森の奥の湖、白昼の夢
翌日。
『では、おれは狩りをせねばならんから』
「『かたじけない。村にますますの清栄あるを』」
南方へまっすぐ向かうルートを教え、そこから逸れた名所(?)の位置をガイドした後、『ははは、努力してみるさ豪快な笑いを残し、戦闘民族の酋長は姿を消した。
「ゆかいな方々でしたね」
「ああ。まさかお前が寝かしつける側に回るとは思わなんだが」
「まぁっ!」と気色ばんで、はっと気づいて口元を覆う。「……そ、そうでした。わたくし、昔はよくスゴロクさまを困らせていました……」顔なんか真っ赤である。
「ははは。そう縮こまるな。あれは余もなかなか面白かったからな」
弱い者、未だ力を持たぬ者には優しく接するものだと理解したのは、シリルやロデル始め養子たちの面倒を見始めたあたりからだ。自分の親にも同じことを言い聞かされていたのだろう、すんなりとそう考えるようになっていた。魔王として変わり者だと言うなら、そのきっかけを与えたのは間違いなく母だ。
「さあ、進んでみようぞ。酋長殿に聞いた箇所も回ってみたい」
「わかりました、スゴロクさま」
まずは不可思議なる湖を目指すべく、二人は獣道を横に逸れてみた。近づいていくにつれ空気は湿り気を増し、木々は春雨に撃たれたかのような潤みを持ち始める。
「水の力がとても強いようです……精霊らが騒いでいる」
「であるな。言われて気づく余も余だが」
「あはは。行ってみましょう。きっと滝とかもあります」果たして猫娘の推量は正しかった。鬱蒼としたジャングルを進んで行くと、さあさあと透き通った水を落とすいくつもの滝つぼの中央に、『日の光も届かないのに』美しく輝く湖があった。
少々を手酌で拝借して顔を洗うと『魔眼』さえ研ぎ澄まされたようで、「なるほどな」魔王はしたり顔で口角を上げた。
「スゴロクさま?」
「ロデル、今は第三の月であったな」
石碑の如く立ち苔むす岩に手を触れつつ、確かめる。「左様です」
「ならば大きな事は起こらない」断言して、湖の深くを覗き込んだ。
「おお……!」「あ……!?」
それぞれの驚きは、別々の映像をその目で捉えたためだ。片や疑問、片や羞恥。二人はそれぞれ目を回しながらも、何とか気持ちを落ち着けようと口を開く。
「スゴロクさま、何が見えましたか」
「旅をしていた。今と変わらず旅を……。ロデルは」
「わ、わたくしは……秘密、そう秘密ですっ!」
魔王は深く問いただすことをせず、岩に刻まれた詩片を書き留める。
――第一の月影、われに混沌の欠片もたらさん
――第二の月影、われに癒しの魔力をば授けん
――第三の月影、なんじに心の望みをば見せん
――第四の月影、なんじが影にぞ生命の宿らん
詩の正しさは、先ほど見たおのれ自身の映像が証明していた。第四の月の夜にこそ、噂通りのことが起きる、ということになる。
「すすスゴロクさま、この『混沌の欠片』って何ですか……っ!?」
「落ち着け、ロデル。『混沌物質』と言ってな。何の力でも与えれば、なんにでも変化すると言う代物だ。この世界を形作る大元となったといわれる、いまは最も希少な魔法鉱石だ。異世界にもこの種の話はあるのだよ」
「……では、もとを辿れば、これが大地であり空であるということですか」
「理解が早くて助かる。いかにも理屈っぽいが、まあそういう物なのだろう」いちいち気にしていたらキリがないと言うような調子で、魔王は言った。
「行くぞ。お前の望み……余にはわからんが、それも良い。叶えるには行動である」
「はいっ!」
「善哉。ところでロデル、もしも今が、魔を生み出す月の照る夜であったなら……。ふふ、どんなことになっていただろうなぁ」
「とんでもないことになっていたでしょうね。月齢に感謝したのは初めてです」
有り体に言えば、魔の水鏡の向こうから、『もう一人の魔王スゴロク』が生まれるはずであった。
それも悪くないかも、という無茶な思考を振り払って、ロデルは君主の手を後ろから取った。
2016年 01月15日 12時09分 公開




