12 再び王都へ
昨日、『冷静の薬』を使った結果、靄の存在に気付けた。
早速今日の午後は、靄を取り除く方法を試すつもり。
その前に、薬の納品日が近づいているので、先に調薬を終わらせておく。
薬を小瓶に入れ終えた丁度その時、作業場の扉をノックする音がした。
驚いて、ビクリと肩が揺れる。
危なっ……小瓶を倒して薬を零す所だった。
「な、何?」
「モーリウスです。フローラお嬢様宛に、宮殿から緊急の手紙です。」
扉のポストに手紙が入れられた。
「有り難う、直ぐに読むわ。」
ペーパーナイフで封を開け、内容を確認する。
国王陛下直々の呼び出しとは、一体何事?
『三日以内に宮殿へ訪問するように。秘薬の在庫は十分にあるから、納品出来なくても問題無い。』
簡単に言えば、そんな内容だった。
呼び出し理由が書かれていないけれど、国王陛下が継承者の私に助言を求めている。それは確か。
薬で問題でも……って実際、起きている。
でも、『存在消し』だと気づいていない筈。
望みの効果がある薬を作って欲しいなら、陛下は必ず希望する効果について記すから、それも違う。
手紙では書けない要件かも知れない。
たった今、納品予定の調薬は終えたので、明日の納品でも問題はない。
明朝早く領地を出れば、昼前には宮殿に到着できる。
「明日、納品も兼ねて昼前には宮殿に伺います、と。」
返事を書いて、セバスに早馬で手紙を送って貰った。
翌朝早く、馬車の荷台に納品予定の薬品箱を三箱乗せて、領地を出発した。
同行者は三名。
侍女兼護衛のサリー、護衛騎士のモーリウス、そして、アニュアス様。
サリーとモーリウスは御者台、私とアニュアス様は、車内で横並びに座っている。
サリーやモーリウス等、ラース辺境伯家に仕える全ての使用人には、毎月納品している薬が、薬の魔女から伝授された秘薬だと知らない。
『先祖代々伝わる王家御用達の薬で、調薬者が狙われないよう秘密にしなければならない。』
代々の当主が、そのように説明して、今もその認識になっている。
嘘ではないけれど、真実も話していない。
貴族が誤魔化す時に使う手法だと教えてくれたのは、確か、お母様だった気がする。
途中で休憩しながら王都へ向かっていると、急に馬車の速度が、ゆっくりになった。
道は砂利道から石畳に変わり、建物の密度が増して、人々の賑やかな声が聞こえて来た。
「そろそろ王都ですね。アニュアス様、そちらのカーテンを閉めて頂けますか?」
「分かった。」
貴族は不本意な噂を流されないよう、馬車で王都に出掛ける場合、基本的にカーテンを閉める。
アニュアス様が神妙な顔をして、カーテンの隙間から外をチラ見している。
「何かございましたか?」
「まだ、王国騎士団が見回りをしている。しつこいな。」
ふーっと溜め息を吐きながら、アニュアス様が、前髪を掻き揚げようとして、手を止めた。
印象を変えるため、いつも下ろしている前髪を後ろに流していたと気付いたらしい。
「どうも前髪が無いと落ち着かない。」
そっぽを向いて、おでこをポリポリと掻いている。
ちょっと耳が赤い?
もしかして照れている!?そんなことで?
