31 引っ越し
王都の邸で、サリーに目元のケアをして貰ってから宮殿へ向かった。
東門から宮殿の敷地に入る。
停車場で馬車が止まり、サリーとモーリウスは下車し、納品担当者が馬車の操作をして薬品庫がある建物に向かう。
馬車が停車して、外から扉が開かれた。
「フローラ、久しぶり。」
「アニュアス様!騎士団総長になったのですね。」
「まあね。だから納品担当にもなった。フローラと、ここで会うのは六年ぶりになるかな。」
「ここで、ですか?ごめんなさい、全然思い出せません。」
驚きつつ、アニュアス様の手を借りて、馬車を降りる。
「思い出せなくて当然だよ。十歳のフローラが、初めて納品に来た日は『補色の薬』で、目と髪の色を変えて、別人として過ごしていたからね。」
納品初日、そして、髪と瞳の色というヒントに、ピンと来た。
「もしかして、黒髪で、オレンジ色の瞳をしていた助手の騎士様が、アニュアス様?」
「正解。」
アニュアス様は満足そうに笑うと、荷馬車から薬品箱を三箱降ろして、それを重ねて持ち、薬品庫へ歩き出した。
毎回、王弟殿下がしていた作業を、アニュアス様が難なくこなしてくれる。
引継ぎがしっかりされている、と言う事は……。
王弟殿下とバルロッソ様には、もう会えないのかもしれない。
「ここだけの話だが……」
アニュアス様の小声に耳を傾ける。
「叔父上は極刑を望んだが、父上が許さず、今は、父上専属の裏方として、こき使われている。バルロッソは、兄上と私の進言により、尖塔で生涯幽閉となって、面倒な書類仕事をする日々を過ごしている。その方が叔父上も無気力にならないだろう。」
「お二人の事を教えて下さってありがとうございます。」
付き合いがあったとしても、内情を私から聞くことは出来ない。
それを察して、アニュアス様は話してくれたのね。
領地での挨拶が最後なのは寂しいけれど、気持ちを切り替えて、いつも通り納品作業をする。
最後は請求書を書いて、渡すだけ。
「え?」
アニュアス様は、私が差し出した請求書、ではなく、請求書を持っている手ごと掴んで引いた。
引かれた勢いで、数歩アニュアス様に近付いた瞬間、抱きしめられた。
久しぶりの密着が恥ずかしい。
でも、嬉しい。
「フローラ不足で、つい捕まえてしまったよ。」
「私も、アニュアス様不足だったようです。」
アニュアス様の温もりや感触が心地よくて、求めている自分がいる。
背中に手を回すと、更に力強く抱き締められた。
「困った、これからやるべきことがあるのに、愛おしくて離し難い。」
アニュアス様の甘い声が耳元で囁かれて、何だかくすぐったい。
「おいアニュアス、油を売ってないで早くしろよ。」
「ロロ!」
いつ足元に来ていたのか。
きっと影を使ったのね。
「ロロは本当に、良いタイミングで毎回邪魔してくれる。」
渋々私を解放したアニュアス様は、ロロにジト目を向けていた。
納品が終わったので、次は作業場内の引っ越しをする。
アニュアス様が操作する馬車に乗って、新しく出来た作業場へ向かう。
「アニュアス、ヴィンテージワインを用意してくれたかな?」
「きっと、用意している筈よ。」
「なら良かった。」
「ロロはもう作業場を見た?」
「うん、なかなか良い感じ。」
「それは楽しみね。」
納品後の移動も、声をかけられるまで、カーテンを開けてはならない。
景色が見えず、作業場に到着する時間も分からないので、私の膝に頭を乗せているロロと話をするのは、良い暇潰しになった。
十五分程で馬車が停車した。
外から扉が開けられ、アニュアス様の手を借りて馬車を降りると、木漏れ日の美しい森の景色が広がっていた。
目の前には小規模ながら、立派な二階建ての邸が建っている。
「元々別荘として建てられた離宮をリフォームしたから、暮らせる設備は整っている。目的の作業場は裏だよ。」
