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神話になるまでの距離  作者: 広育 春美


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3/3

八人の仲間

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

今回は、ルググがリラフェの仲間たちと初めて顔を合わせます。

それぞれが異なる分野を研究する個性豊かな八人との出会いが、これからの物語にどのような影響を与えていくのか、楽しんでいただけたら嬉しいです。

 三日前、リラフェが「仲間を紹介する」と約束したその日から、ルググはもう落ち着かなかった。前日などは、食事も手につかず、大好きな実験にも集中できないほどだ。夜になっても胸の高鳴りは収まらず、結局二時間ほどしか眠れなかった。

 眠気を引きずりながら、ホバーリングサイクルに跨がってアナン区へ向かう。白く高く伸びた柱が何十本も林立しており、その中央付近でボードを降り、恐る恐る柱の隙間へ入っていく。足を踏み入れるのは初めてだった。未知の領域へ侵入する緊張が、胸の奥をひりつかせる。リラフェからは、“黄色の円柱タワーに来て”と一言だけしか聞いていない。知らない土地、知らない世界にただ一人で来た事を少し後悔しながらも先に進む。

 階段の上から見えるアナン区の景色は、あまりにも異質だった。巨大なビルが無造作にそびえ立ち、そのあいだを歩くのは皆、ルググの倍ほどに感じる体躯をもつアナン人ばかりだ。歩く速度も速い。今にも踏みつぶされるのではないかと錯覚するほどで、思わず足がすくむ。

 しかし勇気を振りしぼって階段に足を乗せた瞬間、階段がするりと滑るように動きだした。

 「うわっ!」

 思わず声をあげると、周囲のアナン人がくすりと微笑んでいるのが見え、ルググは耳まで熱くなる。だが、何事もなかったかのように広場へ下りると、気を取り直して街の中心部へ歩き出した。

 ――踏みつぶされる、なんてのは完全な思い込みだった。

 すれ違うアナン人たちは皆、柔らかな笑みを浮かべて挨拶を返してくれる。アナン区ではヌキ人を見かけるのは珍しいので、歓迎されているようだった。その雰囲気に胸の緊張が少しずつほぐれていく。

 ぐんぐん中心部へ向かっているはずだが、目的の黄色いビルは一向に見えない。ついに不安が勝り、近くのアナン人へと声をかけた。

 「黄色い円柱型のタワービルって、どこにありますか?」

 アナン人は話を聞くなり、ふっとルググを抱き上げ、そのまま通路の中央へ連れていった。そして低く何かを唱える。その瞬間、足元が浮いた。

 ――ホバーリングサイクルではない。身体そのものが浮いている。

 視界の周辺がぼやけるほどの速度で街並みが流れ、次の瞬間には目的の建物の前に降ろされていた。

 それは確かに、アナン区でもひときわ目立つ薄黄色の円柱タワーだった。周囲の建築物の三倍ほどの大きさだ。途方もない巨塔に圧倒されつつ入口を探して歩き回っていると、目の前の壁を、いくつかのグループが当たり前のように通り抜けて外へ出ていくのが見えた。

 「な……!」

 驚きのまま壁に触れようとすると、手はそのまま壁に沈み込んだ。質量を失ったような感覚がくすぐったく、思わず身を引いたところで背後から声がかかった。

 「それはクォンタム・スクリーンだよ。安心して通っていい」

 穏やかな声のアナン人が、ルググの肩を軽く支えて壁をくぐらせてくれた。壁はただの色付きの薄膜のようにすり抜けられ、内側に立った瞬間、未知の技術に全身が震える。

 「ありがとうございます。あの……もう一度、名前を教えてもらえますか?」

 「クォンタム・スクリーン。量子壁だ。ある質量以上の有機体だけ通れて、風のような軽すぎるものは弾かれる。色がついていると壁に見えるが、アナン区には透明のスクリーンも多い。ここへ来るまで、いくつか通過していたはずだよ」

