ある外国人男性40代後半日本在住の場合 1
私が中学生の頃、母国で若者たちが反政府運動で犠牲になった。
首都で生まれ育った私は、10歳ほど上の兄さんたちの影響を受けていた。
その事件で母国で私たちの将来に希望は無いことを知ることになった。
それほど裕福でなかったが、首都に住んでいた私は首都直属の軍に入れた。
日本でなら警視庁と自衛隊を足したような公務員になる。
そしてお金を貯め留学資金として海外に出ようと決めていた。
母国で大学に進学するにはとても難しいが、日本の地方の私立大学ならば、ある程度の金があれば新入学生として入れる。
今でこそ日本語学校から留学するのが当たり前だが当時はそのほうが主流だった。
時間も金もかかるが、確かな学歴が手に入る。
そしてその大学を出て、次は国立の大学の大学院に入る。
さらに上を目指すならば、最終的に東京大学の大学院となる。
その頃になると30歳になってしまうので現実的じゃない。
私は26歳で最初の大学を出て、次に西日本の地方の国立大学に入った。
別に勉強が得意とか好きというのではなく、在留資格が得られるうえに学歴が個人の資質を担保してくれる。
日本語も上達して、ようやく日本で永住できるところまできた。
最初の留学のときに結婚したばかりの彼女を連れてきた。
彼女は学生ビザではなく配偶者ビザになる。
だから基本バイト生活しかできない。
私が来日半年後に学生寮に一緒に住み、バイト先も同じところにした。
28歳で日本の企業に就職した。
当時は日本企業の海外進出が盛んになっていて、私のような人材が多く必要とされていた。
子供にも恵まれ、仕事のついでに里帰りもできる順風満帆の生活が続いた。
だけどあの病が世界中で流行してから変わった。
私と家族は幸いに罹らなかったが、仕事には影響した。
海外渡航が制限され、会社は撤退を決めた。
病が終息したら、次は景気が悪くなった。
それは日本に限らず母国も同じだった。
母国の場合はバブル景気の破綻だと言われているが、私はそうは思っていない。
むしろ恣意的な政争の結果だと思っている。
世界を見渡してみても物価が上昇している国ばかり。
ただし他国は賃金も上昇している。
日本は海外ほど物価が上がっていないが、むしろ賃金が横ばいなのが逆にブレーキになっていそうだ。
価格が上がると購買力が落ちるだろうから。
外国人から見れば、自国で買うより日本はお買い得な国になってしまった。
バブル時代の日本人が海外に行くようなことが起きている。
私が来た頃は、バイト代の半分を仕送りにできるほどだったが、そんな余裕はなくなった。
つまり貧乏な国になってしまった。
ただし当時から食料とエネルギー自給率は数パーセントなので、世界の影響は受けるるだろうと。
むしろ日本中心に考えて経済を回さないといずれ破綻するだろうと。
でも日本には誇れる技術とポテンシャルがあるから大丈夫だと思っていた。
何よりも大多数の日本人は善人だということを知っている。
ほとんどという意味ではない。
母国にも善人は日本より多くいる。
絶対数ではなく割合の話だ。
母国は人口が多すぎるゆえに、力ずくでどんな手段でも使ってでも周囲を排除しないと生き残れない。
多少なりにも、いや他人よりずる賢く悪人でないと。
私のように馴染めない人間は少なからずいる。
善人が報われる社会がつくれないことを知った時から私は母国を捨てた。
あの日、最初の数日は情報が手に入った。
皆が常にスマホやテレビの情報を頼りにしていた。
見方を変えれば、それしか判断する手段がなかった。
周囲がどう動くのか、世間の意向、国の判断と支持を待っていた。
日本人は暴動はもちろん、不安からの騒ぎも少なかったように見えた。
私は外国人なので同胞と連絡をしたり、親しい日本人の意見を得たが、積極的に行動しなければという感触は受けなかった。
そして最後は、国家そのものが治世を放棄したかのように沈黙した。
実際はエネルギーが無くなり、社会そのものが成り立たなくなっただけだが。
そこで初めて皆が悟った。
誰も何もしてくれない、時間が経っても解決しない。
まさに昔の母国と似ていた。
日本は世界でも珍しい単一民族な国だ。
外国人は5パーセントらしい。
彼らも日本語は話せる。
つまり国内に存在する人間はすべて日本人になる。
母国も、他の世界でも複数の民族と言語が入り組んでいるのが普通。
だから紛争が絶えない。
島国だからこその特殊な存在。
私は日本という国の機能が失われても、日本は消えないと思う。
母国を捨てて移り住んだが、日本人になりきることはできない。
でも、日本で家族を持ち日本語を話す。
しかも国と社会構造が崩壊したことで、全ての人の肩書が無くなった。
あの日以前は社長だった、警察官、料理人だった。職人、エンジニアだった。
私も無職というか、仕事のない会社員。
取引先も機能停止。お客も買わない買えない、買ったところで。
これからはゼロからの日本人として生きていかなければならない。
一人の人間として、家族と共に。