作業場として使う部屋は、離宮の裏手に扉があるので、表からは見えない。
扉を開けて中に入ると、領地の作業場よりも、広くて収納も多い。
作業台も大きくて使いやすそう。
目についた正面奥にある扉を開けると、左右に長い廊下に出る。
向かい正面の壁には左右に一つずつ扉がある。
何の扉か気になるけれど、今は作業場に戻る。
奥の扉を背にして左の壁にある扉を開けると、お風呂だった。
着替える場所やクローゼットもある。
「薬草の匂いが体につくので、お風呂に入って、着替えられるのは有り難いです。」
宮殿で王子妃が薬草の匂いを漂わせるわけにはいかない。
「内部はロロにもアドバイスを貰ったから使いやすいと思うよ。」
「いつの間にロロと仲良くなったのですか?」
「仲良くは無いが、フローラを喜ばせたい気持ちが、一致しただけだよ。」
アニュアス様はそう言うけれど、ドリー様はアニュアス様を気に入っているようだから、ロロもきっと、アニュアス様を好きだと思う。
「じゃあ早速引っ越しを始めよう。アニュアスはもう入れないよ。良い?」
「大丈夫だ、ロロ。室内は充分に見た。フローラ、引っ越しが終わったら、奥の扉から廊下に出て、向かいの右側に見える扉をノックして。私は、そこで待っているよ。」
「分かりました。」
「あと、ヴィンテージワインは、チェストの引き出しに入れてある。終わったら渡してくれ。」
アニュアス様は私に耳打ちして、奥の扉から作業場を出て行った。と思ったら、また扉が開いた。
「アニュ」
「お久しぶり、フローラちゃん。」
「え!?あ、ドリー様!?ご無沙汰しております。どうされました?」
一瞬、アニュアス様が戻って来たのかと思った。
「手伝いに来たのよ。一人で引っ越しは大変でしょ?」
「フローラ、驚いた?」
ロロが作業台に乗って、楽しそうに聞いてくる。
「凄く驚いたわ。ドリー様、わざわざ手伝いに来てくださって、有り難うございます。」
「良いのよ。ワインに釣られただけだから。じゃ、ロロ。サクッと繋げて。」
ロロが森へ出る扉を前足で叩きながら、可愛らしくこちらを見る。
「繋がったよ。」
「もう?」
扉を開けると、森ではなく、ラース辺境伯領にある作業場内の景色が広がっている。
「さっさと終わらせましょう。」
ドリー様に渡された『物が軽くなる薬』を手に振りかけて、あらゆる物を新しい作業場へ運ぶ。
全てが小瓶位の重さに感じられて、全く疲れないので、サクサク作業が出来る。
でも、数はあるので、それなりに時間はかかる。とはいっても、一時間ほどで終わった。
アニュアス様の言う通り、チェストの引き出しを開けると、ヴィンテージワインが入っていた。
「本日は有り難うございました。こちら、お約束のワインです。」
「有り難う。手伝った甲斐があったわ。アニュアスちゃんにも宜しく伝えて頂戴ね。」
ドリー様は、ご機嫌でワインを受け取ると、ロロを肩に乗せて奥の扉から帰って行った。
扉は元に戻っているのかしら。
領地の作業場と繋がっていた扉を開けてみれば、森の景色が広がっている。
ドリー様が使った扉を開けると、廊下だった。
廊下を出て扉を閉じてから、向かいの右側に見える扉をノックした。
「フローラです。」
「今開けるよ。」
アニュアス様の声がして、扉が開いた。
「もう終わったのか?」
「はい。ドリー様が手伝って下さったお陰で、直ぐに終わりました。ヴィンテージワインをお渡ししたら、お喜びになって、アニュアス様に宜しくと仰っていました。」
「そうか、無事に終わって何よりだよ。取りあえず中へ。食事にしよう。」
扉から中に入ると、ダイニングルームだった。
テーブルに食事が配膳されているけれど、侍女らしき人は部屋にいない。
「久しぶりの二人きりを邪魔されたくないから、人払いはしてある。使い魔だけは、どうしようもないが。」
