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月が丘の淑女たち ―名門女学院の『ルナ』が少女たちの悩みに寄り添う物語―  作者: 如月


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第56話 玄十郎からの手紙

夕焼けに染まる街を、一台の黒い車が静かに走っていた。


運転席にはジョン。


後部座席には、窓の外を眺める日和。


商店街の賑わいが少しずつ遠ざかっていく。


「今日は楽しめましたか?」


ジョンがバックミラー越しに穏やかに尋ねた。


「うん。」


日和は自然と笑みを浮かべる。


「みんなと一緒だと、時間があっという間。」


「それは何よりでございます。」


少しの沈黙が流れる。


「……ジョン。」


「はい。」


「私ね。」


日和は窓の外を見たまま、小さく呟いた。


「みんなに話せて、本当に良かった。」


ジョンは静かに微笑む。


「皆様は、お嬢を受け入れてくださいました。」


「うん。」


「最初は怖かったけど。」


「誰も離れていかなかった。」


その声には、まだ少しだけ信じられないという響きが残っていた。



やがて車は朝比奈家の門をくぐる。


屋敷の前では、黒田が待っていた。


「お帰りなさいませ、お嬢。」


「ただいま。」


日和も笑顔で応える。


屋敷へ入ると、黒田が一枚の封筒を差し出した。


「ボスより、お預かりしております。」


「お父様から?」


「はい。」


日和は封筒を受け取り、自室へ戻った。



部屋に入ると、静けさが戻ってくる。


机の上には、朝出掛ける前に閉じたままの『世界一周計画』のノート。


日和は封筒を開いた。


中には一枚の紙だけが入っている。


短い文章だった。


明日の朝、改めて話をする。


今日は友人との時間を優先しなさい。


その時間も、お前にとって必要なものだ。


――玄十郎


「……お父様。」


日和は思わず小さく笑った。


「相変わらず、分かりにくいんだから。」


厳しい人だ。


怖い人だ。


でも――。


(ちゃんと、遊んでおいでって言ってくれた。)


そう思うと、少しだけ胸が温かくなった。



日和は椅子に座り、『世界一周計画』のノートを開く。


今日、みんなと話したページを開き、新しい一行を書き足した。


『夏休み みんなとかき氷』


その横に、小さく笑顔のマークを描く。


「ふふっ。」


思わず笑みがこぼれた。


世界を旅する夢。


友達と過ごす日々。


朝比奈家のお嬢としての責任。


どれも簡単ではない。


それでも――。


マリアが言ってくれた。


『夢だけは、自分で捨てないって約束して。』


日和はその言葉を思い出し、ノートを優しく閉じる。


「約束したもんね。」


誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。


窓の外には、夕暮れから夜へと変わり始めた空。


その星空を見上げながら、日和は静かに願う。


いつか、この空の向こうにある景色を、自分の目で見られる日が来ますように。

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