年上で隙が無さそうなアニュアス様の、意外なうっかり照れに、キュンとしてしまった。
予定通り、午前十一時頃、宮殿に到着した。
いつも私が納品する時は、東門からと決められている。
けれど、今日は指定が無いので、正門から入る。
宮殿の敷地は広大で、出入口は、正門、東門、西門、裏門がある。
夜会等で宮殿に訪問する場合は、指定が無い限り、正門から入る決まりになっている。
モーリウスが、正門に立つ門番に話しかける声が聞こえる。
「ラース辺境伯家の護衛騎士、モーリウスです。本日訪問の約束をしています。」
「お待ちしておりました。真っ直ぐ進んだ先の停車場までお進み下さい。」
正門の先、宮殿のエントランス前に停車場はある。
再び馬車が動き出して、停車場に着いたのか、馬車が停止した。
モーリウスは御者台から降りたのか、誰かと話す声はするけれど、内容は聞き取れない。
暫くして、私の方にある扉がノックされ、扉が開かれた。
扉を開けたのは、モーリウス、ではない。
ブロンドの髪に、空色の瞳をした三十代の男性。
バルロッソ様の父親で、騎士団総長のジェノバ王弟殿下だった。
「フローラ嬢はそのまま。先に納品をして貰う。奥の君は出て、他の従者と待機だ。」
「はい。」
残念ながら、王弟殿下はアニュアス様を見ても、甥とは気付かない。
アニュアス様が、王弟殿下の指示に従って、反対の扉から馬車を降りる直前。
一瞬だけ私の手に、アニュアス様の手が重ねられて、別れを惜しむように、するりと離れた。
視線も言葉も交わしていないけれど「また後で」と言われているような気がした。
納品で薬品庫へ入れるのは私だけなので、サリー、モーリウス、アニュアス様とは別行動になる。
ここからは、王弟殿下が馬車を操作して薬品庫のある離宮へ向かう。
程なくして馬車が走り始めた。
規則で、移動中はカーテンを開けて、外を見てはならない。
その為、十歳から納品で宮殿へ通っているけれど、未だに、薬品庫のある離宮が、敷地内のどこに建っているのか、知らない。
そういえば、初めて宮殿へ納品に来た時、王弟殿下は急用があって、送り迎えはしてくれたけれど、納品中は、助手の騎士様が担当してくれた。
初日で緊張していたせいで、名前を聞き逃してしまい、それ以降、助手の騎士様には会っていない。
見た目から、イヴァンお兄様と同じくらいの年齢で、黒髪にオレンジ色の瞳だった気がする。
でも、一度しか会っていないから、もう顔は思い出せない。
今思えば、王家の誰かだと思うけれど、一体誰だったのか。
こうして、ふと思い出した時、気になるものの、納品の時に聞くほど重要でもない。
だから結局、ま、いいか。となってしまう。
そんなことをぼんやり考えていたら、馬車が停車して、外から扉が開かれた。
「フローラ嬢、急な呼び出しに感謝する。」
王弟殿下が穏やかに微笑みながら、馬車を降りる時、手を貸してくれる。
「こちらこそ、いつもお世話になっております。」
私が馬車から降りると、王弟殿下は馬車の後ろにある荷台から、納品用の薬品箱を三箱重ねて出し、軽々と持ち上げた。
「では、行こう。」
目の前にある離宮に入ると、左右に長い廊下があり、幾つか扉が見える。
入口から見て左奥の扉が薬品庫になっている。
人払いがされているので、しんとして、人の気配が無い。
薬品庫に入ると、王弟殿下が薬品箱を床に置いてくれる。
壁沿いにある薬品棚の在庫を確認しながら、無くなった分だけ薬を補充したり、使用期限の近い薬を入れ替えたりしていると、使用頻度の高い薬がよく分かる。
いつもは『回復薬』の消費が多いけれど、今回は『存在消し』の消費も多い。
もしかして、アニュアス様にも一部使われた?
薬の管理は王弟殿下がしている。となると、疑わしいのは王弟殿下になる。
けれど、私が知る限り、王弟殿下は薬を悪用する人間には思えない。
もし盗まれたら、薬を使用した後の空き瓶が足りない筈。
ただ、空き瓶が割れただけの場合もある。
空き瓶を入れてある箱も調べる。
空き瓶の数を数えて、補充した数と合っているか確認する。
空き瓶が足りない場合は、その分を上乗せして金額を計算するけれど、数は一致していた。
つまり、秘薬は盗まれてもいないし、空き瓶は割れてもいない。
納品書と請求書を書いて、王弟殿下に渡しながら、いつも通り内訳を説明する。
「今回は『回復薬』の他に『存在消し』の消費が多かったです。」
王弟殿下は納品書を眺めながら、顎に手を当てて何か考え込んでいるように見えた。
「何か、おかしな点でもございましたか?」
「いや、これ自体は問題ない。納品が終わったなら、場所を移動する。」
再び馬車に乗って連れて来られた場所は、先程アニュアス様やサリー、モーリウスと別れたエントランス前の停車場だった。




