魔王スゴロクと一族についてのちょっとした話
話しているうちに老婆の住まいに着く。それなりの趣向を凝らした客間に通され、芳醇な香りの茶を馳走になった。
シェリーの知り合いとは他ならぬこの人だったようで……書状を渡すと色々察してくれたようだった。「妹御は息災じゃろうか」
「は。何処かへ旅をしては土産を持ち帰ってきます」
善哉、と笑み、今度はこちらの話を引き出しにかかってくる。とは言っても旅日記を購読&愛読してくれているようで、ざっと記した枝葉事を確かめられただけだが。
「わしも商売人なのでな、やはり何が売れるかは気になるところなのじゃよ。霧や霞を食うておるわけでもないし、美味いものを食べたいとか、面白いことをしたいとかの欲求は未だわしの近くにある」
「そういうものですか」
「ゆえに生きるとは面白き。違うかの?」
「なるほど……アオイ殿の言葉は殊に重さを感ずる」
魔王スゴロクに師はいない。王家に代々伝わる知識や経験、能力を継承して成り立つのが『王』という地位であり、言い方は悪いが職業である。
極論、それは学習でもなんでもない。ゆえ向学心ある子どもらに惹かれるし、可能性溢れる者に惹かれるのだ。
だからこそ、己より長く生きているこの老婆の言葉に重さを感じるのだ。相手に対して率直・誠実であらねばならないという心地よい義務感と、わずかな緊張感。
教授されるのも楽しみなのだと気づく。年長者に頼れだのさんざん口にしてきた手前、今さらの感はぬぐえないが。
「幾度めの善き出会いであることか」
「何処にでも良き出会いはある。赴き触れるに如くはないのじゃよ」
「肝に銘じます」
互いに極限まで力を抑えている状態だが(魔眼を使ってすぐ分かった)、どうにもこの人物には頭が上がりそうにない。
スゴロクは茶菓子を摘みながら少し考えてみる。この感じ、遠い昔にも覚えたであろうか?
「……そうか」
「うん? 急にどうされたか」
「アオイ殿は、私の母に似ておられるのだ」
オババは吹き出しそうになるのをどうにかこらえて、「いきなり何じゃ、ほぼ初対面のばーさんつかまえて!」
「や、しかしたらと思っただけだ。許されよ」
一礼するのを笑って許し、老婆は息をついて言った。「いや……無理からぬことじゃの」
「と言うと――」
「おぬしの母上なぁ、わしの親友なのよ。わしンが歳上じゃけど」
「は!?」
大昔に撮ったという『フォト』の手帳を引っ張り出してくる。花嫁衣装を着て微笑むのは美しく可憐な姫君。同じものが、確かわが書棚にもあった。
「あの子が魔界に嫁いでからは連絡もしておらなんだが、姉妹みたいに過ごしておった。ウソや冗談ではないぞ?」
「……え、縁は異なものと申しますが――ちょっと狭すぎやしませんかなぁ」
「わしもそう思う。して、あの子は元気じゃろうか」
国を治め、それを退いた『魔王』の一族は、功あった英雄らと同様、時の楔を離れることができる。不可思議だがそういうことになっている。この世界では時間の制約を離れた人物が少なくないのである。
彼が即位してすぐ、王父と王母はいずこかへ旅立った。爾来150年余(人間界暦)連絡などないが、一度探してもらったら遠い異世界にいて、しかも元気そうなので、
「父母は私以上に漂泊を好む自由人――今は遠く異世界を旅しているものと」
彼としては文句のつけようもなく、目くじら歯くじら立てたところで仕方のないことである。
はるか異世界に思いを馳せることがないとは言わないが、彼は彼で忙しいのである。遠い遠い父母がそうでないと、誰が言えようか。
「さようか。それならまぁ良い」
とりとめのない話であったと話題を切り替え、「せっかく来られたんじゃ……この大陸のことなどどうかのう?」
「ぜひお願いいたします」
窓辺の二人を包む西日は呉れ始め、第三の月が顔を出そうとしていた。
2015年 11月01日 10時23分 公開