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魔王、西へ

「はーい、到着ですよぉ」

「うむ。世話をかけた、ディルフィーナ」

「どんと来いです、スゴロクさま」

 西へ足を向けようと思ってすぐ、かの大陸へ渡る航路に飛び石のように存在する島々のひとつに、魔王は港を借りた。

 屈強さを誇るも決して豊かでない諸島部の人々は大陸への橋渡しを買って出ることで収入源を確保しつつある。

その水夫らを率いてオルカ級高速艇を駆り、西大陸の玄関口まで魔王を送り届けたイルカ娘は、上機嫌で胸をドンと叩いた。『潮の民』は色々と開放的で、水夫はもちろん彼女も恵まれた体型が自慢らしかった。

「留守を任せると皆に伝えてくれ」

「おっけーです、お気をつけてー」

 艦首かんしゅを取って返す古代の船の音を聞きながら、スゴロクは異郷の地へ降り立った。

「さて……と」毎度のことながら、知り人ひとり居ない地の調査はわくわくする。

 今度の頼りは今のところ、ヴィエネッタの名がしたためられた紹介状だけだ。縁者えんじゃが同じく冒険者ギルドを運営しているとのことなので、まずはそちらを目指すことにした。

 徒歩で海岸線を抜け内陸部へ。途中で出会った冒険者らに案内されつつ長い街道を抜け、ふたつの国を隔てる関所に到着。

 関所は二つの大渓谷に挟まれており、ここから北へ行けば『西大陸の王都』、南へ行けば『剣の帝国』だ。

 南側の国にツテらしきものがある彼としては、好奇心に後ろ髪引かれつつ南を目指すよりない。

 関所より同道した冒険者は、ヴィエネッタと似たイントネーションでマシンガン・トークを炸裂さくれつさせ、道中を賑やかにしてくれる。

 橋を渡った先が武芸と騎士道を重んじる帝政国家ていせいこっかであることや、そこにいる面白い友人達のこと、点在する洞窟やお宝の話。

 世界規模の冒険旅行ガイド・ブックを企画している魔王軍には是非欲しいと思わせるほど饒舌じょうぜつではしっこい少女であった。

「フィオ殿はおもしろいな」

「よく言われるで。猫族はたいがいおしゃべりやねん。魔導師にはまず向かんわな」

 取り澄ましていれば美人のほまれ高いだろうかんばせを常に笑顔で包み、しゃあしゃあと言い放ってみせる。

 バリバリの魔法剣士である婚約者のことに触れると、例にれず食いついてきた。「へーっ、珍しいなぁ!うてみたいわー、今度遊びに行ってもええ?」

「歓迎する。友人は多いほどよい」

「おおきに」笑んだ娘は前方を振り仰ぐ。「あぁ、もう着いてしもた、喋りながらやと早いもんやな」

 国の規模をそのまま示そうとでもいうような巨大さで、『剣の帝国』首都のいかめしい門がそびえ立っている。

 門が仰々しく開くと、ウチがギルドに話通したるわ、と言って、銀髪の猫娘は小柄な身体に風を巻いた。ちゃかちゃかした娘である。ロデルとは気が合うんじゃなかろうかなどとよそ事を考えつつ、帝国首都を見て回ることにした。

 学と智と剣、そして騎士の国であると聞いたとおり、首都には普通の商店らしき店が少ない。中央に噴水を構えた広場は四つの道が交わる交差点となっており、歓楽街、商店街、武器防具専門店街(&剣術研究所)、魔法・アイテムの専門店街にそれぞれ通じているとの立て札が立ててある。

 その市場を抜けると何処からでも城に出られるようで、皇帝の人柄が見えるようにも思えた。

 興味を引かれるままに分かれ道を選び、魔法研究所を標榜ひょうぼうする建物に入った。提示を求められた冒険者カードを見てまず受付嬢が目を輝かせ、ついでせわしなく動き回っていた魔術師たちがドヤドヤ集まってきた。

