女魔王、登場―嵐の如く―
「やあ、ロデルちゃん。また私ですよ」
『扉』という不思議な装置を、ありがたみがなくなるほど当然にくぐって、その『魔王』は現れた。
「ようこそいらっしゃいました」出迎えるのはしかし、今日は猫娘だけではない。「貴方はもしや――」
「ロデルが世話になっている。大変に有り難く思う。余はスゴロクだ」
「こちらこそ。ここの皆様には優しくしていただいて、感謝の極みです」スゴロクの差し出した手を取り、握手を交わす。「シャルナカーラ」と申します、お見知り置きください」
『魔王』をやっている割に控えめな容姿だとスゴロクは思う。彼の種族や亞人を含む広義の『魔族』は、その力を象徴するかのように派手な姿形をしている者が多い。
黎明の空の如きコバルトブルーや側近のようなクリムゾンレッド――髪色ひとつ取ってもそんな有様だから、
「不思議ですか、人間が魔王をしてるなんて」変哲ない金髪と翡翠色の瞳を持つ魔族はそういまい。
「顔に出ていたか。不躾で済まない」
「お気になさらず。聞いていた通りの方ですね、スゴロク様」
「どういう男で話を通されているのだかな……フフフ」
「やさしくて強くて、おもしろい方だと」
臣下からおもしろいと評される王も、そうは居まい。
「何か飲まれるかね、シャルナ殿」とか言いつつ自分好みのワインを持ち出すあたりは変わっていないけれども。
人間界の技術で幾何学模様を浮き彫りにしたグラスに、側近が丁寧に酒を満たす。人間界から買い付けたブドウの甘さを引き出し、丁寧に発酵させた自慢の酒だ。
遠慮なくと笑んだ『女王』は杯をわずかに掲げ、一息で飲み干した。「うまっ!」
軍の有志が人間界で売り出したよろず販売ブランド『ワンダーダイス』。その創業に際して生産した第一期商品の看板である。
相場(500~600ゴルト前後)よりちょっとお高めの一本750ゴルトだが、廉価品やお子様向けのジュースも販売中だ。
「これ、ウチの国で輸入させていただいても?」
「構わんよ。独自の販路がありそうだし」
そうなんですよフフンとか自慢そうに鼻を鳴らすので聞いてみると、スゴロクが渡っていない西大陸の国々と『扉』を通じたトップダウン・セールスを行っているらしい。
臣民といえども魔族であり、その制度が流布しているにもかかわらず、中央集権による統治はギャンブルに近い。ひとたびでも反乱の種を蒔いてしまったら万事休す、王が取るのは亡命か戦争かしかない。まいて戦争嫌いを公言するからには、いくさ以外の方法で国を富ませ、人心を確保し生活を保障しなければならない。
「であるならば、こちらも何か輸入させていただきたいが」
「特産の宝石があるにはありますが……よろしいのですか?」
「無論だ。交易は等価で行うのが筋、この国だけが富めばいいとは思っていないよ」
人間界の洋上にあったわずか5日の間に、スゴロクはかの地における交易と経済の序の口を学び取った。
気のいい水夫たちの中に某国の王家を勘当された王位継承者が紛れ込んでいたことは、彼にとっても幸運であった。
「ふふ、スゴロクさんは魔王らしくないですね」
「よく言われるよ、なぁロデル」ニコニコして話を聞いていた猫娘に声を掛ける。「黙っていなくとも良いのだぞ?」
側近の弁舌の引き金を引いた魔王スゴロクは、女性二人のマシンガン・トークを楽しむ。
人減であるシャルナカーラが『魔王』になった経緯や彼女の両親の話、国の話。
魔物や怪物の話もあったが、特段救援を求めているわけでもなさそうだ。それよりも熱っぽく語られるのは、やはり人間界との交流の話であった。
詳しい地理とかは気にしたことがないと前置きしつつも、『扉』を介して跳び回る彼の地とそこに住む人々が好きなのだと饒舌に言う。
冒険者や勇者の話にも発展し、「ふむ。もしかしたら」スゴロクはある可能性に思い当たった。いくら魔界の奥地と言っても、彼女自身や彼女の国にも有り得る事だ。
「十五に満たぬ小さき勇者と遭遇する事もあるやもしれん。その時は『もてなして』やって欲しい」
「わかりました、今から楽しみですデュフフ」シャルナカーラは変な笑い方で快諾し、懐中時計を見て顔を曇らせた。
「そろそろ帰らなくては。これから会議なんですよ」
「何故そんな時に来た」
「楽しいからですよー。そんじゃまた!」
女魔王は来た時と同じ気軽さで『扉』をくぐり、姿を消した。
「不真面目と呼ばれることが多いのだろうな」自分のことを棚に上げてスゴロクが笑う。「そうですね……同盟はどうなさいますか」
「締結しよう。書類は――」
「作成致します。たまには秘書らしいこともせねばなりませんので」優秀な秘書の顔で、ロデル=カッツェは笑んだ。
2015年 10月01日 15時40分 公開