29 継承者の記憶
昼前。
王国騎士団の騎乗騎士数名と共に、一台の馬車が、ラース辺境伯邸に到着した。
馬車から出てきたのは、王弟であり騎士団総長のジェノバ殿下。
お父様を先頭に、一家揃って出迎える。
私の左隣にはアニュアス様。
右隣のイヴァンお兄様は、拘束したバルロッソ様を連れている。
「ラース辺境伯家の皆さん、愚息と甥が大変世話になった。感謝する。」
「我々は当然の事をしたまでです。」
お父様が代表で挨拶した後、イヴァンお兄様は、王弟殿下にバルロッソ様を引き渡した。
王弟殿下の指示で、バルロッソ様は騎士によって、手早く馬車に乗せられた。
「では、我々も。」
王弟殿下の声掛けに頷いたアニュアス様が、お父様へ向き直った。
「ラース辺境伯、大変世話になった。また後日、結婚について連絡させて貰うよ。」
「畏まりました。」
お父様に挨拶したアニュアス様が、馬車に乗る前、私にハグをした。
「連れて帰りたいが我慢する。なるべく早く連絡するから待っていて。」
「はい。」
私もハグをして、王弟殿下と馬車に乗ったアニュアス様を見送った。
「あ~、やっと眠れる。」
イヴァンお兄様が欠伸をしながら邸へと歩き出して、私とお父様も、それに続く。
「お父様、イヴァンお兄様。」
「ん?」
「何だい?」
二人から継承者の記憶が消えるとしても、結婚後は宮殿に住みながら継承者を続けたい。
「あの、お疲れ様です。戻って早々大変でしたね。」
やっぱり話せない。話すべきではない。
こんなの、ただ、私が背中を押して欲しいだけの、我が儘でしかない。
「フローラこそ。」
「そうそう、殿下のお世話、お疲れ様。」
お父様には背中を、イヴァンお兄様には頭を、撫でられた。
二人の優しさに、いつまでも甘えてはいけない。
アニュアス様と話し合って、結婚式は、新しい作業場を完成させて、引っ越しを終えてからと決めた。
きっと結婚式数日前には、二人から継承者について、全ての記憶が消える。
王子と結婚した妃は宮殿に住むものだから、私が宮殿へ入ることに、記憶が消えた二人は、きっと当然として受け入れる。
それなら、記憶を失うなんて余計な事は言わず、結婚式まで、家族と過ごす時間を大切にした方がいい。
「お兄様、そろそろ昼食ですよ。寝るのはその後にしましょう。ね、お父様もそう思いますよね?」
「そうだな。」
「え~、お腹は……まあまあ空いているか。」
お父様とイヴァンお兄様の二人と腕を組んで、久しぶりに家族三人で食堂へと向かった。
アニュアス様が領地を発った日の翌朝。
自室の窓から見えていた白い梟も姿を消した。
その代わり、頻繁にロロがやって来るようになった。
「アニュアスの使い魔が、頻繁にフローラへの連絡を我に寄越す。全く、格下のくせに図々しい。」
使い魔同士は通信手段としても使えるらしいけれど、ドリー様の使い魔であるロロは、人の言葉が話せるので、アニュアス様の使い魔から、よく伝言を頼まれている。
ロロは文句を言いながらも、伝言をわざわざ伝えに来てくれる。
時々、神出鬼没なので驚く。
「ところでロロ、たまに窓もドアも閉まっているのに、入って来る時があるでしょう?どうしているの?」
「影だよ。使い魔は影があれば、どこでも移動できるからね。」
「まあ、そうだったのね。ドアは開けられないようだったから、不思議に思っていたの。」
また一つ、使い魔を理解出来た。
アニュアス様が宮殿に戻って数日後。
王家から正式に第二王子の生存が発表され、結婚式は、一ヶ月後に行うと決まった。
更に二週間後の就寝前。
自室のベッドに入った時、ロロがやって来た。
「王家直轄領の森に、新しい作業場が用意出来たって。フローラが納品の時に案内するけれど、引っ越しはいつにする?その日でも構わないよ、だって。因みに我はいつでも大丈夫だよ。」
「納品日なら、一日で全ての用事が終わるから、有難いわ。」
「じゃあ、引っ越しの希望日は、納品日と伝えておくよ。お礼として、ヴィンテージワインの用意も忘れるな、ともね。」
ロロは部屋を去ると、暫くして戻って来た。
「作業場の引っ越しは納品日にしよう、だって。」
「ありがとう、助かるわ。」
領地の作業場で行う最後の調薬に熱が入った。
いよいよ納品当日。
結婚式は三日後に控えていた。
式まで私達家族は王都の邸宅に滞在する。
朝早くから馬車に薬品箱を積んで、領地を出発した。
家族揃って王都へ向かうのは、確か、アニュアス様の葬儀以来。
それにしても、私を真ん中に、右にはイヴァンお兄様、左にはお父様が座っている。
向かいにも席はあるのに、どうして向かいに座らないの?
「ちょっと狭くないですか?」
「大丈夫だ。狭いなら、イヴァンが向かいに移動してはどうだ。」
「私も平気です。父上こそ。」
「では、私が。」
「「フローラはここ。」」
お父様とイヴァンお兄様の手が、私の両肩に乗せられて移動は叶わなかった。
「多少狭くても良いじゃないか。結婚すれば、フローラは正式に王子妃だ。宮殿に入れば、いつ領地に帰省出来るか分からない。家族皆で馬車に乗れるのも、あと僅かだろう?」
「え?」
お父様に顔を覗き込まれて、思わず動揺してしまう。
「そうそう、父上の言う通り。今後は宮殿近くの森で薬草採取するんだろ?」
「二人とも、どうして私が宮殿に入ると……」
って、アニュアス様しかいない。
いつ話したの?
「バルロッソ様を捕縛した翌朝に、アニュアス殿下から全て聞いた。フローラが話すかは分からないが、と。」
アニュアス様は、「詳しくは話せないようだが」と前置きした上で、お父様に報告していた。
私が『存在消し』の無効化を探している時に、領地を離れても継承者を続ける方法を見つけたこと。
その方法を実行すれば、ラース辺境伯家は、継承者に関する記憶を失う。
それでも、その方法を行うと私が決めたことを。
「殿下の報告が無ければ、我々は何も知らないままだった。フローラなりに我々を思っての選択だろうが、話してくれなければ、記憶が失われる前に、継承者として頑張ってきたフローラを労れないだろう?」
久しぶりに、お父様の大きな手が、私の頭をポンポン撫でる。
「妻の分まで、よく頑張ったな。きっと妻も頼もしく思っているだろう。」
「そうだと、嬉しいです。」
そんな風に改めて言われると、目頭が熱くなる。
「どうせ忘れるなら、忘れる前位、本音をぶつけても良いじゃないか。私はフローラが薬草採取や調薬を頑張っていた事を忘れたくない。忘れるなんて寂しいよ。フローラは?」
イヴァンお兄様の問いかけに心が揺れる。
これから宮殿へ行って、納品と作業場の引っ越しをする。
そうしたら契約の移動が完了して、二人から継承者についての記憶が全て消える。
邸に戻っても、もう私が継承者だと伝えられない。
「忘れられるのは、やっぱり少し、寂しいです。」
「うん、そうだね。」
イヴァンお兄様が、ハグしてくれる。
私は自分が思うより、ずっと寂しかったみたい。
お父様とイヴァンお兄様に甘やかされて、我慢出来ずに涙が溢れてしまった。




