いた。
「あ、悠斗お兄ちゃん」
アパートのエントランスで、ちょうど両手にゴミ袋を提げた幼馴染の小坂澄と鉢合わせた。
「こんな時間まで残業してたの?」
澄は少し勝ち誇ったような、ドヤ顔を浮かべていた。まるで「ほらね、私が言った通り、社畜になんてならない方がマシでしょ」とでも言いたげだ。
「あ、ああ……」
俺の手にはコンビニ弁当、そしてもう片方の手には、ソシャゲのデイリーミッションを消化するためのスマホが握られている。疲労困憊の俺は、適当な生返事を返すのが精一杯だった。
通勤と帰宅の僅かなスキマ時間を使わなければ、日課のミッションすら消化しきれないのだ。
「じゃあさ、明日私の動画の撮影、手伝ってよ!」
「お前、頭湧いてんのか? 俺はもう犬より疲れてんだよ。お前の遊びに付き合ってる暇なんてない」
「えーっ! この前、手伝うって約束してくれたじゃん!」
あれは、お前のウザ絡みから逃げるための嘘だ。
俺は反論する気力もなく、そのまま階段へと足を向けた。
「手伝う暇もないくせに、ゲームする暇はあるんだー」
ササッとゴミ捨てを終えた澄が、小走りで追いかけてきて、狭い鉄階段で俺のすぐ横に並んできた。
ただでさえ狭い階段だ。
俺と澄の肩がぴったりと触れ合い、彼女は俺のスマホ画面を覗き込もうと、顔をグイッと寄せてくる。
……おいおい、いろんなところが当たってるぞ!
「ねえ、このキャラクターなに?」
澄は、俺の画面に映っている『メイド服を着た巨乳の美少女キャラクター』を指さして聞いてきた。
「……教えない」
「ふーん、ケチ。いいもん、自分で調べるから」
澄は自分のスマホを取り出すと、なんと俺の画面をパシャリと撮影し、その場で画像検索をかけ始めた。現代っ子の恐るべきリサーチ力だ。
「えーっと……『エルノ。主人公の幼馴染。長年離れ離れだったが、彼に近づくために素性を隠して専属メイドとして仕える』……へぇ〜」
澄は、蔑むような、そして少し引いたような目を俺に向けた。
「悠斗お兄ちゃん、まさか私に対して、そういう歪んだ願望抱いてないよね?」
「抱くかバカ!!」
だから周りの人間に見られたくなかったんだよ!
現実とフィクションを混同するヤツはどこにでもいる。会社でソシャゲを開く時も、「先輩」属性のキャラクターの画面は、橘先輩に見られないように細心の注意を払っているのだ。
三浦に見られた場合は「うわ、キモっ」と揶揄されるだけで済むが、澄のような幼馴染に見られると、妙な生々しさが出て非常に気まずい。
俺はそそくさと階段を駆け上がり、自室へ向かって歩くスピードを速めた。
「あっ、ちょっと待ってよ! 無視しないで! ねぇ、じゃあさ、メイド服の動画でも一緒に撮る?」
「はぁ?」
俺は思わず足を止め、振り返って澄の顔を見た。
「やっと興味持ってくれた? 私、メイド服のコスプレとか全然できるよ!」
一瞬、澄が『エルノ』のようなフリフリのメイド服を着て「お帰りなさいませ、ご主人様♪」と言ってくる姿を想像してしまった。
……いやいやいや、今はそんな煩悩を爆発させている場合じゃない。
「分かった分かった。今度、俺の仕事が落ち着いて時間ができたら、何か動画の撮影に付き合ってやるよ。だから、そういう露出狂みたいな動画を撮るのはやめとけ」
「えーっ? なになに、もしかして悠斗お兄ちゃん、私のメイド服姿を他の男に見られるのが嫌なのー?」
澄はニシシと悪戯っぽく笑い、俺をからかってきた。
実際、澄ほどのルックスがあれば、少しあざといVlogやコスプレ動画でも出せば、瞬く間にオタクのファンがつくはずだ。前回のチャンネルを見た時、彼女がその『王道ルート』を全く通っていなかったことには、ある意味で驚かされた。
インフルエンサーとして本気でバズりたいくせに、自己プロデュースの方向性が致命的にズレているのだ。とはいえ、俺としては、彼女にそんないかがわしい方向へ進んでほしくないというのも本音だった。
「……まぁ、そういうことにしておいてくれ」
「……えっ!?」
からかってやろうと思っていたのに、俺から予想外の『ストレートな独占欲』をぶつけられた澄は、瞬時に顔を真っ赤にしてフリーズした。
「そ、その……っ、私たち、ずっと離れ離れで、再会したばっかりだし……! お互いのこと、まだよく分かってないっていうか……! も、もう少しステップを踏んでから……!」
「お前が何を盛大に勘違いしてるか知らんが、そういう意味じゃないからな!」
アホらしくなって突っ込んでいる間に、俺は自分の部屋である207号室の前に到着していた。
「とにかく、撮影は俺の暇な時な!」
俺は真っ赤になっている彼女を廊下に置き去りにし、さっさと自分の部屋のドアを開けて中に逃げ込んだ。
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