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冴島惣次郎という男

 翌日。『都』に程近い宿の一室。

まことにござるか!?」

 東国を取り仕切る摂政が、戦役時に魔界よりやってきた『魔王』であることを告げると、冴島惣次郎さえじまそうじろう瞠目どうもくした。

「余には分かるのだ。冴島殿……聞きたいことがある」息もつかせず、「貴公ならばどうする。かの美しき姫君は巨大なる悪漢にとらわれ、今日にもめとられんとする身だ」

 ナルタキ自身が諦めのもとに決断したとは、スゴロクには思えない。それでは意味がないのだ。姫がこの若者を連れてここへ戻った意味が、ないのだ。

 彼は知っている。弱くも強く幼くも健気な姫のいだ憧憬しょうけいを、恋慕れんぼを、その口から聞いたのだ。

なぜ暴挙ぼうきょとも思える手段をとったのかも容易に推し量ることができる。

 躊躇ためらいも何もなく「好いておる」と言える素直な女性だ。いま彼女を支えるのはただ、『兄』としたう惣次郎に対する信頼であろう、情愛であろう。

「英雄ならぬ私にも、『魔王』とは……一太刀ひとたち浴びせることのできる存在でしょうか」

「貴公の強さはかなりの物と見た。が、独力では難しいだろう」

 男と男はにらみ合っている。剣をまじえるごとく視線を交え、言葉以上に心を語らう。

 ロデルには、できうる限りの対策を打つよう指示してある。もちろん快諾してくれた。シオン達は「二人で話せ」と言い置いてそれぞれ散った。

 気を遣わせているな、とも思ったが、ここは享受きょうじゅするべきである。「それでも剣をるか。……貴公には、執れるか」

 好いた少女のためだけに剣を執った少年が居た。ジェシー=ヴェントは厳しい修行を乗り越え、見事に思いびとをその手にいだきとめた。

 『魔眼まがん』が指し示すところに従えば、冴島惣次郎もまた、彼にならうことのできる好漢こうかんである。惜しむらくは本日この日に式典が執り行われることであった。

 人間界のあらそいに干渉しないときめてはいるが、必要とあらば援護えんごを惜しまない気持ちを、魔王スゴロクは持っている。

「摂政……名伏朧庵なふしろうあんは、重用ちょうようする家臣のほかに、子飼こがいの部隊をいくつか持ってござる。

「ほう?」

「一人ひとりを相手にするのであれば拙者、負ける気はせぬ。だが合戦となれば別……。姫をお救いせねばならぬものを」

 部を好む中央大陸の賢王けんおうと違い、婚姻記念の武術会などは開かないようだ。

 少しでも惣次郎の優位に状況を持って行くにはどうしたらよいか――スゴロクは己の発想の貧困さをすでに自覚してもいた。

「酒宴に提供する酒の算段さんだんをつけて来た。ロウアンは酒飲みのようだな。場合によっちゃ、吉ェ門殿のコネでどうにかできるかもしれんぞ」

 貧困なりにでも、無理やりにでも口を動かした。真摯しんしさとはこれであろうか?

「ははは……コネか。サムライ道にはない言葉だ」惣次郎は『都』が誇る名水をグびりと飲み、喉を潤す。

「こちとら気が気でないはずなのだが、不思議と取り乱さずに済んでおる。貴殿のおかげだろうな」

 魔王は「余の言うことが見当はずれだからだろうな」と毒づいてみせつつも、

「内容はとにかく案を出すのだ。使える物はなんでも使うのだ。隠れる巨悪に対抗し、かつ貴公は無事に姫のもと帰参きさんせなばならんのだから」

真剣さを保って言う。

 酒を使うにしても摂政についた人間すべてを懐柔かいじゅうはできまいが、酔い潰して方針を変えさせるのは良い手かもしれない。そう思い至った時、朗々(ろうろう)たる声が響いた。

「ロデル=カッツェ、ただいま帰参いたしました!」

「おお、戻ったか。すまぬな、余ではよき案を出せなんだ」

 考えれば深淵しんえんにまでたどり着ける理知を誇っていながら、いつも考えなしに動いているからこうなる。

「ご心配には及びません。此度こたび、行動を請け負ったのはわたくしでございます。貴方さまはお待ち戴かねば」

 夫婦が常に互いを補うとすれば、慎重さは赤毛の猫娘が持っている。弾んだ調子で歩き、座して真剣な顔をする。

「スゴロク様、交渉の結果、祝いの宴会もわが社で取り仕切らせようという話になりました」

「なんと、それは重畳ちょうじょう!余のてんてこ舞いも無駄ではなかったか」

「は。……ロウアンめは己を高め、ほめやそす者ばかりを重用しているようです。思考が緩んでいるのでしょう、エルヴェ殿がチョイと誘っただけで乗ってきましたよ」

 いぶかしげな顔をして聞き入っているサムライに、「肩の力を抜いてくださいませ。姫様にも、冴島殿がきっと参られるとお伝えしてあります」

 惣次郎はこの日初めて、口もとを緩めた。

「では……余興という形で、奴の近衛部隊を片付けさせてもらうか」

「かたじけない」

 男二人の言葉に笑顔で応え、猫娘は秘書の顔に戻る。『魔王スゴロクの秘書』にふさわしい、悪戯者の光を瞳に宿して。

「敵兵力ですが……これは勇者殿たちが昨日のうちにほとんど片付けてしまったそうです」

「ありがたいな。こちらは好きに動けるわけだ」

 商人あきんどにあるまじきワルそうな笑みを、スゴロクも浮かべた。

2015/12/22 12:07 公開

2016/01/12 11:22 誤字修正


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