東大陸ひと騒動(4)
「おお、スゴロクどのにロデルどの。今日は何用じゃな」
姫は文机から顔を上げて聞いてきた。重圧ばかりの日々から抜け出すために来たと言うのに、ナルタキは髪を前に筆を取っている。幼くも勤勉な姫であった。
「少し休息を取れませんかな」
「かまわんぞ」机から離れたのを見計らい、「今よりナルタキさまに、面白きものをご覧に入れましょう」ロデルは気取って告げた。
剣の魔力を引き出して(いつの間にできるようになったのやら)、転移の紋章を次々と描き出す。夏休みのもうすぐ終わる魔王軍が現れた。
「おおっ……! なんと美しい!」
利発な姫なら何かに気づきそうなものではあるが、いまは素直な感性が理知を上回ったようだ。
珍しい公休にも関わらず着飾って過ごしている者も居たようで、簡素な畳敷きの部屋に華美なファッションショーがやってきたようだった。
ロデルと目配せを交わしたシェリーが頷き、7人の魔族も一斉に転移術を行使し始める。はしゃいで喜ぶ姫の声につられてか、惣次郎の屋敷の奉公人らも集まってきた。
「わが『ワンダーダイス』が誇る社員一同であります。此度は小さいながら、ベーゲンセールを開催したいと思います!」
広い部屋には今や、一面の商品が並べられ、それぞれ好む物品を売るべく魔族たちが居並んでいる。
てんやわんやの大騒ぎの中、暫く買い物を楽しんでいた姫がこっそり抜け出すのを、魔王は見逃さなかった。
少しの時間を置いて追い、掛け軸がかかっただけの茶室に入る。
「どうなさった、ナルタキ様。お買い物は淑女のたしなみ、もっと楽しまれれば宜しいのに」
「あいすまぬ……少し、思い出しとうないことを思い出した」
隣に座っても良いかというので快諾する。
「わらわは、君主となるべく修行を始める前にの……好きだったものを取り上げられたのじゃ」
「なんと。全部ですか」
「父上や母上から戴いた物だけは守った。今わらわが持っておるのは、それらと、山のような教練書だけ。
だからな、何でも持っておるおぬしが――厭な子と思うてくれて良い、うらやましく思えてしもうたのじゃ」
厭だなどとは思わなかった。この姫にいま必要なのは、何を言っても否定しない聞き役だ。自分にとってのロデルが健気に果たしてくれる役割こそ果たすべき。
自分の思い通りに動くことが他者を刺激し、時に動かすことは知っていたが、この考えは人間界の旅路の賜物であった。
「わらわは、……自分で言うこともないが、自分なりに頑張ってきたつもりじゃ。じゃが、皆ののぞむ成果をあげられておらんのか知らんが、まったく相手にしてもらえぬ」
俯いているうちに溜っていた鬱憤や泣き言が込み上げて来たのだろう、細い嗚咽を上げてポロポロ涙をこぼす。
10代の子どもらしい言い様だと思う。全面的な肯定を示すべく、頷いてみせる。
「自分なり、ではダメなのか……スゴロク殿。大事にしていたぬいぐるみを取り上げられた時だって……その時も、っ……泣いたり、せなんだのだぞ?」
「孤独であるゆえでしょうが……自らの愛好するものを傍らに置かぬ君主はそう居ません。そのやり方は大間違いです。断言してもよい」
自分の好むものばかりに囲まれているスゴロクとしては、どうにも切なさが感じられてならなかった。同情したり入り込むことは避けようと思ったが、なかなかどうして困難である。
2015年 12月15日 10時57分 公開