「……むぅ?」自分が人間界で与えられた『大賢者アークセイジ』の肩書きをすっかり失念していぶかっていると、

「大賢者レベルの冒険者さんなんて、見ることはまずないですからね」

 純白の騎士服をかろやかに着こなした小柄な女性が近づいてきた。石床を叩くヒールの音が似合いだ。

「おおっ、そうであった。珍しいのだったな余の職業は」

「あらら、忘れ去られてはかわいそうですよ」

 小麦色の肌に銀色の短髪がまぶしい。瞳は炎もかくやの真紅である。身体強化の魔法文字を刻んでいるあたり、戦闘民族だろう。科の種族の源流を寡聞かぶんにして知らないが、品のいい美貌びぼう勇猛ゆうもう覇気はきあわせ持つ血は世界各地に散らばっているようだ。

「ウィノナ=シュトルムと申します。お見知り置きください、『賢者』スゴロク殿」

「こちらこそ。しかし、なぜ余の名を」

 海を挟んだ別大陸は彼にとって、名を知る者のない異郷の地であるはずだったが。

「魔界に友好国がありましてね。女王の名前はシャルナカーラ様――狭いものですね、世間って」

 気品ある容貌ようぼうを子どもっぽく崩して、ウィノナは楽し気に笑顔を浮かべた。

「なるほどな。まこと面白きえにしであることだ」

 促されて簡素なテーブルに就くと,気を利かせた若い魔術師が温かい茶を供してくれた。南方大陸産の茶だ、との解説を聞きながら味わえば、若葉のごとさわやかさの中にほのかな甘みが優しい。青年魔術師は満足そうにうなずくと、優雅に目礼してきびすを返した。

「彼は南方大陸からの亡命者でしてね……」

「ほう?」

「あの地域は特に『人魔じんま戦役』の残り火がくすぶってますから、戦火を嫌うものは世界各地に活路を求めてさすらっているんです」

「個人的な都合で各所の紛争地帯には未だ赴いておらん。考えてみれば情けないことだが」

 この魔王のいくさ嫌いな性分も聞き及んでいるのか、小さな騎士は静かに微笑んだのみ。

「その点では、我が国も同じようなものです」茶で喉を潤してから、口を開く。

「大っぴらに騎士団を派遣する大義名分がないんです。友好国もあるけど、助けに行けないのが本音」

「むぅ……」

 戦乱の残り火がくすぶる土地。映像で見たほどの凄惨さはなかろうが、弱きものらが不便を強いられていようことは分かる。

 世界が大体平和になってることは知ってるのは知ってるんです、とウィノナは言う。「……『魔王』が来たと言っては戦い、資源を取り合って争う。本当に、世界は復興を遂げたんでしょうか?」

「他国のことで悩まれるな、と言うほうが無理であろうがな。余も別の事柄で悩んでいた時、側近に言われたよ」

「?」

「先んじて行うべきは観測である、とな。ひとりで考えるよりも『世界』を知ること、知ってどうするかを考え、実行に移すことの方が大事なのだ。彼女の言葉はもっとわかりやすく優しかったが、余はそう解釈している」

 ウィノナは唇に人差し指を当て、言葉を咀嚼そしゃくしているようだった。茶を飲み飲み待つ。

「私もそんな風に言って差し上げられたらな……」

「統治者は孤独なものだが、身近な者の一言でパッと道が開かれることもある。ご自分の言葉を重んじられるがよろしい」

 なんつってな、とかほざいておどけるのを見て笑い、騎士は席を立った。

 対面に座る男に丁寧ていねいな礼を述べると、未だそわそわドヤドヤざわめく研究所職員を振り返り、「待たせたみたいだね。――で、キミたちはどうしたいんだい?」

真紅の瞳をにっこりと細めた。

2015年 10月06日 13時41分 公開

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