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月が丘の淑女たち ―名門女学院の『ルナ』が少女たちの悩みに寄り添う物語―  作者: 如月


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第58話 優しさの代償

数日後。


朝比奈家は、朝から慌ただしい空気が流れていた。


組員たちが無線を片手に走り回り、玄関には次々と車が到着する。


書斎では、玄十郎が一枚の地図を机の上へ広げていた。


「敵対組織がこちらの縄張りへ侵入した。」


「目的は取引の妨害だ。」


静かな声だったが、その場にいる全員の表情が引き締まる。


日和も玄十郎の隣に立ち、地図を見つめていた。


「日和、お前も来い。」


「……はい。」


⸻


現場は、港近くの古い倉庫街だった。


冷たい潮風が吹き抜ける。


朝比奈組と敵対組織が互いに向き合い、緊張が走る。


ジョンは日和のすぐ後ろに立つ。


「お嬢。」


「決して無理はなさらないでください。」


日和は小さく頷く。


「うん。」


それでも胸の鼓動は早かった。


(怖い……。)


(でも、逃げられない。)


⸻


突然、一発の銃声が響く。


「撃て!」


誰かの怒号とともに戦闘が始まった。


倉庫街に銃声が何度も響き渡る。


日和も物陰へ身を隠しながら状況を見つめていた。


その時だった。


「危ない!」


朝比奈組の若い組員が敵に狙われている。


敵は拳銃を構え、引き金に指をかけていた。


(虎太郎……!)


考えるより先に、日和は飛び出していた。


「伏せて!」


組員を突き飛ばし、自分が前へ出る。


敵と目が合う。


互いに拳銃を向け合う形になった。


ほんの数メートル。


引き金を引けば終わる距離だった。


(撃たなきゃ。)


(でも……。)


相手の顔が見える。


まだ若い。


自分とそう変わらない年齢だった。


(この人にも家族がいるかもしれない。)


(私には撃てない……。)


指が震える。


引き金を引けない。


一瞬の迷い。


その刹那――


パンッ!!


乾いた銃声が響いた。


「――っ!」


日和の身体が大きく揺れる。


右肩に焼けるような痛みが走った。


「お嬢!!」


ジョンの叫びが響く。


日和はその場に膝をつく。


肩から真っ赤な血が衣服を染めていく。


敵が再び銃口を向ける。


その瞬間――


パンッ!


別の銃声が響いた。


敵の拳銃が地面へ落ちる。


ジョンが日和の意思に従うかのように敵の腕だけを正確に撃ち抜いていた。


その時だった。


「日和!!」


港に、玄十郎の声が響いた。


いつも冷静な男とは思えないほど切迫した声だった。


日和はその声を聞きながら、ゆっくりと膝をついた。


「お嬢!」


ジョンが駆け寄り、日和を抱き起こす。


「しっかりしてください!」


日和は痛みに顔を歪めながらも、小さく笑った。


「……虎太郎は?」


先ほど庇った組員が慌てて駆け寄る。


「私は無事です!」


「お嬢のおかげで……。」


日和は安心したように息を吐いた。


「……よかった。」


その笑顔を見たジョンは、思わず目を伏せる。


「お嬢……。」


⸻


日和の肩から流れる血。


震える手。


そして、敵へ引き金を引けなかった娘。


すべてを見ていた。


玄十郎は何も言わない。


ただ静かにジョンへ告げた。


「すぐに医者を呼べ。」


「はい!」


ジョンは力強く頷いた。


玄十郎はもう一度だけ日和を見つめる。


その瞳に浮かんでいたのは怒りではない。


娘を失いかけた父親だけが見せる、深い苦悩だった。


夕暮れの港には、赤く染まった空が静かに広がっていた。

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