30 事件その後(アニュアス視点)
アニュアス視点です。
フローラの記憶が戻ると同時に、私の存在も認知されるようになった。
今頃、ラース辺境伯やイヴァン殿、父上達は戸惑っているだろう。
暗殺された筈の私が、ラース辺境伯領で世話になっているのだから。
予想通り、ドリーの家から離れに戻って直ぐ、「イヴァン殿とバルロッソがこちらへ向かっている」とロロが教えてくれた。
イヴァンは分かるが、どうしてバルロッソまで?
ああ、思い出した。
二人は友人関係で、バルロッソは休日にラース辺境伯領へ訪れているのだったか。
取りあえず、父上と叔父上に生きている事実を通信で知らせておこう。
有事の時以外、使い魔の正体は、結婚するまで婚約者にも明かさないよう父上から言われている。
私は、フローラにイヴァン殿とバルロッソの対応を任せ、一人になる為、部屋の奥にある扉から廊下に出て、正面にある窓を開けた。
私が来ると分かっていたのか、ムーが窓に向かって飛んで来た。
黒い何かを捕まえている。
「ん!?ロロ!?」
ムーがロロを私に放るので、咄嗟に受け止めた。
「どういう事?」
「まだ、お前に伝言があるって、あいつに拐われた。お前を殺したのは、バルロッソだ。気を付けろ、だって。」
「なるほど。了解した。」
今までムーは、バルロッソに会う度、気付かれないよう、上空を旋回して警戒を呼び掛けていた。
イヴァンと親しいバルロッソに、フローラを取られないよう気を付けろ。と警戒していると思っていたが、違ったようだ。
「ムー、父上に繋げてくれ。」
ムーは窓枠に止まって、こちらを見た。
ムーの目を見ながら話すと、通信出来る。
今は、一時を過ぎた頃。
会議は大体一時半頃に始まる。
おそらく、まだ父上は、執務室にいる可能性が高い。
「父上、アニュアスです。緊急事態です。返事をお願いします。」
「アニュアス!?使い魔で通信出来るなら、本人と認めるしかないが、暗殺されたよねぇ?」
「暗殺されたのは、私の影武者です。犯人はバルロッソです。」
「なんと!もっと詳しく。」
「詳しくは後で説明します。今、私はラース辺境伯領で世話になっていますが、別室にラース辺境伯令息と、バルロッソが来ています。私はバルロッソから言質を取るつもりです。このまま通信を繋げたままにして下さい。」
「アニュアス、ジェノバだ。陛下はこれから会議がある。私が通信を聞いておこう。」
「叔父上、宜しくお願いします。」
バルロッソは『存在消し』を使った任務の時、犯行に及んだのだろう。
だから、刺された時、顔を見ても誰か分からなかった。
私が暗殺された時、叔父上は部下に『存在消し』を使って内々に犯人捜索を指示したようだが、当の犯人が『存在消し』を使っているせいで、見つけられない。
『甦りの薬』で私の存在が消えたせいで、犯人捜索が一日で終了した事は、騎士の労力を無駄にせず、良かったと言える。
「さて、どうやってバルロッソに口を割らせようか。」
我々の会話が聞こえる場所で待機するよう、ムーに命じてから、リビングへ戻った。
バルロッソは明るく社交的な上、真面目で努力家だが、脳筋で、腹芸が苦手なタイプだ。
騎士として、正義感も強く、悪事を働くには向いていない。
少しの挑発で、まんまと本性を現し、自分から色々と白状してくれた。
尊敬出来る従兄だっただけに、残念に思う。
話の一部始終を聞いていた叔父上も、息子のバルロッソを信じていただけに、ショックだっただろう。
憂いが全て解決して、私も王子として宮殿に戻らなくてはならない。
夜。
フローラの部屋を訪ね、今後について話し合った。
その後、客室へ戻り、窓を開けてムーを呼んだ。
どこからか、ムーが飛んできて、近くにある椅子の背凭れに止まった。
「ムー、父上と繋いでくれ。」
ムーに命じながら隣の椅子に腰掛けてから、ムーの目を見て話しかける。
「父上、アニュアスです。今、宜しいでしょうか?」
「ああ、アニュアスか。大丈夫だ。」
私は、イヴァン殿とバルロッソにした説明を、父上にした。
「影武者に『身代わりの薬』を使った後、『存在消し』を使っていた為、難を逃れた、か。それだと、『存在消し』を盛られ、今まで効果が続いていた。と言う話は、嘘になるねぇ?」
イヴァン殿が指摘しなかった所を父上が突いてくる。
全ては『甦りの薬』が原因だが、それは秘密にしておきたい。
よって、『存在消し』で乗り切る。
「実は、盛られた。ではなく、使い続ける。と決めました。存在を消せば、身の安全を確保しながら犯人を探せます。婚約者で継承者のフローラは信頼出来て、都合が良いと判断しました。」
「では、私がラース辺境伯令嬢を呼び出した時、彼女は全てを知りながら、私に嘘をついていたのかね?」
「いえ。フローラには、宮殿内の事件について話すべきでは無いと判断して、『存在消し』を使われたかもしれない。としか伝えていません。彼女は私の為に、納品する薬を作りながら、ずっと無効化について調べていました。」
ムーが盛大な溜息を吐いた。
実際は父上が、そうしているのだが。
「それは、ラース辺境伯令嬢があまりにも気の毒だよねぇ。それに我々がどれだけ迷惑を被ったと思っている。」
父上の不満に、苦笑いするしかない。
