やっと一段落
翌日。
どうしても目に見える形で礼をしたいという幼い君主の提案に乗り、魔王は思案顔を作る。
「書物をいただけないだろうか。原本はお返しするのでご安心いただきたい」
「構わんよ。焚書は行っていないようじゃし」
城の書物倉庫から好きなだけ持ち出せと許可を与えてから、はたと気づく。
「原本は返すと申されたのう」突然目を輝かせて、「高度な印刷のわざを持っておるのか!?」
「左様です。お分けしますかな?」
「ぜひ頼む! わが東大陸の優れた書画を、世界中に流通させてみたいのじゃ!」
「承知。ナルタキ様は御当地の文化を大切に思っておいでですな。『東ノ都』はきっと、この地に住まう魔族の諸国も羨む国家となりましょう」
「そうでありたいものじゃ。わらわのふがいなさで……惣次郎や吉ェ門、周囲にも、民にも迷惑をかけた。摂政めもうまく御すれば、国益に資したやもしれん。せんなきことではあるが」
上手く事を運べなかった悔しさや、やるべきことやできることをしなかった嫌悪感は、おおよそスゴロクには無縁である。
他国の領土や世界の覇権に関心があったわけでもないし、臣下も友も育ての子どもたちも居る。極論、埋めるべき欠落を見つけられなかったと言って良い。
元々望むところが少なかったおのれに比して、この姫の何と望み高きことか。
「ナルタキ様。私などの助言は役に立たないかもしれませぬが……望まぬ出来事の中にも拾うべき望みがあるのではなかろうかと思います」
「そうやもしれんな。あの騒動の中にも、わらわとしては得る物が大きくあった。喜ぶべきなのであろうの」
実際、国には喜ばしいことが続いている。近衛部隊の元隊長・東雲雪路をはじめ、摂政に従っていた兵のほとんどが再びナルタキに堅い忠義を誓った。
彼女自身も太守の職を正式に継ぎ、『兄』と慕う冴島惣次郎との婚約の儀が成った。
都と一線を画していた魔族の諸国も、摂政放逐の報を聞きつけて新たに条約を結び、ともに東大陸全体の繁栄を築かんとする立場をとった。
「感謝する、スゴロク殿」姫は再び、深く頭を下げる。少しだけ待てと言い置いて真っ白な扇を広げ、指に魔力を込めると扇面をなぞった。
「せめてもの御礼じゃ。当地の辺境なら役立とうぞ」
「有難く。いずれ交易関係の書面をお届けいたします」
「そう言えばおぬしも王であったな」と笑い、「これから何処へ行かれるのか」
「まずはこの地の辺境を探索し、南大陸へ向かう予定です」
「そうか……気をつけてな。是非にもまた来られよ、この国をよい方向へ持っていってみせる」
実際に袖まくりして見せる姫の健気さに微笑して、魔王は踵を返した。
2016年 01月06日 11時53分 公開