 説明を聞きながら、ルググは境目を行き来しては歓声をあげた。仕組みは理解できない。だが、アナン文明の科学力にただただ圧倒されるばかりだった。

 気づけば集合時間が迫っていた。リラフェの部屋は八十四階。だが、どうやって上へ行けばいいのか見当もつかない。ビルを支える柱や壁が無いなと思いながら周囲を見回していると、二人組のアナン人がビルへ入ってきたので、ルググはバッグを漁るふりをしながら、彼らの動きを凝視した。

 二人はビルの中央にある光の剣山の前に立つと、ふっと顔が浮かびあがった。口で階数を告げたらしい。すると足元から胸元まで黄色い煙が巻き上がり、滑るように上昇していった。

 二人が立っていた場所に着くと、先ほどとは違う顔が浮かび上がった。

 「ようこそ、バベルへ。どなたのレジデンスへ案内しましょう?」

 「えっと……リラフェのところに行きたいんだけど」

 「承知しました。八十四階へ向かいます」

 言葉の直後、青い煙が足元から噴き上がる。視界が白く反転し、建物の内装がいつの間にか外景へと切り替わった。空へ向かって昇る錯覚――いや、実際に上昇している。

 「え、えぇぇぇぇぇええ……!」

 建物は消え、周囲に広がるのはアナン区のビル群。その海原の中を一人、外気の中で上昇するという異様な光景に、ルググはただ目を見開くしかない。腰から下の青い煙だけが現実の手がかりで、足元がしっかりしていることに救われる。

 やがて遠くの景色まで見渡せる高さへ達した頃、視界がふっと白く染まり――次の瞬間、柔らかな室内の光と、心地よいリズムが鳴動する。


 ルググの到着を知らせる小気味よいリズムが響いた瞬間、リラフェが光を纏うような勢いで駆け寄ってきた。

「いらっしゃい、待ってたわ。みんなもう集まってるの。行きましょう」

 あまりにも日常の延長線のような空気に迎えられ、ルググは拍子抜けしながらも、胸の奥に押し寄せる不安の波を抑えつつ、リラフェの背中を追った。

 案内された部屋には、七つの光点が浮かんでいた。六人の少年、そして一人の少女だが、大人の雰囲気が漂っていた。全員が宙に浮いた椅子に腰掛け、何やら話をしていた。

 リラフェが柔らかな声で皆に呼びかけ、ルググを紹介した。

「OK、みんな。前に話したけど、こちらがルググ。十五歳。私たちより一つ年上の“お兄さん”。そして――十五歳にして物理学の専門家になれるほどの知能を持つ、超天才。そこらに居るヌキ人の大人の物理学の専門家でも太刀打ちできないレベルよ」

「ちょ、ちょっと待って。リラフェ、盛りすぎだって。君たちから見たら、僕なんて赤子みたいなもんだろ。やめてよ、恥ずかしいよ」

 顔を真っ赤にするルググの抗議を、部屋の奥から愛らしい声がさらりと受け止めた。

「大丈夫よ。リラフェと実験してるって話も聞いてるもの。ルググのことは、ちゃんとわかってるわ。謙遜する必要なんてない。人に認められるって、簡単じゃないわ。本当にすごいことだと思う。もしもルググが私たちと同じ種族だったら……今のあなたは、多分手の届かない星みたいな人ってことになるわよね」

