北方温泉開拓戦(1)
「ねえスゴロクさま」
「何であるかロデル」
「温泉郷って、なんで魔物に好かれるんでしょう」
「さぁなぁ……」
色々と説があるのだが、今はそんな場合ではない。……などと逃げ口上を言ったところで引き下がる婚約者ではないことを、スゴロクは知っている。
「戦いながら喋る。記憶できるな」
「もちろんです、魔王さま!」
沸き上がるように寄って来る魔物どもをなぎ払いつつの講義となった。
「『温泉』というのは大変に不可思議なのだ」
構えた杖を振り上げて小規模な爆発を起こす。「たとえば、お前も知っている魔界の温泉郷。連れて行ってやれんのは申し訳ないが」
魔界の屋根と呼ばれる大山脈の最奥地にある温泉郷は、『古今の万物』に好まれ、『それらを引き寄せてしまう』性質があるらしい。
古今の、とスゴロクが推量しているのは、どう見ても古代の魔物であるとしか思えない連中の目撃談が多数記されているためである。
昔の『魔王』は今の『魔王』より相当強かったようで、かの地に関する記録には事欠かない。それらの記録を片っ端から精読した(ヒキコモリならではだ)結果、スゴロクはひとつの結論を既に得ている。
「あのあたりはどうにも、時間の進行から取り残されているようだ」
「『戦役』以前――古代からの環境が、今も残っていると?」
「理解が早くて助かる。奇特な魔王は余を置いて他にも結構いたらしくてな、記録がたくさん残っているのだが……。山ひとつが動くような大怪獣やら核の周りを濃硫酸が満たす単細胞生物やら、果ては『龍族の天敵』と呼ばれた古い古い種族の国までがあるというのだよ」
マユツバもんだけどな、と息をつくと同時に、炎の魔物を氷漬けにする。
「みなの戦況はどうだ」
「ライザさまから援護要請来ました。ヴォルフさまがヒマそうなんで声掛けてくださいますか」
「承知」
ロデル=カッツェは、戦場にあっては魔王軍の指揮権を持つ、言わば『特務大将』である。
自由に戦うことを好む彼らの動向をスゴロク直伝の『網』で把握し、君主からの指示あればそれを周知して参戦者全体を統括するのが役割だ。
普段に増して冷静かつ鷹揚なのは、早くから魔物相手の軍略に興味を持ち、なぜか国土守備隊の指揮を任されてきた成果である。
『盤を前にすると性格が変わる』と言われる彼女の指揮が心地よくて、わざと全力を出さない愛すべきバカの方が多いほどだ。
それをも把握していることで気苦労ばかり増えているのも事実だが、仕事の全てを楽しむ気概と周囲の応援がこの娘にはある。
「ロデルは良い指揮官になった」
任意の範囲を瞬時に切り裂く風の上位魔法を展開しつつ、魔王は呟く。珍しく魔法文字を宙に描いて見せたのは、向学心あふれる軍の魔導師たちへの手本であった。大賢者が板についてきた。
「やっぱりスゴロクさまが一番すごいです」
「憧れを持ってもらえる王でありたいし、そうあるべきだと思っているからな」
2015年 11月04日 15時06分 公開
2015年 11月09日 10時53分 誤字修正




