魔王の歓談
広大であった、と書物が示す旧帝国領はその評に違わず、領主それぞれの趣味を反映させた文化文明を以って魔王をもてなした。
一時は西大陸全土に覇を唱えた『剣の帝国』の壮麗さはさすがに失われているが、長きに渡る復興を成し遂げんとする気概とエネルギーに満ち満ちてもいた。
独立を承諾された騎士団領と帝国の関係も、直接見る限りではおおむね良好で、領主たちの努力が垣間見られる点はそこを含めて多々(たた)あるようだった。
「スゴロクさん、おもしろいことはありましたか」
すっかり打ち解けたルロイは、敬意を失うことなく親しく話しかける。
忙しそうな彼ら二人と別行動で国々を回るスゴロク、満足げに頷いて木の実の酒を揺らす。
「余にとっては何処もそうだが――見るべき点の多い地域である。帝国と同様、一芸の才を秘めた者ばかりでな」
聞きたい聞きたいと食いついて来た若い二人を落ち着かせると、グラスを呷って喉を鳴らした。
この酒の話からがとっつきやすかろうと勘案した各所の酒の子細なレシピを書き取った手帳を取り出して見せる。ラベルを描きとったコレクションもあるが、それではクイズにならない。「さて、この美酒はどれであろう」
向学心あふれる若者らを相手にすればこその、少々手抜きな土産話の始め方であった。ルロイは魔王の予想通り、銘柄だけでなく原料や流通量まで予測してみせた。
「当たっていますか?」
学問全般に出色あるのはラウラの方で、少年は一般教養を押さえつつも趣味や芸術、娯楽の分野に長じているようだ。
「正解。探究心は旺盛であるほど良い……過日おとずれた騎士団領では、機械技術の研究者を募集していた」
『ガジェット・ベース』と呼ばれる大砦に住まう領主は朗らかな女性技術者で、どこからともなく拾ってくる書物や材料を吟味し、新たな『機械』を発明しては売り出している。材料を集める『ゴミ捨て場』は、湖の輝石と引き換えに教えてもらった。
「実りある出会いであった」と話を切り替え、「またある数日、余は四つの騎士団領を訪れた。少々速足ではあったが……」
ひとつは広大な森林地帯をそのまま領地とする獣人の国。また一つは雪深き山を戴く清水と農業の国。
三つ目は大いなる湖の恩恵を受ける水上都市国家。春と秋が同居したが如き気候の魔法国家にも足を伸ばした。
道をにぎやかす小さな宿場街や洞窟、古代遺跡とそのほとりの村なども回って騎士団領の調査を殆ど終えているが、この場は以上の羅列を以って魔王の土産話とさせていただきたい。彼が書籍を出版した際は、是非お求めを。
――さて、そんなこんなですっかり夜である。関所を訪れた多数の冒険者達との食事会を終え、三人はまた丸テーブルに集った。
「都合よく端折られた気がする」とスゴロクがぼやくと、「仕方ないと言えば仕方ありませんが……」
「私はなんだか納得できないです。おもしろいお話だったのに……」
「まあ、そう言って貰えると溜飲も下がる。それより、二人も良いことがあった顔をしているな?」
快活に返事をした二人は、出会った時よりも明るい顔をしている。目標を見つけた者が持つ独特の輝きだ。
興味を掻き立てられて一ヶ月間の多忙と成果を訪ねてみると、すこし得意げに絵札を見せてくる。
帝国の紋章とヴィルヘルミナの署名(当然のごとく達筆)が印字されているそれは、知識と学位を証明するカードだった。少なくとも西大陸では自由に行動でき、冒険者を雇う際も優位が確保されると言う。
裏面に刻印された文章は特別なもので、人間界にあっては『勇者』やそれに次ぐ実力を認められた冒険者、そして『君主』でもなくば今のところ使うことのできない『扉』をも呼び出せるそうだ。自信を持って曰く、学術者や知識を恃む者にとっては冒険者カードと同じだと。
やることが少ないと漠たる不安に駆られていた内気な子ども等は、わずか一ヶ月の間に二人の心の奥へ引っ込んでしまったようだった。
「君たちは将来、誰からも頼られる人物になりうる。諦めず、奢らず、思うた道を進むがいい」
『解析』と『判断』。スゴロクが『慧眼の魔王』たる所以――ふたつの魔眼は、他者を観察し触れることでその異能を発揮する。
才覚や脂質、思考と嗜好、行動や努力、その結果。読み取ったそれらをもったいぶりつつ口にすると大体の者は驚くので、面白いったらない。
人の心の機微も、以前に比べれば分かるようにもなった。軍の女性陣や婚約者に言わせれば鈍感の誹りは免れまいが、とまで思いを至らせ、口角を上げる。
「スゴロクさん?」
「ああ、すまない。少し考え事をしていた。話をしよう、もっともっとだ。参考になるかどうかわからんが、ノロケ話もできなくはない」
またも食いついてくる二人を前に、魔王は酒を呷る。
素面でできるかよ。
2015年 10月20日 11時31分 公開