 その声の主――少女は一瞬だけ微笑み、続けて柔らかに名を告げた。

「私はルラネゼ。よろしくね」

 その喋り方は、静かに湖面へ降りてくる風のようで、ルググの胸の緊張をすっと溶かしていく。

「え、あ……ありがとう。そう言われると、ちょっと嬉しい」

 その一言を皮切りに、場の空気が一気に動き始めた。

「よし、俺は――」

「僕の名前は!」

「ラステだ」

「あ、えっと……」

「俺の名前聞きたい?」

「…………」

 男組六人が、一斉に、我先にと名乗りを上げようとしたのだ。

「こらっ、何よあんた達。ルググが困ってるでしょ!一人ずつ喋りなさいって言ってるでしょ。もういいわ、私が紹介してあげる。あんた達は黙ってて!」

 六人は「やっちまった」とでも言うように、互いに目を見合わせて笑い合った。

「ごめんね、ルググ。いつもこうなのよ、この六人。レベルが同じっていうか……行動がおこちゃまなの。もう、どうしようもないでしょ」

「いやいや、全然。圧倒されてもないし。みんな仲が良くていいね」

 ルググが手を広げてフォローすると、リラフェは満足そうに微笑み、紹介を始めた。

「左から行くわね。彼が『ラステ』。私たちのリーダー格。何でも先頭切って動くタイプで、この中じゃたぶん一番万能。わからないことがあったら彼に聞けば大体なんとかなる。ただし――自己中心的で、周りの声をあんまり聞かないのが最大の弱点。でも面倒見は最高よ」

 ラステは「ふん」と鼻で笑ってから、ルググに向き直り、軽い笑みと共に無言で手を挙げた。

「次が『ジョプ』。頭脳ならラステと肩を並べるどころか、分野によっては上回るわ。とにかくヌキ人が大好きで、カラーなしでヌキと会話できる唯一の人。言語研究が趣味で、新しいデータは全部彼が記録してくれてる。陰でみんなを支えてる天才。ちょっと照れ屋で人見知りだけど、仲良くなれば面白い子だから、ルググから話しかけてあげて」

 ジョプは視線をあちこちに泳がせながら、そっと頭を下げた。

「彼が一番体が大きい『エシルポ』。見た目通りの力自慢。反重力バブルを使わなくても、相当な重量を平気で持ち上げるわ。スックエ全体でもトップ3に入るはず。力仕事は全部お任せね」

 エシルポは腕の筋肉を軽く盛り上げ、誇らしげにルググへ笑みを向けた。


「ねぇ、リラフェ。紹介の途中で悪いんだけど……ひとつ聞いていい?」

「もちろん。何でもどうぞ」

「反重力バブルって、結局なんなの?」

「あー、それね。確か……この辺に置いてたはず」

 リラフェは部屋の奥へ歩き、棚から一つの指輪を取り上げた。白いリングを銀の文様が取り巻き、その銀は絶え間なく流動し続けていた。まるで、指輪そのものが呼吸しているかのように。

「はい、これ。指にはめてみて」

「いや、はめるって言っても……大きすぎるよ、これ」

「いいから、試してみて」

言われるまま指にはめた瞬間、リングは金属とは思えない柔らかさでスルルと溶けるように縮み、完璧なフィット感で指に巻きついた。銀の光が脈打ち、ルググの指輪に沿って淡く輝き始める。

「おぉ……すごい。これ、本当に外れるんだよね?」

 リラフェはにっこり微笑んだだけだった。返答は必要ないと言わんばかりに。

「えーと……重いもの、重いもの……あ、ちょうどいいわ。エシルポ、こっち来て」

「呼ばれると思ったよ……目が合った瞬間イヤな予感したんだ」

 笑いが起きる中、エシルポは堂々とルググの前へ立った。

「ルググ。エシルポの腕、掴んでみて。ふふっ」

「えっ……う、うん」

 ルググは戸惑いつつ、エシルポのがっしりとした右腕を両手で包んだ――次の瞬間。

 腕の重さが、ふっと消えた。

 あまりに自然に軽くなったので、錯覚かと思った。だが、腕を持ち上げると、エシルポの巨体そのものがゆっくりと浮き上がる。

「……えっ?」

 声が漏れたまま固まるルググ。その手の中で、当のエシルポはあっけらかんと言った。

「振り回してぶつけないようにな。壊れるのは俺じゃなくて、そっちの家具だ」

「すごいでしょ。びっくりした?」

リラフェが楽しげに笑う。

「びっくりするよ、そりゃ……何がどうなってるの」

「その指輪をつけて物を掴むと、その掴んでいる固体全体が“反重力量子”で包まれるの。量子の膜で固められた状態になるから、動けなくなるし、重さはほぼゼロ。重い荷物の運搬はだいたいこれで済ませちゃうのよ。しかも完全に守られるから、壊れる心配もなし、便利でしょ?」