アニュアス様が周囲を確認している。
今のところロロはいない様子。
テーブル席に着きながら、ふと思い出す。
「アニュアス様。継承者の移動について、お父様に話して下さったのですね。」
「バレたか。余計なことだった?」
「いえ、アニュアス様のお陰で、家族や自分の気持ちに気付けました。感謝しております。」
「それは良かった。それで、フローラ。」
アニュアス様の指が、私の指に絡められる。
「まだ婚約中で客間になるが、今日から宮殿に滞在しないか?フローラに何かあったら心配で、帰したくない。」
好きな人に、情熱的に懇願されたら、誰だって頷きたくなる。
実際、嫁ぎ先に慣れる為、婚約の段階で嫁ぎ先の家に入る場合も多い。
王家に嫁ぐならば、それも当たり前だけど、王家に嫁ぐからこそ大切にしたい事もある。
「お気持ちは嬉しいですが、護衛もいますし、心配には及びません。アニュアス様と過ごしたい気持ちはありますが、家族との時間も大切なので、今日は帰ります。」
とか言いながら、まだ手を離せないでいる。
「では、ラース辺境伯とイヴァン殿も、宮殿に滞在すれば良い。フローラは家族と過ごせるし、私も安心だ。二人には世話になったが、正式な礼をしていない。父上も歓迎する筈だ。」
「突然言われても、私は何も準備しておりませんし」
「着替えなら、いくらでもある。」
「お父様とお兄様だって、恐縮してしまいます。」
面白い話をしていないのに、アニュアス様が、ははっと笑った。
「フローラの為なら、私に剣を向けるような肝魂のある二人が恐縮?無いよ。」
もしかしてアニュアス様、根に持っている?
お父様は仕方ないけれど、お兄様はギリギリ堪えて剣を抜いていなかったよね?
アニュアス様が不法侵入した日の出来事を思い出している間、アニュアス様は使い魔を呼んで、国王陛下と通信を始めていた。
すんなり私達家族の宮殿滞在が許可されて、王都の邸には、迎えの使者まで手配された。
夕方五時頃。
客間で待機していた侍女によって、晩餐会用のドレスに着替えさせられた私は、アニュアス様のエスコートで、謁見の間に入った。
謁見の間には既に、お父様とイヴァンお兄様がいた。
国王陛下に改めてお礼を伝えられ、褒美の希望を聞かれた後、晩餐会に招待された。
お父様とイヴァンお兄様は、笑顔を張り付けたまま、アニュアス様を恨めしそうに見つめるという、器用な表情をしていた。
「陛下、結婚式までの二日間、宮殿にて家族との時間を作る機会を与えて下さり、大変感謝致します。お言葉に甘えて家族で過ごさせて頂きたく思いますが、宜しいでしょうか。」
「勿論だ。家族でゆっくり過ごすと良い。アニュアスはこれから先、幾らでもフローラ嬢と過ごせるのだから、ねぇ?」
「……はい。」
何か言いたげなアニュアス様を尻目に、お父様は陛下に退席の挨拶をした。
私とイヴァンお兄様も、お父様に倣って挨拶をして、三人揃って退席した。
「では、ご家族でお過ごしになる部屋へご案内します。」
食堂の外で待機していた侍女によって、小部屋に通された。
私達家族が、テーブルセットのソファーに座ったタイミングで、侍女はお茶を淹れ、直ぐに退室してくれた。
「あの腹黒第二王子め。フローラを帰したくないからと、陛下を巻き込んだな。」
「こっちの都合も考えろと言いたいですね。高貴なお方には無理なようですが。」
お父様の不満に、イヴァンお兄様が深く同意している。
良かった。
継承者の記憶を無くしても、お父様とイヴァンお兄様は、何も変わっていない。
二人が愚痴を言う姿に、ほっとするなんて、アニュアス様には、勿論言えない。
例え、客室の前で、待ち伏せしていたアニュアス様に捕まって、近距離で甘く囁かれながら、何を話していたのかと、質問攻めにあったとしても……。