「その節は申し訳ありませんでした。フローラには感謝しています。宮殿では、予想以上に大事になっていたので、正直、驚きました。」
まさか、書類消失事件にまで発展しているとは思わなかった。
「我々はまんまと息子に騙されておったわけか。で、『存在消し』を止めたのは、解決の糸口が見つかったからかね?」
「はい。使い魔により、暗殺者はバルロッソだと確信しました。友人であるイヴァン殿から私の話を聞けば、殺した筈の私が何者かを確認する為、会いに来ると思いました。予想通り動いて白状してくれた、と言うわけです。」
バルロッソが領地へ来たのは偶然で、理由は後付けだ。
そして、ロロがムーの伝言を伝えてくれたから、バルロッソが犯人だと確信出来た。
「事情は分かった。ところで、ラース辺境伯令嬢は『存在消し』の無効化方法を見つけられたのかね?」
ドリーから教わったが、約束で話せない。
「いえ。その代わり、宮殿に住みながら継承者を続ける方法が分かったそうです。」
ロロの手助けは必須だが。
「なんと!その方法は、他の継承者にも通用するのかね?」
「残念ながら『薬の魔女』独自の方法らしく、外部には話せないそうです。ただ、新たな作業場を作る必要がある。とだけ聞いていますので、早々に準備を進めようと思います。」
「そうか。魔女の秘密は無理に暴くべきではない。一人でも継承者を王家で囲えて、王子妃として宮殿に住まわせられるなら、それが一番だ。して、アニュアス。」
「はい、何でしょう。」
何を言われるのか、気を引き締める。
「ラース辺境伯家の皆には、私の分まで、しっかりと礼を伝えておくように、ねぇ。」
「はい、必ず。」
良かった――――。何とか誤魔化せた――――。
翌朝。
ラース辺境伯に時間を貰い、世話になった礼を伝え、今後の話をした。
それから一時間ほどして、叔父上が騎士数名を連れてバルロッソを護送する為、馬車で迎えに来た。
結婚準備の為、私も叔父上達と共に宮殿へ戻る。
一時的でも離れるのは名残惜しいが、フローラにハグをして、馬車に乗り込んだ。
車内では、私の隣に総長である叔父上、その向かいにバルロッソ。
バルロッソの隣には、見張り役として第二騎士団の団長、ボルドが座っていた。
気まずいのか、バルロッソは俯いたまま、叔父上と目を合わせようとしない。
馬車が走り出すなり、叔父上が正面のバルロッソを見据えて命じた。
「バルロッソ、王太子毒殺未遂と、第二王子暗殺について、詳しく話せ。」
「っ、はい。最初は、王太子のキリエフが消えれば、アニュアスが王太子になり、騎士団総長補佐の席が空くと考えました。」
バルロッソは、俯いたまま、話し始めた。
『存在消し』を使う任務の日、医師に変装した。
「王太子殿下に追加の薬を渡し忘れていた。液体なので、紅茶に混ぜると飲みやすい。」
王太子付きの侍女に薬と偽って、媚薬を渡した。
以前、媚薬と薬は相性が悪く、体内で毒に変化する為、一緒に服用しないよう、医師が王太子に話しているのを耳にした。それで、犯行を思い付いた。
王太子の毒殺は失敗したが、麻痺が残り、動ける状態では無く、回復の見込みもない。
アニュアスが王太子になる可能性が高まり、次期総長の座が空くと期待したが、予想外にも、王太子が回復した。
王太子の警備が厳重になり、標的をアニュアスに変えた。
王太子毒殺未遂事件について、『紅茶に媚薬を盛り、王太子と関係を持とうとした侍女による偶発的な事故』として騎士団が解決に至り、捜査を終了したにも関わらず、アニュアスは結果に疑念を抱いて、調査を続けていると知った。
真実がバレる前に、アニュアスを消そう。そうすれば、次期総長の座が空く。
そう考えて『存在消し』を使った任務の日、アニュアスの暗殺を実行した。
どう見てもアニュアスで、まさか『身代わりの薬』を使った影武者とは思わなかった。
バルロッソの感想に、それはそうだろうと思う。
実際に私は暗殺された。
フローラのお陰で生き返ったが、それを教えはしない。
眉間に皺を寄せて、黙って話を聞いていた叔父上が口を開いた。
「王国騎士団の騎士は、国や国民の為に生きる国王に、忠誠を捧げている。次期国王となる王太子や、その可能性のある第二王子の暗殺を企て、任務で使う薬を悪用し、役職に優劣をつけるなど、言語道断だ。」
「っ、申し訳ございません。」
バルロッソはただ頭を下げて、拘束された両手を握りしめ、震えていた。
「そんな基本的な事も、長い間、理解させられなかった私は、総長失格だな。」
叔父上が、バルロッソの頭頂部を見つめながら呟いて、私に視線を向けた。
嫌な予感がする。
「宮殿に戻ったら、私は息子と共に責任を取る。近い内に、陛下から総長に任命されると思ってくれ。アニュアならば、安心して総長を任せられる。」
やはり、そうなるか。
叔父上に肩を叩かれて、思わず眉間に皺が寄ってしまった。
「荷が重すぎて、全く嬉しくありませんが、心得ました。」
宮殿に戻って数日後。
王家は第二王子の生存を正式に発表した。
そして、王弟とその息子は重病を理由に、騎士団を辞した為、私は騎士団総長に任命された。
バルロッソのせいで、望まぬ昇進が早まってしまい、以前よりずっと忙しい日々を送る中、益々フローラが恋しくなってしまうのだった。