「便利とかいうレベルじゃないよ……本気でどういう仕組みなの」

「はいはい、それより、エシルポが可哀そうだから下ろしてあげて」

「どうやって戻すの?」

「手を離すだけ。ほら」

 ルググがそっと地面に降ろし、手を外した瞬間――銀の光がふっと弱まり、エシルポの体に重さが戻った。

「……すごい。やっぱりアナン人の技術には到底追いつけそうにないや。ヌキ人も同じようなモノでパワードスーツがあるけど、全然使い勝手が違う」

 ルググは指先に流れる銀の模様を見つめ、静かに呟いた。そして指輪を外すと、溶けていたリングは元の大きさへ戻り、リラフェへ返した。

「エシルポ、固まってるときってどんな感じなの?」

「そうだな……自分で体験するのが早いけど。感覚で言うなら、宇宙空間に放り出されたみたいって感じだな。身体が軽くなって……でも動けない。まぁ、今度自分の身体で試してみろよ」

「なるほど……もし、このままずっと掴んでたらどうなるの?」

 リラフェが代わりに答えた。

「反重力量子の効果はだいたい三十分ね。切れる一分前くらいから、少しずつ重みが戻り始めて……完全に力が切れたら、手を離した状態と同じになるわ」

「不思議だね。どうして量子の効果が消えるなんてことが起こるんだろ」

 リラフェは少しだけ意味ありげに微笑んだ。

「重力子のことが理解できたら、ルググにも答えが見えるわよ。きっと」

「……まだまだってことだね。話に割り込んで悪かったね」

「いいのよ。今日は時間がたっぷりあるんだから。聞きたいことがあったら何でも言って頂戴。フフッ」


 「さて続きいくわよ。彼は『ガジャ』。みんなと肌の色が違い緑に近いのは、植物の遺伝子を身体に取り入れる研究をしているためよ。恒星の光が身体エネルギーになる日も近いでしょう。さらに空気中の水分を取り込む植物の遺伝子も取り込んでいるから、エネルギーの次は水分を取り込む研究に移ると意気込んでいるわ。それらが全てできるようになれば、カプセルが不要な完全体の身体の完成ってわけ。彼はみんなから期待されているわ。彼を知らないアナン人は一人もいない。彼の研究はアナンニュースにも流れるからね。私達の中では一番の有名人よ」

 ガジャは右手の人差し指で鼻を擦って、親指を立てて挨拶を返した。

 「ガジャって凄いね。その緑の身体が印象的に残るから、もう絶対忘れないよ」

 ルググがガジャに言った。

 「そうだろ、だから身体の色素を緑にかえているのさ。この研究しているのは俺だけっていうのをアピールしたいのさ。皆が覚えてくれるだろ。狙い通りさ」

 さらに左手の親指も立てて、ウインクした。

 「さあ、次の彼は『ルボンラ』」

 ニギがリラフェを目を細くして見つめる。リラフェはニギに掌を向けて怒りを抑制しながら話を続けた。

「けど、彼は『ルボンラ』って呼ばれるのを嫌ってるの。だから、『ニギ』って呼んであげて。彼は身体の全てを研究している。アナン人も何もしなければヌキ人のように死を迎える身体だけど、街や船など至る所にある維持装置が機能しているから、細胞の状態は常に元気な状態で維持されて、若さを保っている。そもそも弱ってくる原因が判明すれば、何もしなくてもよくなる日がくるでしょうね。その辺りを研究しているわ。ガジャの研究と組み合わせれば本当に最高の身体が完成するわ」

 リラフェがルググだけに聞こえるように小さな声でつぶやく。

 「ニギは身長が低いことも気にしてるから、身長については絶対聞いては駄目よ」

 ルググは小さく静かに頷いた。

 「リラフェ。聞こえてるよ。僕の聴覚の感覚はみんなより三倍にあげてるからね。忘れないで」

 「あっそうだったわね。失礼」

 ニギがにったりと笑いながら言う。

 「ルググ、よろしく」

 「こちらこそ」

 「右端の彼は『ドフォ』。彼がやってる研究も難しいわ。生命進化そのものを研究しているの。ドームの外はスックエの自然のバランスで成り立ってる。そういうバランスって不思議でしょ。植物だけじゃない、動物もバランスがあるわ。食物連鎖。そういうのって誰にも教えられず自然に成り立つ。そして、それを繰り返して進化していく。それらは何処まで進化するのか。進化の先に退化はあるのか。そういったことを研究している。未来を見ることはできないから、膨大な過去のデータを研究材料にしているの。もしも時間を意のままに操ることができるなら、全ての答えがでるかもしれないわね」

 「ドフォのやってることは壮大すぎる。進化論を解き明かすようなことをやろうとしているんだね」

 ドフォは静かに頷き、右手を上げて応えた。

 「よろしくな!」

 「じゃあ、最後。というか初めに名前は出たけど紹介させてね。彼女は『ルラネゼ』。女の子は私とルラネゼの二人ね。彼女は『重力』について研究しているわ。宇宙全体は重力で成り立っているの。重力そのものは基本相互作用、つまり“重力”“電磁気力”“強い力”“弱い力”の四つの力の中で一番弱い。それなのに、その弱い力が宇宙全体を支配しているのよ。重力子の力は宇宙中に広がっていて、その力が消滅することはない。不思議でしょ。はっきりと全てを解明するまでにはまだ時間を要するわ。彼女の研究も奥が深い」

 「ルラネゼの世界には全くついていけないような気がするよ」

 ルラネゼはにやけ顔で応えた。

「そして、彼女はいつも特別な仲間と一緒に行動しているの。羽根はあるけど、飛べないストライプのカラフルな鳥類。または、羽根が生えた哺乳類かもしれない。名前はスフィンク。今は隣の部屋で休んでいるわ。突然変異で生まれた鳥類なのか、哺乳類なのかもわからない。スックエには、この一匹しか存在しない動物、しかも性別もまだわかっていない。もしかしたら、他の星から来たのかもしれないけど、真相は不明よ。あと、それと大事なことがあるわ。ルラネゼが面倒見てるのは、スフィンクだけじゃないわ。私達も全員の面倒をみてくれるの。お母さん役みたいなものね。フフッ」

 ルラネゼが優しい顔でルググに話す。

 「改めてよろしくね。ルググ。スフィンクもかわいい子だから、可愛がってあげて」

 「リラフェ、ありがとう」

 改めて八人の全員の顔を見回して、軽く微笑んだ。

 「楽しい仲間が揃ってるね。僕たちの研究とは世界が違うことを改めて思い知らされたよ。研究する視点が僕たちは違う。一緒に研究できるものがあればって思ってたけど、次元が違った。君たちより劣る者だけど、仲良くしてね」


 もう一つ用意されていた浮椅子にルググも腰を下ろすと、八人は自然と円を描くように彼を取り囲み、場の空気は一気に熱を帯びた。

 話題の中心は、やはりヌキの文化だった。アナン人とは生活様式も性格も、思考の方向すらも異なる。唯一の共通点といえば飲物ぐらいだ。

 ヌキの文化で八人が驚愕したのは、とりわけ二つの事実だ。

 一つ目は――『夢』。

 ヌキ人は眠れば必ず夢を見るという。夢という概念を持たないアナン人にとって、それはまるで未知の生命現象のように響いた。ルググは何度も比喩を使い説明したが、八人は納得したような、しきれないような表情で首を傾げるばかりだった。

 ニギに至っては、「寝ている時の君の脳の仕組みを調べさせてほしい」と真剣に頼み込むほど興奮していた。

 二つ目は――『嘘』。

 ヌキ人は、ときに“事実ではないこと”を自分の都合に合わせて語ることがある。

 説明を聞いても、八人の頭には「なぜ?」という疑問符しか浮かばない。

 「例えばさ……」

 ルググは言葉を探るように続けた。

 「今日、僕はアナン区に来ているけど、ここって誰でも出入りできる場所じゃないよね。もし入れない人が僕の話を聞いたら、妬まれたり、嫌われたりするかもしれない。だから、そういう人には“僕はアナン区には行ってないよ”って嘘をつく……そういう場合があるんだ」

 全員が揃って、首をかしげる。

 「なぜだ?」

 「アナン区に入れない人が、その事実を受け入れていないのか?」

 「そもそも、どうしてルググが恨まれる?」

 質問が矢のように飛ぶ。

 ルググは腕を組み、うなり声を漏らした。

 「うーん……種族的な感覚なんだよね。理屈じゃ説明しづらい……。とにかく、“ヌキでは0なのに1と言うことがある”って覚えておけば十分だよ」

 リラフェが眉間に皺を寄せる。

 「じゃあルググ、あなたはその“嘘”をよく使うの?」

 「いや、僕はあまり嘘はつかないよ。どっちかというと大人たちの方がよく嘘をつくかな」

 ルググは苦笑して肩をすくめる。

 「……アルバルトも使うの?」

 リラフェの問いに、ルググはきっぱり答えた。

 「アルバルトも、嘘はつかないと思う。使う時は良い嘘だよ」

 横からドフォが難しい顔で呟く。

 「わからんな。夢より解明が難しい概念だ」

 リラフェが両手を叩いて空気を変えた。

 「ま、わかったわ。“夢”と“嘘”はヌキ特有の現象ってことね。ちょっと質問しすぎたわ。ごめんなさい。さ、私の特別なドリンクを飲んで話題を変えて楽しみましょう」

 その一言で、場の空気は柔らかく溶けていった。

 その後は笑い声が絶えず、ルググにとっても忘れがたいひとときとなった。八人は次々と言葉を交わし、誰も話を止めようとはしない。それこそが若者たちらしい、賑やかで心地よい時間だった。


 帰り際、リラフェがふと振り向き、柔らかく微笑んだ。

 「ねえルググ。今度は……あなたの友達を紹介してくれない?」

 「えっ、もちろんいいけど……僕、あまり友達多くないんだよ……いいの?」

 「数なんて関係ねぇって!」

 エシルポが明るく肩を叩く。

 「じゃあ、その子の予定も聞いてリラフェに伝えるよ。狭いけど……僕の家でいいかな?」

 「うわぁ、楽しみ!」

 ニギは小さく跳ねるように言った。

 「アナン人の部屋に入るの、初めてだ!」

 「狭いけど、全員来られるかな」

 ルググが照れくさそうに言うと、

 「当たり前だ。全員で行く」

 ドフォがきっぱりと答えた。

 「じゃあ、予定わかったら言うよ。リラフェに伝えるから、みんな、またね!」

 その瞬間、新しい記憶が静かにルググの心に刻まれた。

 ――忘れられない思い出が、また一つ増えた。

 ルググはまだ知らない。今日出会った八人が、これから先の人生を大きく変える仲間になることを。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、新たな仲間たちとの出会いを描きました。

それぞれが異なる研究を志し、それぞれの個性や価値観を持っています。この八人は、ルググにとって大切な仲間となり、これからの物語でも活躍していきます。

次回もぜひ、お付き合いいただければ幸いです。

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